幕間②
「…………英雄……」
呟いて、息を吐く。
胸の奥に詰まった大きな何かが永遠に引っ掛かったまま、僕は成長した。その結果が今であり今日に至る。
「羨ましいな、本当に」
見てしまったのは偶然だ。
見るつもりなんてなかった。たまたま帰り道でヴォルフガング君と話し込んでいる姿が見えてから、つい隠れて聞き耳を立ててしまっただけだ。
流石に秘策っぽい話を始めたから急いで聴力強化をやめたからよかったのだが、少し危なかった。
嫌だ嫌だと言いながら、決して努力を止める事はない。
その上周囲の人間への気遣いもしている。口では邪険にしつつも、大切に思っていることが丸わかり。僕のように取り繕っていることがバレても全く問題ない、素晴らしい人間性だ。
「僕じゃ、力不足か……」
そんなの認めたくない。
こうなることがわかっていたから僕を英雄として育ててくれなかったんですか? なりたいと願う事はそんなに罪なのか。かつての英雄も、英雄になりたいと頼ってきたと……あんなに楽しそうに語っていたのに。
「こういう所が駄目なんだろうな」
自覚はしている。
本当に英雄ならば、こんなことを胸に抱くこともなかっただろう。どれほど自身の力不足を目の当たりにしても、どれほど苦しい現実を叩きつけられても諦めなかった不撓の英雄。
「こんなところで何をしている?」
「……テオドールか。少し、考え事をね」
あんなに嬉しそうな
なぜなら、過去を語るときの母はいつだって寂しそうな顔をしていたから。楽しそうなのに寂しい、そんな感情が目に見えて伝わってきたから。
いつだって笑っていて欲しい。楽しく生きて欲しい。
大戦という動乱を生き抜いて、人生の彩りを知り始めたばかりなのに最愛の人を失った。
その悲しみを忘れなくても抜け出して欲しかったんだ。
「ハリボテじゃ意味がないな」
「お前らしくもない。メグナカルトに嫉妬でもしてるのか?」
「ああ、そうさ。僕はロア・メグナカルトに嫉妬してる。狂おしいほどにね」
英雄になりたい。
幼い頃に誓った願いは未だ果たされず。
それどころか、英雄と呼ばれる人間が出てきてしまう始末。
「
「フン、随分と贅沢な悩みだ。いつまで経っても至れない俺への嫌味か?」
「違うよ。自己嫌悪さ」
決して英雄とは呼ばず、僕に
彼のことを初めて見た時のことは鮮明に覚えている。母が何もかもを放り投げ、感情を大きく爆発させてるあの瞬間。
僕はどんな表情でそれを見届けただろうか。
「…………駄目だな。もっと制御できるようにならないと」
「くだらん。お前はお前だろう」
「僕に価値はない。僕は英雄になりたいんだ」
「そう言う事くらい知っているさ。何年お前と友人をやってると思ってる?」
「感謝してるよ、僕らの友情には」
「……だからこそ、言うぞ。お前はお前だ」
ロア・メグナカルトにはなれない。
「ルーナ・ルッサは強敵だ。証明して見せるんだろ、魔祖様に」
「…………うん。そうだね」
本当に
取り繕っている仮面が剥がれないように塗り固めているだけで、本当は英雄なんて器じゃないんだ。
嫉妬と羨望に塗れた醜い人間。
「でも、諦めてなんてやるもんか……!」
僕こそが英雄に相応しい。
僕は英雄になって見せる。
二度と寂しい思いなんてさせない。英雄の代わりを務められるのは、
「負けるなよ、テオドール。決勝で会うのは僕達だ」
「その通りだ。最高学年の意地がある」
拳をぶつけ合って誓う。
彼らに強い想いがあるように、こちらにも強い想いがある。
誰しもが勝ちたいと願っているんだ。
「それじゃあ飯でも行こうか。此間新しく出来た店が知り合いがオーナーでな」
「……それさ、密談とかに使うお店じゃないよね」
「今回は大丈夫だ。……多分」
「君さぁ!」
不安だ。
以前巻き込まれたのを思い出して思わず身震いする。
「周りのお客さんの顔に見覚えがあるから何事かと思ったよ、あの時は……」
「たまたま政治家が集まってただけだからな。俺は意図してないぞ」
「それでも沢山絡まれたからね!?」
お偉いさんとの遭遇で突然社交会のようなムードになってしまったお店。
店主さんも苦笑いだったよ。
「俺たちはまだ学生だ。学生らしい店を楽しむのもいいだろう?」
「……なるほどね。それなら大丈夫だ」
青春はまだ続いている。
夢があるんだ。僕には叶えられそうもない、大きな大きな夢が。
「明日は頑張れよ、親友」
「お前こそ負けるなよ、親友」
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