幕間①

 

 ルーチェとの激戦を終えた翌日、昼。

 俺を見る目が少しずつ変わりつつあることに恐怖を抱きつつも平常運転、授業も真面目に受けて昼飯を食べようと言うタイミング。


 俺は絶望した。

 鞄の中身が妙に軽いとは思ったのだ。

 昨日の夜は結局ルーチェ宅でご馳走にはならず、家に帰って一人で飯を食った。回復魔法で治療された後は妙に腹が減る。全員同じなのだろうか。


 昨日の夜一杯食べて、昼飯分は用意した筈なのだ。


「神は死んだ。アル、俺はこれより幽鬼になる」

「突然なんだい」


 悲しみを抱いている。

 昼抜きか。すっかり金は無くなっているので(元々ない)買うこともできず俺は無賃昼食をせねばならない。今だけは都会の発展性に怒りを目覚めさせた。


「ここが山だったら良かったのに」

「何言ってんのよ。……どうしたの」


 おおルーチェ。

 俺の味方はお前しかいない。


「この哀れな羊に食料を恵んでくれる方は居ませんか。報酬はない」

「……お弁当忘れたのね」

「そういうことだ。頼むルーチェ、俺にはお前しかいない」


 呆れるような顔をした後に、一度溜息を吐いてから席に座った。


「少しくらいなら分けてあげる。嫌いな物はある?」

「特には無い」


 正直腹が減ってしょうがないので何でもいい。

 少なくとも俺が食べていた味のしない野草サラダよりはマシだ。本当に二度と食べたくない。肉は焼けばまだ味わえるが本当に野草サラダはダメだ。毒に当たるし。


「肉をくれ。肉さえあれば夜まで何とかなる」

「普段の食事はどうしてるのよ」

「師匠が置いてく食材をやり繰りしてる」


 あの人三日に一度は来るんだよな。

 暇じゃない筈なのだがかなりの頻度でやってくる。子離れ出来ない親みたいなもんだと思っているが、なんだかんだ言って変なことはして来ないので俺も許している。


 ていうか何年間も一緒だった所為で隣に居ないのが違和感ある。


「……ふぅん」

「おやおや」

「殺すわよ」

「僕まだ何も言ってないよね? やれやれ、これだから恋す」


 アルが余計な事を口にしようとした瞬間、ルーチェとアルの身体がブレた。俺との戦いを経て身体強化が更に一歩上に踏み込んだのか知らないが、俺の時より早くないか。

 顔面から吹き飛んで壁に叩きつけられたアルは流石に死んだかと疑うほどの損傷だった。


「アル……うそだよな」

「死んだわ」


 洒落にならん。


「冗談よ。ちゃんと蘇生出来る程度に留めてるわ」

「本当に大丈夫なのか……?」


 少しだけアルの遺体(死んだ訳ではない)を観察していたら、名状し難い変化を遂げていた顔がメコメコ治療されていく。微妙に肉の質感とかがあって非常に気持ち悪い。


「……ふう。いやぁ〜、普通に殺す気だったよね」

「死なないでしょ。そういう風になってるんだから」

「アハハ、よくご存知で」


 へぇ。

 自己治療、それもかなり高度なレベルじゃないか。

 だからお前毎度毎度挑発してたのか。耐久力を底上げするつもりだったのか……いや、違うな。


 単にアルの性根が腐ってるだけか。


「いいパンチだ。僕の家で雇ってもいい」

「本当に殺すわよ」

「おいおい、仮にも友人だろ? ロアとはあんなにも熱烈な逢引をしていたのに僕はスルーか」


 ギリっと歯軋りをする音が聞こえた。

 触らぬ神に祟り無し、だったか。俺は殴られたいわけでは無いのでここは黙っておく。


「……否定しなさいよ」

「うん? 何をだ」

「私とアンタの、その…………」


 ……これはアレか。

 自分で否定してもいいが、それはそれとして『強く否定した場合相手はどう思うのか』を想像した結果か。根がいい子過ぎるルーチェと根がヤバすぎるアル。水と油だな。


「確かに俺たちはデートをした」

「君、そろそろ背中に気をつけた方がいいんじゃないかな」

「何故だ。別に恋愛関係でも無いし、女友達と二人で遊びに行くのは広義的に見れば逢引と言われても否定できない」


 完璧だ。

 敢えて否定しない事でルーチェ自身の気持ちを傷つける事を緩和し、だが『そういう関係』では無いとアピール。だが女友達と明言する事で『女性としての気持ち』を否定する事がない。


 フ、俺の完全なる頭脳がまた一つ正解を導いてしまったな。


「な、ルーチェ」

「……それもそうね」


 どうやら俺の意図を汲んでくれたようだ。

 その理解力の高さ、やはりお前は優秀だよ。


「さ、俺に飯を恵んでくれ。こんなにも腹を空かせた男がいるのに無視するなんて酷い事はしないよな」

「やっぱりやめとこうかしら」

「頼むルーチェ、お前しかいないんだ」


 アルが呆れた顔をしているが、今の俺はそれどころじゃ無い。

 死活問題なんだ。もう空腹の感覚を味わいたく無い。極限状態で食料しかない、生き物を殺すことに抵抗がある最初の時の話だ。


 あの頃は命ある存在を殺すという事に忌避感があった。


 自分が殺されかけたからなのかもしれない。

 右腕が無くなった喪失感と激痛を想像できてしまうから、そして自分が痛めつけられて苦しむ感覚を理解しているから。他人にそういう部分で投影してしまったのかもしれない。

 今となってはそんなこと無く、余裕で動物を殺せる。進んで殺しはしない。


 自分が死ぬくらいならば相手を殺す程度の気概は持ち合わせている。


「わかったわよ。ほら、口開けなさい」


 マジか。

 これが俗にいう『あーん』って奴か。

(俺が動けない状態で)師匠にされた事はあるが、あれは看護みたいなモンだ。これは愛情全開の青春ムーブ、憧れてたんだよ。


「んが」

「……はい」


 ルーチェは少し恥ずかしがっているようだが、俺に恥じらいは存在しない。

 街の往来で師匠にボコされ、あらぬ噂も立てられ、学園に通う同級生たちの目の前で堂々とクッサイ台詞を吐いて戦ったのだ。もう何も恐れるものは無くないか。

 現状師匠が養ってくれてるし捨てられる心配もまあ無い。


 俺の将来……安泰じゃないか。


 なんだ、何も心配する必要はなかった。


「んももんも、美味いな。毎日食べたい位だ」

「まっ……そう」


 チョロいぜ。


 そんなに単純では将来的に変な男に引っ掛かりそうで俺は心配だ。

 お前は心優しい人間なんだから同じような優しさを持った人間と結婚するべきだと思う。


 だがここで一つ考えて欲しい。

 俺はマジでヒモみたいな扱いを受ける事を望んでいるのだが、もしかするとルーチェも許してくれるのではないだろうか。俺の明晰な頭脳がそう囁いている。


 ルーチェ・エンハンブレは割とダメ男に優しい。


「俺に弁当を作ってくれ。頼む」

「はぁ? …………う、うーん……」


 押せばイケるな。

 これで許されることがあれば夢の生活に一歩近づくことになる。

 極力自分で頑張る必要のない部分を増やす事で自堕落な生活に一歩近づく事が出来るのだ。その重要性がどれほどのモノか、わからない人はいないだろう。


「お願いだ。俺にはお前しかいない」

「あっ…………」


 アルが何かを察した。

 俺の予感が告げている。今、ロクでもない事が起きると。

 このパターンは前にもあった。渦中の人間ではないが絶妙に面倒毎になる人間がやってくるのだ。つまり今回俺の後ろにいるのは────

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