六章 宿命の前に

第四十一話①

 完全に休息に割り振った一日を過ごし、翌日。

 師匠に金を貰い、色々試したいことがあったので街に繰り出したのだが…………


「メグナカルトか。奇遇だな」

「…………どうも」


 店の中、俺が知りたい分野の書物が置いてある場所になぜかテオドールさんがいた。


 一度棚を見てから、どこか納得したような表情で頷きながら話す。


「魔法の成績は下のほうだったか」

「ええ、まあ。俺は根本的に才能がないので」


 悪かったな初心者用の本で。

 入門編も良いとこ、かつてステルラが初見で発動した身体強化くらいしか載ってない本だよ。


 別に理論を理解してない訳では無い。

 もっと単純で効率的、もしくは普通の人間ならば使わないであろう発動方式を調べたいのだ。


「テオドールさんはなぜここに?」

「連れがいるんだが……ある魔法に対して異常な執着がある奴でな。没頭し始めたから退散してきたと言う訳さ」


 肩を竦めて仕方ない、といった雰囲気だ。


 誰かと出掛けても基本付きっきりだから別行動するのは珍しく感じる。金がないから付きっきりじゃないと駄目とも言う。


 そんなテオドールさんの視線を無視して目的の本を手に取った時だった。


「お前と話してみたいとは思っていた。どうだ、一杯付き合わないか?」

「連れの方は?」

「小一時間はかかる。奢るが」

「行きましょう」

「……噂通りだな」


 何笑ってんだよ。

 金ないんだから仕方ないだろ。師匠、不必要な分をくれないケチんぼだから。








 テオドールさんに連れられて、街中の喫茶店にやってきた。

 連れの人が定期的にこうなりその度に待たされることになるので、最終的に「店で待ってるから気が済んだら来い」と言うスタイルになったらしい。もう出掛けない、と言わないのはすごいと思う。


 俺も言わないけどな。

 ステルラの私服選べるとか結構楽しいだろ。俺色に染めてる感じがして……これかなりキモいな。やめておく。


「苦手なものは?」

「特には」

「いいことだ」


 アルベルトの所為で色々麻痺しているが、この人はとんでもない金持ちである。

 そんなお金持ちが利用する店とか恐怖でしかない。


 ────まあ、奢ってもらえるならばなんでもいいのだが。


「で、答えられることなら答えますよ」

「話が早いのはいいが、もう少し前菜を楽しむことを覚えた方がいい。特に女性相手ならば」

「俺の周りにいるのなんて俺のことを知ってる奴だけです。気にする必要はない」

「学園随一のヒモ男は言うことが違うな」


 俺公式でヒモ扱いされてんの? 

 もうどうしようもないだろ。英雄への風評被害半端ないことになってないか。


「アクラシアの心すら射止めたのは流石としか言いようがない。剣に乱れる、そんな皮肉を言われるような女性が男に靡くとは考えてもいなかった」

「俺は来るもの拒まずをモットーに生きているので」


 アクラシアさんは変な女性ではない。

 一つ勘違いして欲しくないのが、あの人は『自制心』をしっかりと備えた人だと言うこと。

 自分で悟った本性、それでもなお社会性を認知していたのだ。アルベルト程突き抜けていない狂人ではあるが、単に他の人間と価値観が違うだけ。死生観が狂い切ってるアルベルトと同じにしてはいけない。


「お前のそう言う部分が引きつけてるのだろう。俺たちのほうが年齢は上だが、どこか経験の差を見せつけられている気分だ」


 同世代に比べれば他人のサンプルは沢山あるからな。

 戦闘する時にも相手の情報は役に立つ。性格、気性、武器、二つ名────その全てを把握するとまでは言わないが、ある程度理解できる範囲で知っておかなければならない。


 柔軟性に欠ける俺の手札ではそうするしかない。


「そこも踏まえて、まず一つ。お前は英雄についてどう考えている?」


 真剣な表情で問いかけられた。

 どうやらこれが本題のようだ。


「偉大な人間で、狂った戦争を止めるために立ち上がった聖人」

「他には?」

「…………特には」


 何を知りたいんだろう。

 俺が英雄をどう思っていようが関係ないし、この問いの目的がわからない。


「ふむ、そうか」


 飲み物を一口含み喉を潤して、俺の言葉を咀嚼した後にゆっくりと視線を合わせた。

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