幕間②

「え、え~と……ア、アハハ。ごめんね、私空気読めてなかったみたいで」


 クソ面倒くさい事になった。

 今の現状を説明すると、弁当を忘れたデートをしたと発言している男に飯を恵んでいる女(ルーチェ)と同じ門弟でありながら幼馴染であり浅からぬ関係を持った女(ステルラ)の間に挟まれている俺(ロア・メグナカルト)。

 完全にダメな奴だろ。

 このままだと更に変なレッテル貼られてしまう。それだけは避けたかった。


「待て落ち着け。俺は友達と話しているだけだ、誤解するな」

「ロアには私しか居ないんでしょう?」


 あ゛~~~~~! 

 この女ァ゛~~~~!! 


 勝ち誇った笑みを浮かべるな。

 このままでは名誉を失う。更に敗北まで付与されてしまう。


 ルーチェはステルラと俺にそれぞれ優越感を得ているし、ステルラは打ちひしがれている。


 俺が自堕落な部分を持っていると知られるのは一向に構わない。

 何故なら事実だから。それを理解して甘やかしてくれる師匠みたいな人が居るのを知ってるから俺は“待ち”の姿勢でいいんだ。寧ろこれまでがおかしかったんだよ、頑張り過ぎたんだよ。もっとのんびりするべきなんだ。


「フ…………僻むな僻むな。俺は二人纏めて相手する(飯代を貰う)程度の気概はあるぞ」

「絶対別の意味が含まれてるよね」

「同意するわ。コイツがそんな簡単に言う訳無いもの」


 チッ、察しのいい連中だ。 

 だが親しい人間にしかバレないと確信してる。

 なんだかんだ言いつつ学園では猫を被っているのでまだ本質が見えてないと信じている。


「まあお弁当くらいなら作ってあげるけど?」

「流石だルーチェ。おかずは肉多めで頼む」

「バランスよく食べないと身体を悪くするのよ」


 お前は母親か。

 やっぱり格闘技とか学んでいるだけあって身体が資本、しっかりしている。

 俺だってそれなりに考えてる。けどホラ、野草とか食って毒って死にかけてとか繰り返してたし今更って感じがするんだよ。


「でも俺は年頃の男だ。肉を食べたいのは道理じゃないか、お前もそう思うだろうアル」

「とんだキラーパスなんだよね。それはそれとしてお肉は美味しいと思うよ」


 野菜も悪くはない。

 でもやっぱ肉なんだよ。


「だからルーチェ、その控えめな肉団子を俺にくれ」

「とんでもなく図々しいわね……」

「頼れるのはお前(とニ、三人)しかいないんだ。日銭を稼ぐ事すら出来ない俺に情けをくれ」

「働くの面倒くさいだけだよね。知ってるんだから」


 ステルラが余計な口を挟んで来た。


「いちゃもんつけるな。そこまで言うなら誠意を見せてもらおうじゃないか」

「…………??」

「誠意……?」


 ルーチェが何言ってんだこいつみたいな顔をしてみてくるが、ステルラは俺の話術に嵌まっている。


「そうだ。俺の昔の夢は何だ」

「えーと、学者さん?」

「合ってる。痛いのも嫌いで苦しいのも嫌いで努力が大嫌いな俺が何故ここまで頑張ったと思う」

「え、え~と……男の子のプライド?」


 シンプルに頑張った理由は100%ステルラの為なんだが、自分から言うと恥ずかしいのでそういう事にしておこう。


「俺の男のプライドを刺激したのは誰だと思う」

「…………し、師匠かな~アハハ」

「たわけ。お前だバカ」


 若干頬を赤く染めながら小さく顔を扇ぐステルラ。


「俺の人生を左右したのは俺だが、きっかけを与えたのはお前だ。つまり俺はお前から対価を徴収する義務があり、お前は俺に対価を与える義務がある」

「何言ってんのよコイツ……」

「黙っててあげなよ、今照れ隠しの途中なんだから」


 外野が何か言ってるが、今の俺達には聞こえてない。

 いや~我ながら完璧な理論だな。今の話題を誤魔化す事も出来るし、その上ステルラに甘える事ができる。何から何までやられると屈服した感じがあって嫌だが、手作り弁当とか貰うのは青春イベントの一つだろ。


 護身すらも同時に熟してしまう俺の実力が恐ろしいぜ。


「……それって要するに、私の為に頑張ったって事だよね」

「勘違いするな。俺は確かにお前に負けない為に頑張ったが、それは俺の為であり自分自身で決めた事だ。でもちょっとくらいは頑張った褒美が欲しいからお前につけこもうとしてるだけであってだな」

「今自白したわね」

「自白したね」


 うるさいぞ。


「わかった。今日泊りに行くね」

「待てステルラ。今の話の流れでそれはマジでまずい」


 まだ修正が可能だ。

 落ち着いて考えろ、俺。


「晩飯、そうだ晩飯にしよう。久しぶりに二人でご飯食べよう、そうしよう」


 なお、そのお金はステルラに出してもらう模様。

 流石の俺ですら情けないと思ってきたが、でも自分で働いて日銭を稼ぐのはもっと面倒くさい。

 俺自身にレッテルが貼られる事より実務労働する方が嫌なので俺は損得考えて切り離したわけだ。こういう論理的な思考こそが将来的に大切になると俺は学んだ。


 なぜ飯をたかろうとするだけでこんなに苦労せねばならないのだろうか。

 正直憤りすら感じている。


 頑張った対価がこれだ。


「ハ~ア、やっぱ努力ってクソだわ」

「今の一瞬で何を考えてたのかな」

「世の不条理さを嘆いていた。俺に優しく出来る世界であって欲しい」

「よっ、ヒモ男」

「ぶっ飛ばすぞ」


 誰がヒモ男だ。

 ただ自堕落で面倒くさがりで誰かに養ってほしいだけで、俺は別にヒモじゃ……ヒモ……じゃん……何も言い逃れできねぇ。

 なんだ、既にヒモ男だったのか。もう何も気にしなくていいな。


「名誉は師匠が守ってくれるし養ってくれる。

 ステルラもルーチェも居るし、俺はその言葉を否定する理由が一切なかった。ハハハ、俺の勝ちだな」

「…………はぁ、何でこんなのを……」

「あ、あはは。ロアらしいよね、うん」


 呆れるな。

 俺は元通りになっただけ、ステルラに勝つという目標は未だ消える事はないがそれはそれというだけだ。


「昔からこんなんなのに八年間も山に籠ってたの?」

「そうなんだよね……いざって時は凄いからさ」


 何か二人揃ってコソコソ話してるな。

 地味に聞こえないが、まあいい。


「君、いつか女性関係で手痛い目見ると思うよ」

「何故だ。俺程誠実な人間が他にいるか」

「ウ~~~ン……一連の会話の後にそう言える精神は類をみないかもね」


 あんなに友人のために身体を張って頑張れる奴もそうそう居ないぞ。


「まったく。世の人間は瞳が曇っている」

「君のフィルターはどうなってるんだろうね……」


 心底呆れる声を出したアルに苛立ちを一瞬覚えたが、俺は心が広いからな。

 即手を出すルーチェと違って、俺は言葉での平和的解決を好むのだ。


「で、課題はどんな感じかな? 魔祖十二使徒第二席門弟ヒモ男のロア・メグナカルト」

「お前表出ろ」







 昼休みにアルをしばき、放課後。

 約束していた夕食まではやや時間があるので校内の魔法行使専用部屋を一つ使い復習に勤しんでいた。


「駄目だわからん」


 自分の魔力の渦巻きとか一切理解できない。

 ただでさえ感知能力がゴミカスなのに、魔力量そのものがゴミカスなのでマイナスとマイナスを掛けてマイナスになった最悪の結果である。なーんにも感じ取れない、祝福くらいしかわからん。


 師匠にやられすぎて自分の魔力が完全に分からなくなったのかもしれない。


 光芒一閃や最上級魔法の高まりは感知できるが、それ未満となると相当厳しくなる。

 魔法使用できる気がしません。落第しますこのままでは。


「せめて魔力を感知して身体の中で操る感覚さえ掴めれば早いんだが」


 適当に祝福を起動する訳にもいかない。

 あの人は魔力量はそれなり以上にはあるが、それは百数年の研鑽の結果だ。元々の魔力量は大したものじゃないし改造された結果なので、さしもの俺としてもソコはデリケートに扱いたいのだ。


「ンガ~~~~、どうしようもない。才能ないセンスない」


 今ばかりは呪いを吐く事しか出来ない。

 魔法は出ないしね。


 仰向けに倒れ込んで右腕を真っ直ぐ挙げる。

 唯一の魔法行使が出来るとすれば右腕からだろう。光芒一閃を顕現させるのは何時も右腕だし、一番魔法の行使に慣れていると言っても過言ではない。

 

 せめて魔力を打ち出す感覚を理解したい。

 

「……焦っても仕方のない事だが」


 分かっている。

 かつての記憶とロアの記憶。

 この二つからも努力は際限ないモノであり、俺達は急速に育つ才能を有してないと理解している。


 焦燥はいくらでも襲ってくる。


 それから逃げたいが為にひたすら自堕落に生きて行きたいのだ。


 ガシガシ頭を掻いて誤魔化してから立ち上がる。

 

 嘆いても仕方がない。

 我武者羅にやるしかないのだ。

 それが人生なのだから、面倒くさくてしょうがない。


 溜息と共にやる気を少しずつ放出しながら、日が暮れるまで鍛錬を続けた。

 約束にはギリギリ間に合ったのでヨシとする。


 今日も一日、何の進捗も無い素晴らしい日だった。



 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る