第十九話①

「どこから話をするべきでしょうか」


 悩む仕草を見せる。

 喫茶店で話す内容じゃないんだが、周りの客席が俺達の反応を窺っている様子はない。他人に注目してる人間もそういないだろう。


「……私達、お邪魔ですか?」

「……? いえ、そんな事はありませんよ。逆にお話したいくらいです」


 この人距離感ちょっとおかしいよな。

 ロクに絡みの無い人間が踏み込んでいい話ではないと思うのだが、そんなのはお構いなしだ。


「勿論誰にでも言う訳じゃないですよ。私に偏見なく近づいてくれた人だと判断しただけです」


 俺達全員偏見を持たれるからな。

 その意識は非常に理解できる。魔祖十二使徒の弟子ってだけで面倒臭いのだから、個人として付き合いが出来る相手ってのは貴重だ。


 そういう意味で、俺達が出会うのは必然だったかもしれない。


「…………あっ」

「どうしたんですか」


 突然何かに気が付いたのか、声だけで驚愕を表す。

 じっと俺の目を見詰めてくる。


「いえ、ロアくんは優しいなと」

「なんなんですか藪から棒に。俺を褒めても自尊心しか出しませんよ」

「自責の念に苛まれている最中です。慰めてください」

「すみませーん」


 腕を広げているがシカトしながら店員を呼ぶ。

 皆喉が乾いたのかすっかり飲み物が無くなっているし、改めて話すタイミングを作れる。聞き手である俺たちだって喉は乾くのだ、話が話だし。


「同じの一つずつ下さい」


 店員がメモを取りそのまま席を離れる。

 因みに堂々と注文しているが金は持っていない。ルナさんに頼み、その後にルーチェを頼り、最後にステルラを脅す。対人経験のないうら若き少女達等俺の敵ではない。


「どうですか、英雄・・の気遣いは」

「それを言わなければ完璧でした」

「そういう所あるからね……」


 えぇ〜〜〜。

 俺の完璧なフォローのお陰でルナさんに負い目をまったく背負わせない頭脳ムーブなのにコレである。優しく正直な人間ほど損をする社会なんて俺は許せない。


「なるほど、これは結構……」

「ですよね、結構ですよね!」


 謎の共感を果たしているステルラとルナさん。

 一方のルーチェは見て見ぬ振りをしながら聞き耳を立てている様子だ。


「俺の話はどうでもいい。ルナさんの話をしよう」


 俺の話なんて聞いてもつまらないだろう。

 今メインなのはルナさんであって俺ではない。これ重要な。


「そうですね。話を戻しますか」


 タイミングよく注文した飲み物も届いたので喉を少し潤した後、続いて話を進めた。


「私の生まれはごく普通の一般家庭。

 特別な出自等は一切なく、ありふれた田舎の夫婦の元に生まれました」


 俺たちの世代、突然変異が多くないか。

 この四人の中で一番強い理由があるルーチェがコンプレックス抱えまくりなの本当なんなんだよ。生まれは選べないというが、育つ環境で精神なんて形作られるわけで。


 俺は特殊だから省くとして、ステルラは天賦の才が故の孤独。

 ルーチェは生まれと自身にかかる重圧からの精神的な抑圧で追い詰められていた。


 ルナさんはこう、現時点で出てる情報が重すぎるんだよな。

 焼いた感覚とか考えたくもない。肉を斬り命を奪うあの瞬間の気持ち悪さはいつまで経っても慣れる事はないし、その一撃が原因で死に至ることだってある。


 順位戦という形で戦ってはいるが、そこにはいつだって死のリスクが紛れ込んでいるのだ。


「二人とも猟師でしたので、命の価値観についてはよく教えられていました。私達が動物の命を奪い日々暮らしているのと同じように、いつの日か死を迎える時が来るかもしれないと」


 覚悟キマりすぎだろ……

 猟師としては正しいし、人としても素晴らしい価値観だとは思う。でもソレ物心ついたばかりの子供に教える事なのか。あーうーん、でも変な部分で根幹が揺らぐような人間に育つくらいならしっかりと教えておくのはアリか。


 俺? 

 俺はホラ、一週間程度天狗になっていた時期があるからさ……


 この話はやめようか。


「ですので、あの夜の事はよく覚えています」


 あの夜、ね。

 俺とステルラで言うあの日。

 死を目前にして自分の無力さを呪ったあの日だ。


「白の怪物。何処からどう見ても自然の産物ではない異形が家を襲ってきました」


 あ~~~~~~…………


「もしかしてソレって、腕が多かったり……?」

「そうですね。尻尾も生えてました」


 ドンピシャじゃねぇか! 

 うわ、うわうわわ……少し考えてみればわかる事だった。

 俺たちが襲われた(事故で封印が解けた)のと同じように、他の場所で発生している可能性もある。その被害者が多くいる事も、その解決のために事情を知る人たちが忙しなく動いている事も。


「まあ食べられるのも吝かではなかったんですけど」

「幼児の思想じゃないぞ……」

「仕方ないです。私にとって世界はそれしかありませんでした」


 死を受け入れる姿勢が恐ろしいんだが……

 今は矯正されてることを祈るぞ。エミーリアさんはそこんところ大丈夫だとは思うが。


「なので逃げる所か受け入れようとしたんですよ」


 ……察しが付いたぞ。

 そりゃあおま、トラウマにもなるだろ……逆にその程度で済んだのが奇跡だと思う。洗脳ではないが、自身の思想と現実の相違によって精神的に追い詰められてくるってしまう人は多い。


 マジでエミーリアさんでよかったな。


「まあ、はい。そんな私を庇うように二人とも殺されてしまいました」


 無表情で変わらないように見えるが、わずかに手が震えている。

 その心の強さ、俺は尊敬する。現実に打ちのめされて、思想すら変わり、自分の非を認めるのは簡単なように見えて難しい。


 頬杖をついて話を聞いていた姿勢をやめて、ルナさんの手を握る。


「…………ふふっ。ありがとうございます」

「気にしなくて良い」


 ハ~~~やれやれ。

 俺の気遣いにレディとして対応してくれたのはルナさんが初めてだ。


 妖怪紫電気ババァは雷で、ステルラは才能差による暴力、ルーチェは物理で殴る。


「女の涙は?」

「蜜の味」

「最っっっ低」


 いや違うんだよ。

 ハメられたんだ。俺は悪くない。

 今の話の流れで突然問いかけが飛んでくる方がおかしいだろ。俺はよく速攻で対応したと褒められても良いくらいじゃないか。アドリブがうまいねとか、そう言う方向で褒められて然るべきだと思うんだ。


「やはりロアくんは面白い人ですね」

「嘲ってますか? ナメられたと感じたらソレは終わりを意味するんですよ」


 このままではルーチェから制裁が飛んでくる。

 周りにバレないように体を殴るつもりだろう。虐待してる親じゃねーんだぞ。


「そんなこんなでお師匠に寸前で助けられた私はそのまま弟子入りした訳です」

「あっさりしすぎじゃないですか。その、こう……重たい話なんだからもっとシリアスでも構いませんよ」

「暗い空気なの好きじゃないんですよ。過去に起きたことは過去のことですし、事実を茶化すわけでもないならあっさりとしてるほうが好みです」


 手が震えるようなトラウマが刻まれてる癖によく言うよ。

 その無表情も関係しているのだろうか。表情筋が動きにくいとかそう言うレベルではなく、感情を表すことが出来なくなったとか。


「む、はひふるんへふは何するんですか


 ぐにぐに頬を掴んで伸ばす。


「フン。俺の前では金輪際誤魔化すことを禁止します」

「……何のことでしょうか」


 頬を摩りながらまたトボけている。


「辛い時は辛いと言えば良い。悲しい時は悲しいと泣けば良い。嬉しい時は嬉しいと喜べば良い。感情を押さえ込む必要があるのは大人になってからで、俺たちはまだ子供だ。我慢する必要はない」

「ロアは我慢を知らないもんね」

「お前ライン超えたぞ」


 ガチでキレた。

 確かに俺は我慢知らずの暴君を目指しているが、ナチュラル暴君コミュ障天才に言われるのは納得がいかない。


「俺は常に願っている。毎朝目が覚めれば最強になっていて欲しいと今も思う程には」

「……………………」


 ルーチェが顔を逸らした。

 お前考えたことあるだろ。目が覚めたら才能が芽生えてて魔法の適性が変わっていれば良いのにって願ったことあるだろ。俺にはわかるぞ。


「どいつもコイツも、自分が一番辛いくせに周囲を気遣う。そんなモン要らん。辛いと言え。泣け。周囲を頼れ。俺は少なくともそうしている」


 何も言わなければ何も伝わらない。

 理想で言えばそりゃあ気付くのが一番だが現実はそううまくいかない。


 だからこそ言葉がある。


 何度だって言ってやろう。


「人間一人で抱えられる量なんて決まってるんだ。好きに吐き出せ」


 なんで俺がこんな事をしなければいけないのだ。こういうのは年長者が率先して行うべきであり、本来ならば魔祖とかそこら辺がやる仕事だ。

 メンタルケアは専門外故に、英雄の記憶と俺の経験を頼りに話をするしかない。


 それが如何に確証に欠けたモノか。


「…………そう、ですか」


 握った手を僅かに握り返してくる。

 肯定と受け取っていいだろう。直接的な表現を避けて、出来るだけ意図を逸らして伝えて来た人だ。


 甘える練習もしておくべきだったな。


 すっかり冷めてしまったお茶を流し込んで、独特の苦味が口を潤す。

 偉そうな口を叩いているが、俺は誰かを導けるような人間じゃ無い。導くってのは他人の人生を左右するような出来事を起こす事を意味するのだ。


 自堕落に生きていきたい俺にそんな覚悟も度胸もない。


 ただ一人だけ、ステルラだけは引き摺り込んでしまったが故に責任を取るつもりではある。


「温かいですね」

「触ってて楽しいモンでもないでしょうに」


 にぎにぎ俺の手を弄り回す。

 俺に父性は存在してないだろうからそういう側面で重ね合わせる事はないだろう。俺の方が年下だし頼り甲斐は無いと自他共に認める堕落人間だ。


「いえ」


 静かに、それでいて何かしらの感情を多分に含ませた声で言う。


「とても楽しいです」


 変わらぬ無表情。

 それでもまぁ、本人が楽しいというならいいか。

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