第四十四話②
「────行きます」
紫電迅雷を起動する。
一瞬で身体中を駆け巡る紫の雷の痛みに歯を食いしばりながら、踏みしめる。
魔力球を無効化する方法は一つ。
────爆発するより早く動けばいい。
それができないから苦労しているのが前までの俺で、それが出来ても制御出来ないから苦労してるのが今の俺である。
かつての英雄は勿論自力で高速移動できる。ズルじゃん。
内臓が傷付き喉の奥から血の塊が込み上げてくる。
下手すれば呼吸困難にでも陥ってしまいそうだが、幸か不幸かこの処理にも慣れてしまった。飲み込んで胃の中が真っ赤に染まったのを想像しつつ全力で足を進めた。
僅かに、ほんの僅かにだが、視界に紫が混ざる。
これでいい。
俺自身では逆立ちしたって絞り出せない限界ギリギリのラインを攻めろ。
「紫電迅雷……!」
これは俺が定めた技名だ。
紫電靡かす且つての英雄、その一閃は龍をも切り裂く────公式に記された記録であり英雄譚に遺された伝説。魔法で造られた巨大な龍を切り裂いたあの一撃に俺はようやく手を届かせられる領域に辿り着いた。
それでも尚追いつくことのない影。
踏むことすら出来ない、永劫とも呼べる距離を走り続けるこの道。
踏み込んだ右足が悲鳴を上げる。
初速を出すための一歩目でコレだ。
身体強化の恩恵というより、この魔法は
その優しさは受け取れない。
俺の身を案じてくれているのはわかるし、俺だって自分の身体は大事だ。無理やり壊したいとは思って何かないさ。
それでも────どうしても、成し遂げなければならない事がある。
なんの証明にもならない気晴らしの決意を胸に抱いて
視界は追いつかないが、必死こいて鍛錬した成果もあって身体の動かし方が何となく把握できるようになった。焼け石に水程度だがないよりマシ、自分の成長は日々糧にしてしまおう。
いつも通りの感覚に頼って剣を振るうが────硬い感触が伝わってくる。
斬れてない。明確に知覚できたのはその事実のみ、構うことなく追撃を入れる為に浮いたまま剣戟を繰り返す。
────しかし。
「それはもう
左目から血を流しながら素手で受け止めるソフィアさん。
光芒一閃は特徴の無い、ただ純粋に魔力を裂き切れ味の鋭いだけの剣。外部に散々その情報は漏らしてきたから対策される事自体に疑問は無いが────……ぶっつけ本番で試してくるとは思わなかった。
両手に魔力を異常なほどに高めた膜を纏って、近接戦闘を仕掛けてくる。
「お前のそれは、魔法に対して絶対的な効果を持つ! 全属性複合魔法ですら呆気なく切り裂かれた事でこれは確信に変わった、ゆえに今────仮定を実証している! 純粋な魔力に対しての効果を!」
「近接もいけんのかよ……!」
ルーチェ程では無いが、十分に実践的な格闘術。
魔法が出来る人間は物理的にも戦えないと駄目というルールでも存在するのか? もう少しこう、両極端な感じにしようぜ。じゃなきゃ俺が不利だ。
無論俺は紫電迅雷を使用したままなので身体中が軋んでいる。
そろそろそこら中から血液があふれ出してもおかしくない程度には損傷が激しくなり始めた。視界が赤く染まって来てる感じ目が一番最初にやられ始めてるな。
ソフィアさんの血涙は魔力を集中させ過ぎた代償だろう。
両手に圧縮した異常なまでに高い魔力、そして紫電迅雷を正確に見抜く身体強化。それだけ並行して魔力制御を行っていれば消耗するに決まっている。俺の選択は間違っていなかったようだな、ただ一つ────俺も死ぬほど消耗しているという点を除いて。
数度の打ち合いでソフィアさんの技量は大体把握した。
教科書のようなスタイルだ。正確に、どこまでも基本に沿ったやり方。相手の隙に攻撃を入れるカウンタータイプ。
交戦経験はそこまで豊富では無いと読んで、とにかくかき乱す方向にシフトする。
先程の踏み込みと比べても遜色ない膂力で、超高速で壁に跳ね飛ぶ。
壁に歪みが発生し俺の足にも急激な負荷がかかるが、それを押してでも今を勝負の時と定めた。
相手は消耗が激しく通常ならばとてもではないが切れない魔力を湯水のように使い果たしている。両手に圧縮した魔力量は俺ですら感知できるほどなのだから
俺の紫電迅雷が切れるのは恐らくあと三十秒程度。
ならば、速攻で片を付ける!
壁を蹴り反対側の壁に着地、勢いを殺さないように身体を最大限に痛めつけながら更にもう一度跳躍する。正面から向かってくる俺に対応は出来ても、紫電の残光が残った状態ならば見分けるのは困難だろう。
俺もソフィアさんの様子は伺えないがそこは仕方ない。
上へ上へ、徐々に速度と勢いを増しながら魔力障壁を駆けあがる。
まだ足りない。まだかつての英雄には届かない。あの完成度に至るためには、もっともっと時間を要する。
「────……ここから、なら……!」
全身を蝕む激痛に呻きたくなるがそれをぐっと飲み込んで、遥か下へと目を向ける。
未完成な俺と、師匠の力で足りないのならば。
それに何かを付け加えればいい。
高高度からの突撃────防げるものならば!
「防いで、見せろッッ!!」
両手を合わせ、前へと突き出す形で俺を真っ直ぐ見抜くソフィアさん。
この遠距離からですら知覚できる程に高まった魔力が両手にかき集められている。
……上等だ。
雌雄を決しようじゃないか。
刹那、駆け出す。
走るというより最早墜ちると表現したほうが良い程の速度で真っ逆さま。
まさに紫電、いいや──稲妻とでも表現しておこうか。名付けるのならば、雷槌紫電とでも呼ぼう。
正面から叩きつけられる膨大な魔力の壁。
どうやらソフィアさんが選択したのは純粋な魔力による防御らしい。大正解だし、再度全属性複合魔法を放たれてもどうとでも出来る自信があった。超高濃度の魔力に対する効果がどれほどのものなのか俺は理解できてないが……師匠の力だ。
それを貶める訳にはいかない。
数秒拮抗した後に、魔力壁に罅が入る。
認識したのだろう、急激に絞り出された魔力が追加され更に強固になるが────イケる。
最後の一押し。右腕に独自に刻まれた祝福が輝きを増し、焼き尽くされた皮膚に紋章のように線を描いて行く。
右腕限定の
俺自身の魔力ではない。あくまで祝福に遺された僅かな量だが──俺が人生で初めて見た魔法。ステルラ・エールライトという天才が発動出来てしまった魔法だ。入学して以来一歩ずつ教本通りに進めて来た魔法が、今ようやく発動出来た。
初めての魔法発動が他人の魔力ってのも、俺らしくていいだろう。
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