四章 咲き誇る氷華
第二十一話①
登校して朝一番、俺たちは別館へと集められた。
入学式も行ったこの場所は儀式で使う場所なのだろう。俺たち新入生以外にも上の学年も集められているらしく、また面倒事の気配を感じた。
それとなく入場するときに周りを観察していたがルナさんが俺に手を振っていた。仕方ないから振り返した。
「……発表か」
トーナメントの開催宣言だろうな。
俺たち関係者(?)には既に漏れている情報だ。逆に今持ってる情報だとこの程度のことしか推測できない。
「おやおや、渦中の人間じゃあないか」
「勘弁してくれ。面倒くさくて敵わん」
ナチュラルに全部知ってるアルは放っておいて、激戦が確定しているのが本当に心苦しい。
出場権を賭けた順位戦を高みの見物できるのだけが唯一の救いか。
「フン。争う為に争いを激化させる愚かな集団に混じる事は無い」
「それっぽく言ってるけど要するに戦いたくないんだよね」
「俺は平和主義者だからな」
大切なのは本質ではないだろうか。
建前上はそう聞こえてしまうかもしれない。
人の言葉を切り取って編集するのは誰にだって出来るが、その真実と正確性を伝えるのは何よりも難しいのだ。俺は平和な世界を望んでいると伝えても悪意ある第三者によって捻じ曲げられ、ただ俺が戦いたくないビビリ野郎だと勘違いされてしまう。
世界は儚く、また民衆は愚かである。
「やはり信用できるのは自分だけ。他者を盲信するのは良くないと思わないか」
「なによ急に……」
「この世の理に嘆いている」
呆れた表情で見てくるルーチェ。
「嘆きたいのはこっちなんだけど」
「ああ、もう聞いてるのか」
親御さんと仲が悪い訳じゃないんだな。
元々嫌いでは無かったのか、それとも俺に言われて少し変わったか。どちらにせよいい方向性に傾いていると思う。
「今どれくらいだ」
「……九十位くらいよ」
「へぇ、二桁乗ったんだ。流石だねぇ」
俺が大体百十位だから普通に追い抜かされたな。
負けてないが? ただ戦ってないだけであって別に負けてはいない。それを理解してくれないと困るね。
「どうだい、そろそろ僕と」
「お断りよ。誰が好き好んでアンタと戦るのよ」
アルは光の速度で振られて残念そうに肩を竦める。
お前本当そういう所だぞ。
「まあ俺は順位関係なく出れるから別にどうでもいいがな」
「……ちょっとイラついたわ」
「僻むな僻むな。あ~あ、俺は何一つ嬉しくないんだけど証明されてしまったからな~」
そう言った刹那、目で捉えられない程の速度で腹部に衝撃が奔った。
ご丁寧な事に内部で衝撃を爆散させて内臓までダメージを通すガチの打撃である。視界が白に染まって意識が飛びそうになってしまった。
「ル……チェ。暴力系少女はもう流行らないぞ」
「アンタらが煽るからでしょうが!」
やれやれ。
育ちがいいのにこんなにも殺意に満ち溢れているのは何故なのだろうか。本人の気性の荒さだろうな。
「今何考えた?」
「ルーチェは美しくまるで深窓の令嬢のようだ」
「殊勝なことね」
生命の危機を無事に脱出したところで、以前ステルラが新入生代表的な語りをした場所に人が立っているのが見えた。
背丈は小さく起伏も浅い。それでいて制服ではない別の服装を纏っているし、あのツラ……
忘れる事は無い。
「ン、あ、アー~~……」
音量調節も兼ねて発声を繰り返す。
あの頃と何も変わってないな。師匠をボコった時のあの声そのままだ。
「聞こえとるかガキ共」
ウ~~ンこの尊大な態度と物言い、完全に俺の記憶通りである。
人は成長と共に大人へと育っていき徐々に子供のような振る舞いは無くなっていく筈だが、コイツだけは違う。本当の意味での超越者、人類の枠組みを単独で突き抜けた怪物。
「ワシが学園長のマギアじゃ。いつ見てもこの光景はいいもんじゃなぁ~」
満足そうに腕を組んで頷いている。
初見の学生諸君が居れば申し訳ないが、学園長────もとい、魔祖マギアは人間性が欠けているのだ。大方多くの人間が自分に見下されているのを当然として受け止めている事に対して悦びでも覚えているのだろう。カス。
「新入生が入学しておよそ二ヵ月。才能ある連中は台頭を始め、才能のないただ進級しただけの凡愚は叩き落される時期になった。一年のアドバンテージ如きじゃあ絶対的な才は覆せんよ」
心底愉快そうに顔を歪めながら蔑みの言葉を放つ。
コイツ本当こういうトコロなんだよな。俺は英雄じゃないからわからないが、彼はどうしてこんな性格激ヤバサイコパス婆と行動を共にすることにしたのだろうか。
持ってる力は強大だから仲間にする他無いと判断したのかもしれない。
「百と数十のこの中に、一体どれくらい本物が居るのか…………それを知る為に順位戦を設けているのだ。まあワシに勝てる奴はおらんがの! ガハハハ」
非常に不快な事に、長く生きているだけあって戦闘能力は化け物だ。
記憶の中ですら勝ち目が無いと思わされる程だったが今やどうなっているのか見当もつかない。
「ン゛ン゛ッ、ワシに勝てる奴が居ないという当たり前の話はここまでにしておいて。今日の本題はそこじゃあない」
拡声器を使ってる訳でも無いのに自然と響く声は魔法を利用しているのだろう。
魔法の応用というより、基礎の基礎である魔力そのものを使っている。かつて師匠がやっていた物質構成のオリジナルバージョンか。
「今年は例年に比べ“本物”が多い。故に、少しだけ過激な手段を取る事にした」
ニヤリと歪な笑みを浮かべる。
順位戦そのものが過激だと思うのだが、どうやらそこはカウントしないらしい。大戦を生き抜いた連中からすればそれはそれはお優しい試合に見える事だろう。俺は命懸けなんだが。
「────全学年混合、強制バトルトーナメント!
強さだけを競うこの戦いを制する者に、我が秘術を教えてやろう!」
……なるほど。
確かに魅力的だ。
魔法を使う誰もが羨む報酬だな。
この学園でしか通用しない甘い囁きという訳か。
「ま、秘術と言っても各々に適した魔法を作るだけじゃ。ワシ自ら何かをしてやる事なんて滅多にないからの、精々チャンスを逃さんように気張るがいいぞ?」
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