第二十九話①

 魔祖十二使徒第二席、エイリアス・ガーベラ。

 紫電ヴァイオレット等という二つ名を戴いてはいるが、そんな評価を受けるような大層な人間ではないと自覚している。


 恋をした男の最期を看取って数十年、未練たらたらで引き摺ったまま生きてきてしまった。


 やっと表舞台に出る覚悟が出来たのも愛しい弟子が育ったからだが──詳しくは割愛する。


「ガーベラ様、ありがとうございました」

「気にすることはない。元を辿れば我々の発案が原因だからね」


 無駄に長く生きて来た経験だけはある。

 人を導けるような清い人生を辿って来たわけではないが、魔法に関する事を教えるのは造作も無い事だ。


「……しかし、魔法授業なんて随分と久しぶりにやったよ」

「とてもわかりやすい内容でしたが……」

「世辞は止してくれ。本職に褒められるとムズ痒くて堪らない」


 いつものローブの上に白のジャケットで適当に肌を隠しただけの服装だが、意外と生徒達には好評だった。

 うちの弟子はあまりそう言った部分に関心を寄せない。

 ……百歳近く年下の男の子に何を期待してるんだ。


「皆優秀でいい子達ばかりだ。ウチの馬鹿弟子と違ってな」

「メグナカルト君ですか?」

「すぐ名前が出てくるあたり想像できるよ」


 問題児にはならない程度のやさぐれだからなぁ……


 そこら辺の調整が無駄に上手いのだ。

 誤魔化す努力も惜しまない辺りが実にロアらしい。


「…………ふむ」


 明日様子を見に行こうと思ったが気が変わった。

 丁度やるべきことも終えたのだ。愛弟子たちの事を見に行こうでは無いか。


「ではまた明日、お疲れ様です」

「ご苦労さま、よろしく頼むよ」


 珍しくステルラから二人で修行したいと言われたから喜んで場所を提供したが、気になる。


 仲良くやっているだろうか。

 ロアは普段から調子に乗った言動を繰り返すわりにあと一歩を絶対踏み出さないヘタレた心があるし、ステルラに関しては精神的にあまり強くないのでぐいぐい押しきるのは無理だろう。


 学園の外に出て魔力を練りテレポートを発動。

 ステルラは今年中には会得するだろう。ロアは無理だ。

 これが出来るようになって漸く一歩踏み出せる・・・・・ようになる。これはそういう魔法。


 僅かな浮遊感の後に視界が消え、次の瞬間には地に足付けている。


「む」


 どうやら小屋の中に二人ともいるらしい。


 今日の分は終わってしまったか。

 どうせならアドバイス出来ればと思っていたが……まあ仕方ない。

 夕食くらいは私がひとっ走りして用意してあげようじゃないか。少しは師匠らしい事をしてやらねばな。


 そう息巻いて二人の魔力の場所(ロアは本当に極わずかの探知すら難しい)まで歩みを進めた。


『────……いいか、そっとだぞ。そっと、裂けるからな』

『大丈夫だよ! 破れても治せばいいじゃん』

『俺が痛い思いをするんだが…………』


 どうやら何かを思案しているようだ。

 少しばかり外で聞いているとしよう。これは盗み聞きではない。


『オ、ウオオオ……ッ! 異物が俺の中に入ってくる!! 止まれ!!』

『そ、そんな簡単に出し入れできるわけないじゃん! 全部入れちゃうよ?』

『まて落ち着け。俺に一度落ち着く時間もくれ。あと痛みはないから大丈夫だ』


 …………うん。


 一体何をしているのだろうか。


 状況を整理しよう。

 人里離れた山の中、幼馴染の男女が二人きり。

 丁寧に用意された小屋という密室で何やら怪しい会話が聞こえてくる。


 …………いやいやまさか。 

 あの二人に限ってそんな、直接的な行動を取るとは……いやでも年齢的にはそういう年頃だし……


『ウ゛ッ…………急に来るじゃないか』

『だ、だってどこまで入れていいかわかんないんだもん……えいえい』

『馬鹿やめろお前破裂する!』


 ロアがやられる側なのか……

 違うそうじゃない。そこじゃないだろ納得するべき場所は。倒錯的な愛だろうが私は肯定しよう。だがまさかそっち方面に傾倒してしまうとは……! 


 止めるべきなのか。

 私はどうすればいいんだろうか。


『よ、よし。多分全部入ったぞ……』

『なんか疲れちゃったな…………』


 終わってしまったらしい。

 最悪だ。止める止めないとかじゃなくもう完全に終わったらしい。

 今日来るべきでは無かった。私は自分の判断を恨んだ。こんな事実を知ってしまって、これからどうやって接すればいいのだろう。


「何してるんだ」

「ウォヒエッ」


 窓から身を乗り出しているロア。

 思わず変な声を出してしまったが、それを気にすることなく呆れた顔で話を続ける。


「なんか居るなとは思ったが……」


 しまった。

 長い野生生活のせいで気配に敏感だった。


「今日は来ないかと思ってたから先に済ませちまったぞ」

「そ、そうか……」


 私が先に来てたら巻き込まれていたのか? 最近の若者はこんな過激な愛情表現をするのだろうか。いや私が教育を間違えたのか。情操教育をしっかりと終えてないから────


「しかし、師匠以外の魔力が張り付いてるのは違和感がある」

「…………魔力?」

「ステルラに補充してもらったんだ。祝福の奴」


 ………………………ああ~~~!! 


「良かった……私は気が気でなかったよ。次々と恐ろしい事実が発覚していってこの世の終わりかと思ってしまった」

「なんなんだ一体……」


 本当にこの世の終わりかと思ったんだぞ?

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