第十七話②

 だが俺には秘策がある。


 頭脳明晰な俺の頭脳が導き出した答えによると、数年経てば俺はこの学園でも有数の実力者として実を結んでいる筈だ。


「このまま最上級生になるまで維持すれば学年トップ10は確実。つまり四年後、自動的に俺は一位になれるかもしれないって計算です」

「狡いですね…………」

「なんとでも言ってください。俺は一度勝てばいいんです」


 同学年にバグみたいな連中が大量にいるのだけはやめて欲しい。

 俺が負けさえしなければ不動の順位を保持できるのでこの作戦は実際有効である。俺の周りだけ戦っててくれ、俺は戦いたく無い。


「じゃあ私が挑んじゃいましょうか」

「お断りします。紅月スカーレットなんて名付けられてる人に勝てると思うほど驕っちゃいない」


 アル曰く、唯一の公式戦では圧勝。

 爆炎で焼き殺すんじゃ無いかと思うほどの熱量でワンパンしたらしい。相手は無事に生還したが、以後火を見るとトラウマが刺激されるようになってしまったそうだ。


 それもあるのだろうか。

 無闇矢鱈と実力を発揮しては良くならないと、天災クラスである自身の力を改めて認識してくれたのかもしれない。


「バルトロメウス君には勝てたのなら、私にだって勝てるかもしれませんよ?」

「やらないやらない。俺が苦しむのが確定している」


 灰色の未来は願っていないのだ。

 まったく、強い連中は強い奴ら同士でやり合ってくれ。俺は師匠の魔力が無いと何もできない一般人だぞ。


「……ふふ。でも、ロア君と戦いたいのは本音です」


 変わらない無表情で、だが僅かに喜色が滲んだ声色でルナさんが言う。


「受け止めてくれますか?」

「…………今すぐは遠慮します」

「誰にだってそう言うんですか」

「親しい人間にだけです」


 クソが。

 嫌に決まってるじゃないか。

 記憶の中にあるエミーリアさんの戦い方すら相手にしたくないと思うのに、百年以上経過して進化した連中とか戦いたくないに決まってる。


 でもさァ~~~~、縋られたらどうしようもないよな。


「俺は決して自分から進んで戦いません。唯一戦う相手はステルラ・エールライトだけですから」

「なんだか嫉妬してしまいそうです。どうですか、私もロアくんに執着してますよ」

「そういうのありがた迷惑って言うんすよ。俺の両手はもう埋まってます」


 もう随分歩いて来た。

 自宅に着く頃には夜も深まり風呂入って寝るくらいしか出来そうにない。

 雑談の切れ目にルナさんが足を止めて、俺もそれに倣い止まる。


「ありがとうございました。ここなので」


 目を向けてみればデッッッッカイ屋敷。

 めちゃくちゃ広いじゃん。俺の部屋何個分だよ、同級生でここまでいい場所に住んでる人居ないと思うんだが。


「お師匠と一緒に住んでいるので」

「その手があったか……!!」


 どうして俺は思いつかなかった。

 ステルラや師匠が突撃してくると最初からわかっていれば俺も同じ選択肢を取れたはずだ。師匠も立場を配慮すればこのくらいの屋敷に住むことは可能だし、俺もそこにあやかって暮らす事が出来た筈。


「クソッ……ハメたな! エイリアス……!」

「人の家の前で何騒いでるんだ……」

「お師匠。ただいま戻りました」


 あきれ顔で中から出て来たのは魔祖十二使徒第三席。

 此間俺の家に来た時とは違いオフ感漂う服装と髪型だ。赤い髪を緩やかに後頭部で纏めた簡易的な姿も似合っているのが流石としか言いようがない。


「おっ。デートか?」

「違います。どちらかと言えば護衛です」

「もうちょっと色気のある回答してくれてもいいじゃないですか」


 無表情で膨れるのは違和感しかない。

 でも不思議とわかるのだからすごいな。表情の起伏が薄いのに感情を表に出すのが上手ってどういう事なのだろうか。


「俺はデートで奢られると決めている。どれだけ罵られようとそこだけは譲るつもりはない」

「うわ…………」

「改めて聞くと結構引きますね……」


 何とでも言うがいい。

 その篩を乗り越えた奴のみが俺とデート出来る。あれ、めっちゃ自己評価高いクソ野郎みたいになってるじゃないか。こんな大それたこと言っても見捨てない奴らが周囲にいる所為で俺の屑度合いが日に日に増している気がする。


「男女平等。俺は等しくすべてにたかると胸に誓っているんです」

「エイリアス……甘やかしすぎだろ……」

「師匠は俺の事大好きなので王権を築くのは容易かった。ステルラも俺に負い目があるのか知らないけど勝手に背負いこもうとするし、ルーチェはイイヤツなので俺に甘い。護身が割と完成してるのでは……?」

「最悪です」


 ルナさんの俺を見る目が若干厳しくなった気がする。


「待ってください。確かに俺はヒモ気質で誰にでも釣られていく夜の虫みたいな性質はありますが、それは親しい人間にのみという条件があって」

「言い訳になってないからな。まったく……」


 溜息交じりに笑うエミーリアさん。

 流石はあの大戦での人格者枠、魔祖を見て来た人たちからすれば俺とか可愛いモンだろ。

 どんぐりの背比べとか言うなよ。俺の判定では確実にセーフだから。


「まだご飯食べてないだろ。食べてけよ」

「マジすか」

 

 これだよ。

 このナチュラルな甘やかし方、これこそ俺が求める全てだ。エミーリアさんを見習ってルナさんも学んでほしい所存であります。


「お師匠の料理は絶品です。私が保証します」

「そんなにハードルは上げないで欲しいんだが……まあそれなりだよ。普通に食べれる程度には練習したからな」


 若干遠い目でそう呟く。

 急に闇出すのやめてくれないか。

 かつての英雄の中でエミーリアさんの料理が美味いという記憶はそう色濃く残ってないので、大戦終わった後に練習したパターンだろ。


 因果が全て収束してきてる気がするのは俺だけか。


「ではありがたく」

「おう、大したもんじゃないけどな?」


 ……まあ、俺はかつての英雄じゃないが。

 少しくらいは肩代わりするのもやぶさかではない。たとえ本人がそれを知らないとしても、誰一人としてその事実が伝わらなかったとしても。


 少しは報われたっていいんじゃないか。


「余すことなく俺の胃の中に収めて見せましょう。それが招かれた者の定めです」

「ほほう。では勝負しましょう。負けた方は一回だけなんでも言う事聞くルールで」


 勝負、その単語が会話に出て来た瞬間にゴングは鳴っている。

 俺の勝負脳が即座に弾きだした計算の結果リスクよりリターンがデカい事を結論付けたのでこの勝負には乗っかる事にした。ルナさんに一度命令できる権利とかあまりにも贅沢すぎる、負けた場合クソ痛い事になるが負ける事は考えてないから問題ないな。


「後悔させてあげますよ。俺に勝負を挑んだことを」

「ふふ、こう見えて結構食べるんですよ?」

「あ~あ…………」


 男子学生の胃袋を舐めるなよ。

 俺は師匠の置いて行く食材を余すことなく食べている程の健啖家だ。


 何お願いしようかな。

 一回のお願いを複数回に増やすのがやっぱり鉄板だろ。

 そんでもって俺に沢山奉仕してもらうぜ。これが勝利の方程式ってヤツだな。






 この後、アホみたいな量のご飯が出てきて俺は敗北を喫する事となる。

 無表情感情豊かキャラが健啖家とか属性盛りすぎにも程があると思うんだ。エミーリアさんのご飯は大変美味しかったが、それどころではない敗北の屈辱を味わう事となってしまった。

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