第三十六話②

 魔力を練り上げ、初っ端から全力で行く。

 出し惜しみは一切しない。小手調べも必要ない。相手は圧倒的な格上だ、ならばこちらの振舞う礼儀は────喰らい付いて魅せる事だ。


「────暴風テンペスト!」


 二つ名としても名を馳せた最強を解き放つ。

 入学当初と見比べて随分と練度の増した魔法に、我ながら最高の一撃だと思う。


 嵐どころでは無い、これはもう風という形を取っただけの破壊の渦。

 最上級魔法として完成形を迎えた事をここに確信した。


 先程までの試合よりも強化された魔力障壁に余波で罅割れを入れながら、上空へ一瞬で飛び立つ。


 最上級魔法を一発ではとても足りない。

 彼を超えるにはとても足りない。


 ────冷静に分析している様に、俺は語った。

 負けるだろう、と。実績や実力差を客観的に見比べて、俺は勝てないだろうと予測を立てた。


 それは会場の誰しもが思っている。

 ヴォルフガング・バルトロメウスの勝利を予想している人間なんて誰一人としていないだろう。


「────それでも!!」


 自分だけは自分の勝利を信じている。

 勝利を想うことこそが、過去の自分への手向けになるのだから! 


「それでも!! 俺は勝ってみせる!!」


 既に放った一撃は容易く打ち破られた。

 風を断ち切る様に放たれた光の剣。どこまでも見覚えのある光景だ。

 かつては敗北を喫した。今は成長した。敗北を糧に、俺は一つ上へと登ったんだ。


 それでも破られた。

 最上級魔法程度・・では足りない。

 足りないのなら────もっともっともっと高く! 


 魔力を掻き集める。

 自身の身体に満ちる魔力全て、防御も何も考えずにこの一撃に全てを籠めるために。

 両手の中を渦巻く嵐を圧縮し続ける。


 倦怠感が脳内を支配するが、そんなものはお構いなしだ。


 今この瞬間を味わわなくてどうするんだと奮い立たせる。


「これが俺の全力! 未熟なこの身で放てる最高の一撃!」


 未だ至る事のない我が身だが、いずれ辿り着くと信じている。

 俺は諦めない。どこまでも勝利を追い求めている。ただ自分が強くなるために、誰とも関係もなく────ただ、どこまでも高い景色を見てみたいから。


 視界の一部が嵐と一体化・・・・・した様な錯覚を覚えた。 

 ここが限界だと悟り、しかし感じた事のない全能感と高揚感が溢れ出ている。今ならば、今ならば出来るはずだ! 


「────喰尽す暴風ヴォルフガング・テンペスト!!」


 正真正銘最高の一撃。

 自身の名を冠する、俺だけの技。

 誰かの後を追うんじゃない。二代目ではない。ロカ・バルトロメウス二世ではないのだ。


 ────俺は、ヴォルフガング・バルトロメウス。


「今、成った・・・のか……!」


 目を見開くテリオス。

 第一位を死守し続けた怪物が俺に対して動揺している。

 強く、果てしない強さだと感じた格上が俺に対して警戒をしている。これほどまでに嬉しいことはあるだろうか。


「だが、一歩踏み出した程度・・だ……!」


 その手に再度光が灯る。

 一瞬煌めいて、爆発的な閃光の後に手に剣が握られる。


「負ける訳にはいかない。僕が証明するために!!」


 ギ、と口を紡ぐ。

 詳細までは聞こえなかったが、来る。

 俺の一撃を打ち払うための攻撃が! 


 片目が光の粒子へと変貌する。

 あれは──紛れもない証拠。テリオス・マグナスは座する者ヴァーテクスへと至っている! 


月光剣ムーンライト────!」


 溢れんばかりの極光が、天へと放たれた。








 嵐と光、二つがぶつかるのが見えた。

 その衝撃は計り知れない。先程の全属性複合魔法と月光のぶつかり合いより、もっともっと大きな衝撃。


「どうなった……!?」


 腕の中にいたルナさんを庇ったためまともに風に煽られてしまった為に結末を見逃した。


 ヴォルフガングが至り、テリオスさんが迎え撃つ。

 とんでもない出力の魔法がぶつかりあった末に生まれた爆風は会場全てを撫で切って駆け抜けた。


「…………いい、戦いだった」


 師匠の呟きと共に少しずつ煙が晴れていく。

 片手に剣を持ったまま天を仰ぐテリオスさんと────地面に倒れ伏すヴォルフガング。


 勝負は決まった。


『……強かった。君はこれからもっと強くなれる。ヴォルフガング・バルトロメウス』


 その言葉は届いてはいないだろう。

 だが、その確信は本人も抱いている筈だ。


『それでも僕は負けない。あの人に育てられたのだから。あの人に誓ったから。どれだけ否定されても、僕はそこを諦めない……!』


 その言葉の後に、俺に視線を向けてくる。

 特に何かを交わしたわけではない。ただ視線が合っただけで、何かを伝えようとしたわけじゃない。


 それでも伝わってきた。

 テリオス・マグナスという人物は明らかに俺に何かしらの感情を抱いている。


『────勝者、テリオス・マグナス!』


 歓声と共に勝敗が決まり、彼は朗らかな笑顔を浮かべながら控え室へと戻っていった。


 これで一日目の対戦は全て終わった。

 最終戦に相応しいぶつかり合いだったが……気になることが増えたな。


 具体的には厄介ごとの気配。

 ていうかおかしくない? ヴォルフガング片足突っ込んでたよなアレ。

 普通に対処するテリオスさんはなんなの。予想通りだったけどよ、このブロックおかしいだろ。


 ソフィアさんが唐突に成らない事を祈る。


「やはり強敵ですね」

「頑張ってくださいよ」

「もう少しいい感じに言えます?」

「頑張れ、ルナ」

「オ゛っ…………」


 耳元で囁いたら動かなくなった。

 恥ずかしいからフォローしてほしいがマジで反応がない。しょうがないから頬をムニムニして気を紛らす。


「君、よくアレに勝てたね」

「俺もそう思う。今やったら絶対負ける」


 ヴォルフガング、おかしくない? 

 上に移動する速度が速すぎたし、あの技なに。


「歴代の十二使徒門下でもオリジナルを組み上げた人間ってのは本当に少ない。彼と、そしてルーナ君はすでに資格があると言ってもいい」

「なんでそんな化け物に囲まれてんだよ……」

「君も大概なんだけどね」


 師匠の言葉に絶望する。

 それに勝てるテリオスさんヤバすぎだろ……故に新鋭エピオンか。既存の魔祖十二使徒という枠組みを超えられる新たな存在。

 もうちょっと楽な世代に生まれたかった。


「大丈夫さ。ロアならやれる」

「なんだその信頼は」

「君のことは誰よりも見てきたからね。信じてるよ?」


 …………ふん、まあ、言われなくてもやることはやるが。

 相手が化け物なのは承知の上だ。それでも負けられない領域がある。時間切れを狙う様な人達ではないからまだ勝機がある。


 もう貰えるものは貰った。

 後は俺次第だな。


「で、ルナさん。そろそろよけてもらっていいですか?」

「…………もう少しだけこのままでお願いします」

「まあいいですけど……」


 仕方ないな。

 明日にはステルラとルーチェの戦いがある。

 俺はどっちを応援すればいいのだろうか。どっちも応援すればいいか。


 戦いがないことに安堵しつつ、膝の上の重さを少しだけ楽しんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る