第十九話②

「今日はありがとうございました」

「約束なので」


 すっかり日が暮れた夕方、ルーチェステルラの二人と別れた後のんびりと歩いて回っていた。


 他の連中に比べれば比較的我儘が可愛いレベルだから特に気にしていない。


「約束しないとデートしてくれないんですか?」

「俺は家で寝ていたいんでね」

「酷いですね。こんな美少女が居るのにも関わらず」


 美少女なのは認めるがそれとこれとは話が別だ。

 性的欲求が無い訳ではない。それ以上にゆっくり怠けている時間が欲しいだけだ。


 などと思っていたが、ここで一つ待ってほしい。

 俺は怠けていたいしのんびり本を読んでいたいのだが、それを許してくれる女性ならばすべての条件が当てはまる。


 今の所俺を叩き起こそうとする奴は居ても全て受け入れてくれる人は居ない。


 ルナさんは甘えられるのが新鮮で楽しい。

 つまりこれは……


「家デートならいいですよ」

「────なるほど」


 完璧すぎるぜ。

 家デートならば二人とも本を読むのが好きなうえ、ご飯すら作ってもらえる可能性もある。頭の回転が早すぎて恐ろしすら感じてしまうな。


「つまり私を選んだ、と……」

「分け隔てなく、全て平等に俺は頂く事にしている。あと家にルーチェもステルラも来てるから特別感はない」

「ちっ」


 一体何を張り合っているのか。

 俺が一人だけを選ぶ等と思っているのだろうか。


 そんなわけが無い。

 俺は全員選ぶに決まってるだろ。かつての英雄は誰一人選ぶことなく死を迎えたのだ、ならば俺は全員受け入れて死を受け入れない。


 う〜ん、完璧だな。


「やはり簡単には落とせませんね」

「俺は最初から堕ちきっているんだが……」

「たしかに。掬い上げてる人が居るだけですね」


 代わりに救ってはいないが手は差し伸べてるから許して欲しい。

 俺程優し〜い男はそうそう居ないぞ。


「そういうトコロです。ギャップってヤツですね」

「褒められてる気がしないんだが」

「褒めてますよ。やはり普段の屑っぷりから反転して男らしくなるあの急転っぷりには驚いてしまいます」


 以前も言った気がするがそれは褒めてない。

 褒められてると感じるのはよっぽど自覚のあるイカれ野郎であり、俺のような自身を客観視して冷静に語る事の出来る人間からしてみれば事実を陳列されているだけである。


 事実が貶められているように聞こえているだけ? 


 ……そうだが? 


「クソったれ……」

「そこまで嫌ですか」

「いえ、どちらかと言えば俺を認めない社会に対しての憎悪です」

「唐突ですね」


 世界はいつだって唐突な偶然に満ち溢れている。

 悲劇も喜劇も平等に訪れるものだ。


「平和なんだし俺みたいな奴がいてもいい。そうは思わないか?」

「何人も居ると嫌ですが、ロアくんならいいですよ」


 この好感度の高さよ。

 今日一日で随分踏み込んでしまったが、ていうか踏み抜いてしまったがなんとか無事に処理できた。


 処理出来たのか? 

 いや……なんかしたか、俺。何もしてなくないか。

 ルーチェの時とか物理的に殴り合ったけど今回は何もして無い気がする。やっぱり本人の心の強さだよな。


 ルナさんは心が強いよ。


「…………順位戦、頑張ろうと思います」


 …………ふーん。

 俺じゃなくてもいいのか、なんて思ったりはしない。

 手を焼くことが無くてむしろ有難いくらいだ。


「頼りっぱなしは良くありませんから。それに……」


 ぎゅ、と俺の手を握る。

 小さくて柔らかい手だ。俺のボロボロのズタズタな手とは違い、綺麗で泥がつく事すら躊躇うような繊細さ。


「頼られるようにならないといけません」


 そういうもんか。


「はい。そういうモノです」


 口元を柔らかく変化させる。

 軽く微笑む程度なら出来るんだな。可愛い顔してるじゃんか。


「おやおや、私のポーカーフェイスから繰り出される笑顔でメロメロですか」

「そうですね。とても可愛いです」

「…………そうですか。好みですか?」

「想像にお任せします」


 順位戦か。

 俺も順位戦やらなきゃダメか。

 合理的だのなんだの言い訳ばかりしているが、そんなので示しがつかない事くらい理解してる。


 俺が目指すべきは現時点での完膚なきまでの一番。


 手を伸ばし続けても届く事のないような圧倒的な天才たちに挑まなければならない。


「……憂鬱だ」

「むむっ、考え事でしょうか」

「順位戦めんどくさいな〜って」

「でもいい機会ですよ。何てったって私たちは強制参加ですから」


 …………ん? 

 何の話だ、それ。


「……聞いてないんですか?」

「俺はそんな事何も聞いてない」


 そんなルールあっただろうか。

 記憶の中を整理してみるがいまいちピンとこない。


「今年の新入生の質と全体のレベルが上がっていることを踏まえて、今年は通常の順位戦とは別にトーナメントをやるんですよ」

「…………お、ア……まさか……いや、そんな筈……」


 嫌な予感しかしない。

 俺たち強制参加。俺とルナさんの共通点。魔祖十二使徒門弟。一番弟子と異名持ち。


 新たに取り込んだ情報が、散らばっていた情報が重なり始める。


「私たち十二使徒門下は全員強制参加、上位ブロックで鎬を削る事になりますね」

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