第三十三話①

 僅かな足運びで土煙が立つ。

 空気の揺らぎが剣の軌跡を伝えてくれる。視覚で捉える事の不可能な領域に至った斬撃に対応するためには、俗にいう第六感という不確かなものに頼らざるを得なかった。


 一拍に数度の斬撃。

 無論それは感覚的な話であり、実際はそうではない。よくて二回、いや、返す剣も交えれば三度だろうか。


 これだけ剣を交えれば嫌でも理解する。

 アイリス・アクラシアという女性は『剣における天才』。

 俺如きでは生涯を賭けても到達できるかどうかわからない、そういう領域に足を踏み入れている化け物。


 今の俺がある程度相手になるのはただ一つ。


 かつての英雄の記憶を保持しているから。

 その軌跡を余すことなくなぞってきているから対応できているだけだ。

 心の奥底に棲んでいる劣等感が湧き出て来たが、それを何とか飲み込んで目の前に集中する。


 一度距離を取りたい。

 だがそれを許してはくれない。

 少しでも離れようとすればそれより先に一歩踏み込んでくるので、それに対する反応をしなければいけない。


 戦いの勘が鋭すぎる。


「…………すごいな」


 思わず言葉が漏れた。

 腐っても剣の修練を只管に積んで来たんだ。実力差はそこまでではないが、その戦闘能力の高さには脱帽せざるを得ない。誠に遺憾ながら。

 嫉妬で狂いそうだ。俺が望まない血と汗と泥に塗れて生きて来たのに、苦痛に塗れたいと願う天才の常識の範疇の努力で対等に並ばれてしまうのだ。これに嫉妬せずにどうすればいい? 


「キミこそ。問題ありません、って顔で捌いちゃって」

「デキる男は表に出しませんからね」

「ふふっ、言うね」


 滅茶苦茶ギリギリだった。

 初めて握る武器、ロア・メグナカルトとしては初めて向き合う同じタイプ。即ち剣の達人。

 手に汗握るどころではない。命懸けの綱渡りだ。


「…………不思議」


 そんな俺の内心は露知らず、話を進めていく。


「キミの剣、一人じゃないみたい」

「…………我流ですからね」

「ううん、そうじゃない」


 勘が鋭すぎるだろ……

 そりゃあ一人じゃないさ。ありとあらゆる人の技を勝手に盗用してるんだから。

 でもそれを見破れる人はいない。あくまで俺の“才能”として勝手に判断してくれる。俺がかつての英雄の記憶を持っている事なんて誰も知らなくていい。


「すごい沢山見える。積み重ねた量が、数が、こんなに多い人は……本当に初めて」

「それは光栄です。俺は努力家なんでね」

「うん。凄いよ、ほんとうに…………」


 笑みを深めないでくれませんか。

 背筋が凍るような寒気がした。この感覚は懐かしい。


 そう、あれは山籠もりをして最初の頃の話だ。

 野生の動物に怯えながら、自衛できるような武器もたった一本の剣しか無い時に出会った巨大な獣。

 アレは死んだと思ったね。要するに、圧倒的な上位者に捕食対象として定められた時のような恐怖感と焦燥感が俺の身を襲っている。


「もっと、もっといる・・でしょ」

「さあ、どうでしょうか。一か二はいるかもしれませんね」

「…………あはっ」


 更に深く口元を歪めている。 

 こ、怖ェ~~~~! 逃げ出したくなってきたんだが。

 なんかこう、ルーチェとかと戦った時とは別。勝ちたいという思いは確かに俺の中で根強く活動しているが、それ以上に根源的な恐怖が滲み出てきている。


「ありがとうロアくん」

「何がでしょうか。皆目見当もつきませんが」

「……きっと、に会うために私は生きて来たんだね」


 運命はこれ以上背負えないから勘弁してくれ。

 そういう星の下に生まれてるのか? 俺は。女性関係をきっぱり終わらせてひっそりと消えて行った英雄と違い、俺は何処までも追われ続けるという事なのだろうか。


 今ですら追ってる立場なのだからいい加減にして欲しい。


「────ロア・メグナカルト! 私、君に出会えて本当に良かった!」

「そうですか。俺としてはこれ以上増えて欲しくないんですけど」

「なら振り払ってよ! 私の事も、全部纏めて!!」


 再度斬りかかってくるのは予想していた。


 意識を切り替える。

 反射で相手をしろ。俺の思考で追いつける相手じゃない。

 身体に染み付いた英雄のトレースをどこまでも実直に行う、俺に勝てる芽があるとすればそこだけだ。


 上段からの振り下ろし剣で受け流し、そのまま肩をぶつける。

 体格差が存在する以上俺の方が有利になれるのがフィジカル面での話。積極的に利用していきたいが、それは甘くなりすぎる。


「ね、その切り替えも!」

経験上・・・、わかるんですよっ!」


 本当に楽しそうにやってくるな。

 加減なんて一切してないからさっき腹に入った一撃は相当な威力になっているはず。なのに動揺が少しも見られない、寧ろ興奮が先に来てる。


 脳内物質の過剰分泌だな。

 極度の興奮状態にあるのだけは間違いない。


「斬って、斬って斬られて斬って────こんなにも楽しいの……!」


 昂り、頬を紅に染めながらアイリスさんは剣を地面に突き刺した。 


「魔法は無粋。でも、私の全部・・を見て欲しいんだ」

 

 ……嫌な予感がする。

 正直受け止めたくないが、やってみせるしかなさそうだ。

 ここを不意打ちで倒しても誰も認めないだろう。俺だってそうだ。全身全霊を賭けるから勝利に価値が生まれる。

 

 ……本気で憂鬱だぜ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る