第十七話①

 入学してから一ヶ月と少し。

 現在の生活にも徐々に慣れてきて余裕が生まれる頃合いだ。無論俺は学生生活など久しく行っていないから慣れもクソも無いが、周りの人間は少しずつ習慣付いてきている。


 アルは順位戦を開始したらしい。

 既に一年生の中では中堅、二年生下層に挑戦してるそうだ。肉体のオーバーヒールを利用した完全物理型で狂気すら感じる戦い方だった。出来ることなら戦いたく無い。


 ルーチェはたまに負けてるが、それでも二日に一回のペースで順位戦を行っている。敗北しても引き摺らない強さになったのはやはり素晴らしい。俺は負けたらクソ引き摺るだろうからマジで無敗でやれる相手だけ倒してぇ。


 でも無敗でやれる相手とかたかが知れてるんだよな。侮辱してるとかそういう意味ではなく純粋な意味合いで、俺より順位低い相手と戦う理由は無い訳だ。

 ランキングだけで言えば推薦枠だから一年生の中では上。二年生とか上級生を倒してるバケモン共と比べれば下になる。


 最上位を目指すなら最上級生になるまで待って、そこからステルラを負かせばいい。


「フ、俺の頭脳は相変わらず明晰すぎるな……」

「突然どうしたんですか」

「未来は明るいと噛み締めているトコロです」


 変な人ですね、なんて言いながら本に再度目を向けた。

 現在時刻は放課後でいつも通り、俺が課題に取り組んでいる最中だ。何故か教室に襲来したルナさんが着いて来たいと言うので了承したが…………


「ロアくんは魔法の才能が無いですね」

「うるさいですね……」


 あーはいはい、無能無能。

 悪かったですゥ~~俺に才能が無くてよォ~~~。


「決してやり方が悪い訳ではありませんし、無駄な努力をしている訳でも無い。ですが究極的に魔力という概念に対しての理解がどうしようも無いんですね」

「俺を虐めて楽しいですか? 俺は鋼の心を持っているが許容量には限りがあるんですわ」


 褒めるのか貶すのかハッキリして欲しい。

 俺は九対一で貶められていると感じている。大変遺憾です。


「いえ、逆です。それだけ難しいと自分でも理解しているのに諦めないその姿勢が素晴らしいと思います」

「努力何てなんの価値もありません。誰もが努力しているのに特別なんてことは無い」


 実らなきゃ努力なんて意味を成さない。


 魔獣に殺されないように努力した。

 努力はしたが、実力と武器が無くて勝てなかった。

 俺の命を伸ばしたのは師匠の助けだった。


 最終的に生きて勝たなきゃなんにも残らない。


「少なくとも俺はそう思ってる。誰か他人の努力を否定するつもりはさらさら無いが……」


 努力は嘘を吐かない。

 ならば、嘘を吐いた努力は無駄になるのだろうか。

 発揮できなかった努力は無駄だったと諦めなければならないのだろうか。過ごした時間は、人生は無駄になるのだろうか。


 俺はそう思いたくない。

 自分が選択した道は誤りでは無いと考えていたいんだ。


「……優しいんですね」

「捻くれてるだけですよ」







「で、どうですか。俺を見た感じ」


 薄暗くなってきたので家までルナさんを送る帰路にて問い掛けた。

 俺に近づいてきた理由は『英雄』として興味があったのであり、俺個人に興味があった訳じゃないだろう。勝手な予想だけどな。


 一度顎に手を置いて考える仕草をしてから、ルナさんは喋り出した。


「英雄と呼ばれるのも納得です」

「誰かに言わされてませんか?」

「そんな事ありませんよ。私が考えた結果です」


 失礼な、なんて言いながら変わらない無表情で呟く。


「私なりに英雄のことは噛み砕いていました。師は大雑把に見えて繊細な部分があるので信用しています」

「それは確かに。ウチとは大違いだ」


 エミーリアさんは親友を除いて最も英雄を理解していたと言っても良い。

 なのにあんな風に記憶に鮮烈に残ってるのはヤバい連中なのおかしくないか。身近な仲間にもっと注目しろよ。……いや、逆か。身近な奴らは大丈夫だから注目してなかったんだろうな。


 その点俺は違う。


 その他大多数の人間のことは考えてないし、身の回りの大切な知り合いだけ守れればそれでいい。ていうかステルラのために頑張ってるんだよ。そこら辺分かってんのかなアイツ、いやわかんないままで良いわ。なんか癪だし。


「愛情表現が過激すぎる。子供の頃からなんにもかわらねぇ」

「でも楽しんでるんじゃないですか?」

「そんなバカな。俺はいつだってやめて欲しいと切に願っている」


 ちょっと揶揄ったら電撃ビリビリは洒落にならない。

 俺だから大丈夫だがいつか他の人間に飛んでいくんじゃないかと危惧している。主に帯電した先で。


「お陰で雷に対して耐性が出来ました。まったく」

「気付いてないんですか」

「何がですか」


 自分の口角をむに、とあげて無表情のままルナさんが言う。


「笑ってますよ」

「…………バカな」


 そんな筈はない。

 苦い思い出を語るのにどうして微笑む必要がある。

 思わず口角を触るが、筋肉が動いている感覚はない。


「嘘です」

「……ハメたな」

「優しい嘘もあるんですよ」

「それは言われた側の言葉であって言った側の免罪符ではない」


 イイ性格してやがる。


「なんだか私も楽しくなってきました」

「代わりに俺は急転直下だ。機嫌取ってくれ」

「甘い物は如何ですか。いいお店知ってるんですよ」


 ゴチになりま~~~す。

 っぱこういう恵が俺を癒してるんだよ。相変わらず働いてないので金が無いからお店とかは行ったことないんだよな。ルーチェに集るにしたって限度があるし、そもそも俺はソレ目当てで友人になった訳では無い。


 あくまで話の流れで奢られるのがベストだ。


「俺はお金無いから任せます」

「………なるほど、こういう部分が」


 なんか一人で納得しているが知った事ではない。

 俺が貶められた事実なんぞどうでもよく、既に頭の中は甘い物に支配されている。


「いいでしょう。人気者を独り占めする対価です」

「そんな大袈裟に考えなくてもいいんスけど……」

「エンハンブレさんやエールライトさんに悪いですからね」


 あの二人だって常に俺と絡んでたい訳じゃないだろ。

 良き友人だし片方は人生を左右した幼馴染みだが、それでも他人は他人。一人で過ごしたいと思う時はあるだろうし用事がある時もある。


 他人は他人、この考えが一番大事だと思っている。


「遠慮する必要はないです。俺は誰でもいいので」

「その発言は相当アレなんですけど……」

「自分を曝け出すのは気持ちがいいですね」

「世の中には隠しておいた方がいい本音もあるんですよ」


 俺の隠しておきたいことはどんどん明るみに出ていってるのでその理論は通用しない。猫被りは既に体をなさず、普段はヒモ系やる時はやる昼行灯キャラしか俺の行末は無くなってしまった。

 なお昼行灯がうまく定着しなければただのヒモ。


「ルナさんは俺を受け入れてくれますよね」

「甘やかす人は十分いるでしょう?」

「まだ足りないです。護身を完成させる日は訪れないと確信している」

「欲張りですね。あんまり泣かせちゃだめですよ」


 誰をだよ。

 常に泣かされてるのは俺だよ。

 毎日いたぶられて悲しい思いしてるのは俺の方だよ。ちょっとの飴くらい許してください、お願いします。


「そういえば、順位戦やらない理由ってあるんですか」

「ええ、ありますよ。くだらない理由ですが」


 ふ~ん。

 話したい感じでは無さそうだな。触れないでおくか。俺は気遣える男、他人の嫌がることは出来るだけやらないようにしてるのさ。


「俺も出来ることなら戦いたく無い。痛くて苦しいし」

「バルトロメウス君とエンハンブレさん。どちらも十二使徒関係者ですね」

「ルーチェはともかくヴォルフガングは金輪際戦わないと誓いました。アイツ強すぎるんです」


 次代の十二使徒候補とか格が違うんだよ、マジで。

 一発目でヴォルフガングに勝てたのは本当に良かった。運では無く実力だと高らかに謳いたい所だがそこまで思い上がりはない。初見特有の驚愕、好奇心からの慢心。


 正面からやり合えば負ける可能性の方が高い。


 負ける気はないけどな。

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