第四十四話③
鈍い魔力の輝きを突き破って、視線を交える。
打ち破られたというのに清々しい表情をしている。勢いを保ったまま肩口から腰あたりまで浅く斬り、致命傷にならない程度の傷で抑える。
婚約者がいる立場の人を傷物に出来る筈もない。このくらいならば傷跡一つ残らず治療できるだろう。
「…………手加減までされては、何も言えないな」
静かに肩口を抑えながら呟くソフィアさん。
魔力のほぼ全てを魔力壁につぎ込んでいたのだろう。
先程まで感じられたあり得ないくらいの魔力が無くなっている。貫けたのは確実に師匠に新たに付与して貰った祝福のお陰であり、また一つあの人に感謝しなければならない項目が増えた。
残心を解き、相対するように立ち上がる。
右腕の光は既に消え、恐らく本当にギリギリの魔力量だったのだろう。光芒一閃も姿を消して、俺は右手に虚空を掴むのみとなった。
「侮辱されていると感じたならそれは謝ります。俺は紳士なんでね、女性に手はあげない主義なんだ」
「自分の女には手を出すのに、か?」
「誰が自分の女だ。そんな思い上がりでもないですよ」
単にそういうマナーだと認識しているだけである。
いや、アクラシアさんもルーチェも斬らなきゃ止まらないから斬ってるだけなので。ソフィアさんはそこら辺熱くなっていても決着を理解してると踏んだからこれで終わりと定め、その意を汲んでくれただけ。
「それに、一つ勘違いをしていますね」
「……勘違い?」
怪訝な表情で俺を見る。
そもそもの話、だ。俺がこれまでスパスパ斬って来たから間違って認識してるのだろうが……
「俺は人を斬るのが嫌いだし、戦うのも傷つくのも傷つけるのも嫌いだ」
かつての英雄の記憶と俺の培ってきた経験。
師匠は死なないから安心して斬れるのだが、それでも不快感が俺の手を離れる事はない。相手を死に追いやるという行動の大きさは十二分に理解させられているのだ。
勝つためならば斬る。
殺すという明確な意思を持って剣を振るう事は無い。
「これは俺のくだらない拘り。否定するのもされるのも構わないし、好きに言ってくれて構わない」
だが、撤回するつもりはない。
人の技を借りてるんだ。貸してくれた人たちの意志を少しでも継ぐのは間違いにはならないだろう。
「…………“英雄”、か」
小さく呟いたその言葉。
「なぜ君がそう名付けられたのか。かつての英雄を知る由もない我々が計り知れるものではないが…………」
「納得しちゃだめですよ。俺は納得してないんだから」
最後まで言葉を紡がせる事は無く、俺の勝ちでこの試合は幕を閉じた。
戦闘時特有の興奮が過ぎ去ってしまえば残るのは怪我による激痛である。正直立ってるのも辛い位全身ボロッボロなのだが、気合で歩き出す。
あ゛~~~、痛いなぁマジで。
見た目はソフィアさんの方が重傷に見えるけど多分俺の方が重傷。
内出血とか永遠に繰り返してるし筋肉は千切れまくってる。見栄を張って通路まで歩いたが、いくら強固でプラチナ級の硬さを誇る俺のメンタルを以てしても耐えがたい苦痛となって襲い掛かって来た。
「やれやれ。そんな事だろうと思ったよ」
「師匠…………なぜここに」
「見栄っ張りの少年ならこうすると理解してるのさ」
悔しい事に言い返せない。
まあ師匠の年齢を鑑みれば俺はガキもいい所だ。百歳超えてる樹木みたいな人と一緒にされても困る。
「今、失礼な事を考えなかったか?」
「師匠は何時までも美しいと心の底から褒めていた所です」
「ロアは何時まで経っても変わらないね」
精神が安定している俺と見た目が安定している師匠。
なかなか因果な巡り合わせになったものだ。いつもの如く回復魔法で治療されている間、身体強化魔法を初めて使用した感触を確かめる。
練習で数度発動したことはあった。
だが、光芒一閃と並行しての使用が可能だとは思っていなかったのだ。だからあれは完全なる博打であり、これまでの俺の戦い方とは正反対と言える手段。
「どうだった?」
「……わかりますか、流石に」
「何年一緒に居たと思ってるんだ。わかるさ」
どうやら師匠には発動を悟られていたらしい。
祝福を授けてくれた本人だしな。当たり前と言えば当たり前か。
「まだ自分の魔力では発動できません。その点で言えばやはり才能ナシなのは変わりませんが────……」
ぐっ、ぐっと数度開閉する。
すっかり感覚が元通りになった右腕は先程までの怪我など初めから無かったかのように変化しており、魔法という存在の偉大さを改めて実感するとともに、己がどれだけのハンデを背負ってるかを叩きつけられたような気分に陥る。
「
魔法剣士としての才は無い。
幼い頃に師匠に言った通り、俺は大成する事は無いだろう。
……それでも、まあ。少しの希望に縋りつくのが俺だ。僅かな望みに賭けて、現れるかもわからない謎に立ち向かおうとしている。
「師匠。きっと俺は、貴女が居なかったら折れていた」
「……………………そんな、ことはない。ロアは強い子だからな」
二の腕を摩りながら少し顔を逸らされた。
「なんだ。照れてるのか」
「ン゛ンッ! 別に照れてないが?」
まあ、たまには正面から感謝を告げるのもいいだろう。
毎日言う気はない。こういう時だけだ。
「次はルナさんの試合だ。さっさと観客席に戻ろう」
「……まったく。忙しない子だな」
「誰に似たんですかね」
軽く頭を叩かれた。
「おめでとう、ロア」
「…………ありがとうございます」
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