第二十一話②

 ケラケラ笑いながらその場から姿を消した魔祖は放っておいて、場内は困惑半分とざわつき半分と言った様子だ。

 無論開催される事を知ってた連中は報酬でざわついている。


「詳しいルールとか一切説明無かったわね」

「どうせ丸投げしてんだろ。この後教室で説明されるさ」


 この学園の教師にだけはなりたくない。


「準備期間は一週間~二週間。その後順位で振り分けたブロックごとにくじ引きでもしてトーナメント形式にするんじゃないかな」

「お前が言うならそうなんだろうな」


 どこからその情報を手に入れてんだよ。

 ……でもコイツの正体が暴けるかもしれんな。ルーチェの打撃も普通に受け止めてるし素の防御力がアホ程高いので、結構いい所まで登れるだろう。

 当人にやる気があればの話だが。


「ルーチェが出場確定させるには三十位以内には入らないと駄目だね」

「残念だ。お前と戦いたかった」

「言ったわね。絶対這い上がってやるから覚悟しなさい」


 目がガチすぎるだろ……

 血走ってるという言葉が世界で一番似合う女に変身してしまった。


「嘘だ。俺は女性に手を挙げない紳士だからな」

「男に二言は無いわね。サンドバッグが出来て私も嬉しいわ」


 短い人生だった。

 長き刻を苦しみに包まれた俺だが、今際の際ですら救われることはないらしい。

 殴打によって折れた骨が生み出す熱量と痛みは何にも比較できない程であるし、骨が皮膚を突き破って出て来た時はそれはもう最悪だ。


 あの『死ぬかもしれない』という緊迫感、『痛い、これは治るのか?』という不安感。


 正直味わいたくない。

 苦痛を忌み嫌う俺にとって痛みの種類を多種多様に分ける個性豊かな相手は嫌いな対象だ。

 ルーチェは脳筋ゴリゴリインファイターだから相手しやすいな。ハハッ、互いに魔法の才能無いから波長あってるじゃないか。


「でもまぁ現実的に考えてルーチェが三十位以内に入るのは厳し」


 余計な事をスラスラ言い放ったアルは無事に大地に伏せる事となった。

 周りの目線が気になるが、その対象は蹲るアルに集まっている。腹痛起こしたとでも思われているのだろう、僅かに舞った拳圧に関しては誰も気が付いてないらしい。暗殺者としての才覚が徐々に芽生えつつある。


「早めに予約しないと坩堝すら確保できなくなりそうだな」

「……そうね」


 たまに忘れてしまうが、ここは国の中でも最高峰の学園である。

 そんな所に入学する連中が果たして大人しいのだろうか。


 俺みたいな奴がマジで珍しいのであって、推薦入学でもない限りどいつもこいつも上を目指す事を目標に掲げてきている。

 ある程度命の保障がされているのに加えて同世代で格上・同等・格下を選んで全力の模擬戦を行える環境。しかも全員に勝ち続ければ『自分専用の魔法』を貰える。やる気にならない奴の方がおかしいだろう。


「お前は勝ったら何を望む?」

「………………」


 俺もお前も、求めているのは『勝利』。

 自身の才を否定する世界に対し、自分の努力を以て証明して見せたい。

 吐き気がするほど青臭い願いなのにそれを否定する事ができない。勝ちたいから戦うのか、勝てないから戦うのか。


「そんなもの、勝ってから考えればいいのよ」


 道理だな。

 取らぬ狸の皮算用ってヤツだ。

 勝った後の事を考える位なら勝つための手段を一つでも多く増やした方が確実に役に立つ。


「その通りだ。鍛錬に付き合うぞ」

「……付き合いなさいよ?」

「ああ、(鍛錬に)付き合ってやるさ」


 その場で小さく拳を握りしめてルーチェは口元を歪めた。


「私の勝ちね」

「まだ戦いは始まってすらいないんだが……」

「アンタはわかんなくていいの」


 女の戦いって奴か。

 俺を奪い合うような仲に発展したのは果たして喜ばしい事なのだろうか。俺への何かしらの感情があるのは構わないし、それによって甘やかしてくれる事を理解しているから俺はいい。


 だがそれで女性間の友情を維持できるのだろうか。


 出来れば仲良くしてて欲しい。

 理由は聞かなくてもわかるだろう。全員仲良く俺を甘やかしてくれた方が空気が軋まなくていいからだ。


「俺はルーチェの事も好きだぞ」

「……………………そ」


 照れるな照れるな。

 こういう部分が可愛いんだよな、コイツ。

 普段の憎まれ口も裏にある感情を正確に読み取ることさえ出来ればなんにも問題はない。


「…………むむむ」

「なんだステルラ。俺に文句あるのか」

「なんでもないっ」


 隣のクラスが故に少し離れた場所にいたステルラが横まで来て不満を爆発させてきた。


 嫉妬する女の子は可愛いと思う。

 俺が嫉妬しまくってるのは醜いだの情けないだの散々な言われ様なのにこれが女性で見た目麗しい人になった途端これだ。世の中は真に不平等である。


「俺はお前の事も好いている」

「……一番?」

「それはどうかな」

「むっきー!」


 揶揄ったらプルプル震え出した。

 普通に考えたらステルラが一番なんだが、コイツはコイツで人間不信気味な所があるから気付かないだろう。ルーチェの目線がぐりぐり刺さってきて心地いい。今日は夜道に気を付けよう。


 二人の美少女に言い寄られている事実を周りに見せつけることで俺のヒエラルキーの高さをアピールしていく。

 自尊心が満たされる、俺の敗北で包まれた渇いた心が癒されていくのを感じるんだ。


「そういえばステルラは何位なんだ」

「私? 九位かな」


 …………そうか。


「強い人も多かったけど、その分出来ること増えたから期待しててよね?」

「とても嫌なんだが……」


 すごく嫌だ。

 ヴォルフガングですら三属性複合魔法に慣れが必要なのにお前は絶対に完璧に熟して見せる。それを対応しなければならない俺の身にもなって欲しい。


 紫電の強さも師匠に比肩する奴が師匠以上の魔力量で襲いかかって来るのは勘弁してくれ。


「ルーチェがお前を倒すらしい」

「そこまでは言ってないでしょ!」

「あ、あはは。ルーチェちゃんにだって負けないよ!」


 ルーチェ対ステルラの因縁勝負もまあまあ盛り上がるだろう。

 俺とステルラ? 今のところ処刑になる可能性が高いので、どうにかこうにか戦闘力を上げなければならない。


「で、だ。ルーチェ、お前このあと誰と戦うのか決めてるのか」


 いつまでも雑談をしている訳にもいかない。

 いい加減教室への移動を開始するだろうし、現に上級生はまばらに動き始めている。


 情報を晒すのは良く無いかもしれないが、今日の放課後にでも訓練を始めるなら対策を始めた方がいい。


 そう思って問いかけたら、ルーチェは眉間に皺を寄せて難しい顔をした。


「…………一人、候補がいる」

「どんな奴なんだ」

「とびきり嫌な奴でとびきりクソな奴よ」


 …………ルーチェの知り合いか。

 それでいてここまで酷評するのか。

 知り合いで憎悪を抱いているにしたってステルラですらここまで言われていなかった。かなり性格に難がある、もしくはルーチェが一方的に嫌う要素があるということ。


 つまり────コンプレックスを抱く要因、もしくはそのコンプレックスの対象だ。


「第四席、それか第六席の弟子か」


 無言で頷く。

 フ〜〜〜〜…………


「順位戦十二位、剛氷アイスバーグ────お母さんの弟子よ」

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