第三十六話①

「勝ちました」

「おつかれさまです」


 ぶい、なんて言いながら指を立てている。

 なぜか俺の膝に座って来た。……確かに周囲に席はないからな、これが合理的か。


「ふん、良いだろう」

「やってみるもんですね」


 勝手に俺の手を取るな。

 まあいいか。なんかぬいぐるみ抱えてるみたいで懐かしい感覚を……待てよ。俺は子供の頃にぬいぐるみを抱くことはあったか? 嫌ない。


 ではこれは全く知らない感覚だ。


「ちょっとルナさん。貴女色々隠してましたね」

「聞かれてませんので、特に話す必要もないかと」


 よく言うぜ。

 対抗手段がワンチャンないわけじゃないんだが、今の俺には使用不可能である。寿命削れば一撃与えるくらいは出来ると思うけどさ、多分それやったら師匠にクッソ怒られるんだよな。


 一回やろうとして死ぬほど怒られた。


座する者ヴァーテクス、か。でも俺は安心しましたよ」

「安心、ですか?」

「ええ。これで一人にしなくて済む」


 これは確信だが、ステルラは絶対に至る。

 師匠がいるから寂しくはないだろうが、それでも仲のいい人間が先に逝くのを見続けるのは精神的に堪えるだろう。それを少しでも和らげることが出来そうで俺は心底安心した。


「末長く、よろしくお願いします」

「…………ああ、なるほど。そう言うことですか」

「察しが良くて助かりますね」

「ふふん、ロア君のことならなんでもわかりますよ」


 嘘つけ。


「むっ。その顔は嘘つきとでも思ってますね?」

「なんでわかんだよ」

「女の勘です」


 勘でそこまで当てられたら世話ないぞ。

 ムカつくので頬をぐにぐに引っ張ったり揉んだりして嫌がらせする。ぐええ〜、なんて言いながら止めろとは言ってこないのでそのまま続行だ。


「ぐ、ぐぬぬ……」

「ほらお姫様、行かなくていいの? 取られちゃうよ?」


 余計な事を吹き込むな! 

 いいだろステルラお前一週間一緒に暮らしてたんだから。お前俺が寝ついてる間に頬触ってきたの覚えてるからな。


「ヴェッ!?」

「一時間も触ってたら普通に目が覚めるわバカたれ」

「……………………ぐう」


 唸りながら師匠の後ろに隠れた。

 ケッ、俺に勝とうなんて十年早いんだよ。俺は生まれて数年で勝利への執着を覚えたんだ、格が違うぞ。


「ルーチェはいいのかい? 混ざらなくて」

「…………別に。それより次に集中しないと」


 それもそうだ。

 ムニムニしていた手を止めて思考を切り替える。


「……ヴォルフガング、勝てると思うか?」

「無理だろうね」

「無理だと思う」

「無理でしょう」


 満場一致で無理は可哀想過ぎるだろ。

 上からアルベルト・アイリスさん・ルナさんの並びである。この三人が無理って言ったらもう無理だろ。


「順位戦一位を在学中ずっと維持してるのは控えめに言って頭がおかしいから。これまでの歴史上成した人物は一人もいないんだぜ?」

「バルトロメウス君が弱いのではなく、相手が強過ぎると言ったほうが正しいでしょう。私も勝てるかどうかは怪しいところです」


 なあルナさん。

 その発言さ、そう言うことか? 


「むむっ。……な、なんの事デショウカ」

「いいです、その情報は知りたくなかった。更に深い絶望が俺の胸を埋め尽くしています」


 は〜〜〜〜〜〜……

 そりゃあ一位維持できるわけだよ。


「安心してください。負けるつもりはありませんから」

「余計安心できないんだが……」


 ヴォルフガングがどこまでやれるか。

 アイツも才能はとてつもないが、それ以上に化け物が多い年代すぎて目立ててない。過小評価されていれば御の字、って所だな。


「……そう易々と、負けるような奴じゃない」


 腹を斬られて腸を剥き出しにしても心底楽しむようなジャンキーだ。

 下馬評なんざ覆して見せろ。








 あれほど見慣れた坩堝の景色が変わっている。

 入場して最初に抱いた感想はそれだった。選手一人一人に与えられた控え室の豪華さに驚き、本当に学園全体が注目しているのだなと思い知らされた。


 恐らく魔祖様の魔法であろう、映像を映し出す魔法で他選手たちの戦いを見ていた。


 圧巻だった。

 誰も彼もが正面からぶつかり合い信念を打ち付け自分こそが一番だと証明しようとしている。

 ……まあ、そう言う感情を持ってない人もいたみたいだが。選手たちの呟きすら鮮明に聞こえるのがいいところでもあり悪いところでもある。


「相変わらずだ」


 観客席で囲まれている人気者に目を向ける。

 果たして彼が逃さないのか、それとも周りの人間が逃さないのか。その両方だろうな、と自分の中で納得する。


「────やあ、待たせたね」


 柔らかい表情と裏腹に闘志が溢れる目つきだ。

 纏っている空気感、雰囲気、そして────滲み出る圧倒的な魔力。


 格上。


 その二文字で全てを言い表せるほどの圧倒的な存在感。


「…………ふ、はは」


 凄まじい相手だ。

 俺が相対してきた中で、それこそ十二使徒本人にすら届きうる実力。感じとれてしまった。戦うより先に自身の敗北を悟ってしまった。


 俺はどう足掻いてもこの相手に勝つことはあり得ないと。


「君がヴォルフガング・バルトロメウス君か。話には聞いているよ」

「光栄な事だ。俺も貴方のことは耳にしている」


 強者と戦うために、この学園に来た。


 初戦は負けた。

 相手が強かった。本人は自虐ばかりしているがその実力は確かなものだし、その努力は計り知れない。彼はまことに英雄と呼ばれるだけの積み重ねがある。


 その後は、とにかく相性の悪い相手と戦った。

 戦って戦って戦って、ようやく登り詰めた一桁。


「…………本当に、ありがたい」


 まだまだ俺は強くなれる。

 その確信が胸を埋め尽くしている。天上にはまだ見ぬ存在魔祖が居て、明確に目指せる場所すらわかる。

 こんなに恵まれていていいのだろうか。俺の願いを成就させるのに必要なピースが揃っている。


「胸をお借りします! 新鋭エピオンと謳われた偉大なる人間の!」

「君みたいな熱い子は嫌いじゃない。先達として、恥のない姿を見せてあげよう」

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