第三十三話②
「
何も持っていなかった筈の左手に、新たな剣が出現した。
まるで血が染み付いたような赤黒い色が生きているかのような胎動を繰り返している。魔力反応か、それとも……
「誰がなんて言ったって、私にとっては煌びやかなんだ。君にもわかるでしょ?」
「……なるほど。随分と無粋なことを言う奴がいる」
満面の笑みで頷くアイリスさん。
「良いじゃないですか。俺には
「…………う、ふふっ。ありがとう、ロアくん」
しっかりと意図が伝わったようで何よりだ。
それは貴女の努力の結晶だ。泥臭くて血に塗れるのが努力だ。苦痛が滲んで吐き気がするのが努力だ。
だけど、どうしようもないくらいに明るく眩しく見えてしまうのも、努力なんだ。
「────
その想いに応えるために。
師匠に授かった祝福を起動する。
俺にとっての燦爛はこれだ。誰かに授かった力こそが俺にとっても眩い輝き。
「私の燦爛怒涛はね。特殊な効果もないし、ただ鋭く斬れるだけの剣」
「奇遇ですね。俺の光芒一閃も同じような役割だ」
「気が合うね、私たち。どうかな?」
「残念ですが心に決めた奴が居るので」
霞構えで受けて立つ。
互いに楽しむだけの時間は過ぎ去り、後に残ったのは勝者と敗者を決めるための残酷な時間。
それで良い。
「そっか。振られちゃったな」
「アイリスさんは魅力的だから、俺みたいなのより良い人が見つかりますよ。そう悲観することはない」
「……あれ? でもロアくんってハーレム作ってるんじゃないの?」
「ちょっと待て。なんだその話は」
戦う空気じゃなくなってきたぞ。
俺はそっちの方が気になるんだが、アイリスさんは惚けた顔をしている。
「だってルーナ・ルッサさんでしょ。エンハンブレさんにエールライトさん、極め付けには師のエイリアス様。これだけの女性と関係を持つとか噂されてたけど」
「肉体的な関係はないのでハーレムではないと断固として訴えておきたい。あと俺は拒否もしないし深追いもしない、適切な距離を保っているから互いに損得の少ない関係になっているんだ」
「すごい言い訳するね……」
あ〜〜〜〜もぉおおぉぉ!!
「あはは、冗談だよ冗談。振られちゃった仕返しね?」
「憤怒で人を殺すことも可能だと言うことを今証明しなければいけなくなった」
「良いね、全力で来てよ!」
この人わざとやったな?
俺が手を抜くことが確実にないように。これだけ剣を交えたのだからそこは理解して欲しかったが、まあ仕方ない。今この瞬間全力を出さずしていつ本気で戦うと言うのだろうか。
誰しもが納得のできる勝利を。
「…………当然」
全力で行かせてもらう。
本来ならばここで使うべきではないが、そんなのは知ったことではない。後の事は未来の俺に
身体のダメージは少ない。
高速戦闘にも十分耐えうるだろう。
「紫電迅雷────
身体の内側を駆け巡る紫電。
猛烈な痛みと共に齎す効力を十全に活かすために歯を食いしばる。堪えて堪えて、整ってからしっかりとコントロールする。
俺の道に近道はない。どこまでもどこまでも続く真っ直ぐな道を、愚直なまでに歩いていくことしかできないのだから。出来ないことを出来る様にするのではなく、出来るようにするための努力を幾つも重ねる。
「行くぞッ!」
「────来い!!」
視界の淵に浮かぶ紫電を目で捉え、足に力を込める。
肉体の損傷なんか気にするな。いくらでも治せるんだ。使えるものは使えるうちに使え。
────刹那、踏み込んだ。
砕ける大地、揺れる世界。これこそがかつての英雄の至った領域。身体強化だけではなく、雷魔法も利用して自身を最速へと至らせた魔法。損傷すらも自己修復を繰り返すことで治してしまうのが完成形だが……十分すぎる。
ありがとう、師匠。
貴女のお陰で俺は前に進める。
全身に叩きつけられる衝撃。
あまりにも速すぎる世界の中で、自身の肉体が死に接近しているのを感じとった。俺が鍛え上げた唯一の感覚、死への嗅覚というべきか。
警告を鳴らしている。これ以上踏み込めば死ぬぞ、俺の肉体を過信するなと。
その全てを無視して、空中へと駆け出した。
足りない。
足りないんだ、何もかも。
全ての手札を合わせても、全ての記憶を晒しても。
俺が
「星縋閃光────!!」
紫電と同等の速度で繰り出せる、現状唯一の技。
一週間で積み上げられたのはこの程度だった。だが、このたった一つが全てを凌駕する大切な要素になる。
既に俺には認識できない速度での一撃だったが、超人的な反射を見せたアイリスさんの剣と一瞬鍔迫り合った後に真正面から打ち砕く。
地面に着地し、勢いを殺すために何度か転がりながら止まった。
全身が痛い。猛烈な痛みだ。俺自身、かなり興奮していたとはいえこの痛みは洒落にならない。腕とかもう持ち上がらんくらいにガタガタだし。
後ろを振り返ってみれば、アイリスさんは上を見上げている。
肩口から血が滲んでいるので斬ることができたのだろう。だが、これで勝敗がついたかどうか……
痛みを堪えて歩いていく。これで反撃されれば俺の負けだ。全てを出し切ったと言っても過言ではない。故に近づく。
「…………アイリスさん」
反応はない。
呼吸はしているのがわかってるから死んではないだろう。いや、死ぬような一撃にはしてないから大丈夫だとは思う。
学生同士の戦いで殺す殺されるが発生する方がやばい。
「……すごいなぁ」
俺にギリギリ聞こえるくらいの声量で、一言呟いた。
「欲しかったものが……見えたような気がするんだ」
手に持っていた剣が魔力となって崩れていく。
半ばから断ち切られたそれは、まるで未練など無いかのように空気へと溶けていく。
「…………綺麗な、閃光……」
最後の方は聞こえなかったが、そのまま崩れ落ちてしまったので急いで支える。
ボロボロの下半身と腕に過剰な負荷がかかって思わず叫びそうになった。ここで叫ぶのを堪えた俺を本当に讃えてほしい。
『────そこまで! 勝者、ロア・メグナカルト!』
歓声が沸いた。
俺の勝利を祝福しているのか、俺たちの勝負を称えているのか。
詳細はわからないが──不思議と、心地よく感じた。
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