第六話②



 会場に、ステルラが入って来た。

 円形の盤へと入場していく幼馴染と、一瞬視線が合った。


 あの頃と変わらない色の艶やかな髪を肩あたりで揃え、インテーク? と言うのだろうか。

 一度だけ聞いたことのある形で可愛く仕立てているので、やはりステルラも成長したのだろう。魔法使いとか天才とかそういう点ではなく、一人の女性として。


 柔らかな瞳でありながら勝気な明るさをチラつかせつつ、歩くその僅かな隙間。





 ──勝てよ。

 ──勝つよ。

 ──俺が倒すまで負けるな。

 ──負けないから。誰にも。





 微笑んで、なんとなく、そんな会話をしている気分になった。

 それも仕方のない事だと思う。なぜなら、俺とステルラが顔を合わせたのは八年振りになるのだ。積もりに積もった話題はあるが、互いにまだ接触する事は無かった。


 いずれ来る舞台がある。


 そんな予感が胸を占めているからだ。


「ステルラ・エールライトが、こんなところで負ける訳が無い」


 これは確信だ。

 子供が逆立ちしても大人に勝つことが出来ないように、草食動物が肉食動物に基本逆らえないのと同じように。自然の摂理と同じくらい定められた勝利を俺は疑っていない。


『──さあ、やって参りました! 今年の新入生は血の気が多い、入学三日目にして早くも“順位戦”の時間だァーッ!!』


 実況が入り、俺達以外にも観客席へと流れ込んでくる。

 沸き立つという空気感ではなく、少しでも多くの情報を仕入れようとする敵情視察の意味合いの方が上だ。前評判の存在しないステルラと、前評判が存在するロゼリッツ。賭けが存在すればどれくらいのオッズ差になるだろうか。


 無論俺はステルラに賭ける。

 初回限定で丸儲けできるかもしれないからな。


『西側、雷電エレクトのロゼリッツ! 数少ない雷魔法の使い手にして、既に魔導兵団から目を付けられている程の傑物!』


 ふんぞり返るような態度でステルラを見下すロゼリッツ。


『東側、詳細不明の主席合格者! 実技試験に於いて過去最高点を叩き出した完全なるダークホース──ステルラ・エールライトォッ!!』


 対する幼馴染は、俺の方から視線を変えて正面に向き合っている。

 俺もステルラも、互いに暫く会っていない。ゆえに現時点での実力は不明瞭で、当時の記憶しか存在していない。


 ──それでも。


「どうやら分の悪い賭けになりそうだね」

「今日の晩飯は決まりだな」

「財布の紐は締めておきたいんだけどなぁ」


 これから先はステルラの試合で賭けが起きる事は無いだろう。

 この初試合、全く不明な情報状況だからこそ成立するのだ。実際に俺が賭けてる訳じゃなくて、言葉の綾だが。


『両者準備は整っていますね? ──順位戦、始めェッ!!』


 僅かな魔力の渦巻きと共に、ロゼリッツが魔法を構築する。

 莫大な魔力量でしか探知できない俺にとって、『普通の魔法使い』はこうも苦手な相手に変化する。また一つ課題が見つかったな。


 師匠よりも数段遅い速度で放たれる雷魔法に対し──ステルラは、薙ぎ払った。


「──……んッ?」

「……うそでしょ」

「……??」


 は? 


 目の前で起きた不可解な現象に思わず困惑の声をあげてしまった。


『──…………んん? 私の目では、どうにも……素手で打ち払ったような気が……』


 そんな周囲の驚愕を尻目に、ステルラは歩みを進めた。

 一歩ずつ緩やかに、ここは戦場でも何でもないただの舞踏会だと示唆するような優雅さを保ちつつ、幼い頃からは感じられなかった気品を受け取った。


「教えてあげる」


 静まった会場に、声が響く。


「私は、誰にも負けないって決めたの」


 バチバチと、帯電を始める。

 溢れ出る魔力が瞬く間に雷へと変化し、稲妻へと変わり──やがて色を変えて、紫電へと至った。


『む、紫の、雷……』


「……そういうことか」


 隣でアルが呟いた。

 察しのいい人間はそれだけで気が付くだろう。


 魔力から雷への変質は難易度が高く、逆に火や水の難易度は低いとされている。

 一説には具体的なイメージやそれに伴う影響を理解していればやり易くなるとかなんだとか。師匠曰く「センス」らしい。


 俺か? 

 仮に俺にセンスが備わっているのならば、宝の持ち腐れという言葉がこれほどまでに適当なコメントは無いだろう。


「──『紫電ヴァイオレット』」


 瞬く間に紫電が駆け巡り、ロゼリッツの身体を貫いた。

 僅かに展開された防御も体を保つことすら出来ずに一撃で、体格差もあった筈のロゼリッツは膝をつき、地面に倒れ伏した。


「噂に聞く、第二席の弟子──彼女がそうだったのか。そりゃあ勝てるはずもないな」


 上位互換に勝てる訳が無い。

 蓋を開けてみればそれだけの理由だった。


『──しゅ、瞬殺っ!! しかも今のはまさか、紫電か!? ちょっと詳しく! 少しで良いから解説席まで来てー!』


 そんな騒ぎ立てる声を無視しながらステルラは退場を始めた。

 圧倒的な勝利だ。それでこそ俺の乗り越えるべき相手、俺が戦う事を誓った相手。


 こんな風に完全勝利を叩きつけられちゃあ──いや、やってられないです。


 え? 

 どういう事? 


 なんで魔法を素手で打ち払えるんだよ、現象がわからないんだが。

 バトルセンスで片付けられる話じゃないのだが、それ以上に皆にとっては第二席の弟子という称号の方が気になるらしい。


 いや……ええ? 

 師匠、もしかしてとんでもない怪物育てたんじゃないだろうか。俺の方をメインに育ててくれたのにコレだから、ガチの育成をされてたらもう二度と追いつくことは出来なかったかもしれない。

 あんなに辛い目に遭っていたのはそのためだったんですね。


 泣いた。

 だってホラ、大体九年間師匠に苛め抜かれた上に八年間山の中で修行。その上幾度となく死にかけた上に魔法も好き放題撃たれたので、非常に、大変遺憾ながら魔力そのものに対する耐性もちょっとだけ染み付いた。現代を生きる人類が備え付けていい機能じゃない。


 それだけやって尚勝てる気がしない。


「なんで泣いてんのよアンタ」

「現実は非情だ。世界は俺を憎んでいる」

「なんなの……」


 、結構頑張って来たと思うんだ。

 凡人なりに必死にしがみついて、師匠の無茶振りに耐え、俺なりに強くなったと自信があった。

 それなのに現実はこれである。


「……順位戦俺も組む。この学年全員ボコして覇を唱えて良いのは俺だけだと証明してやろう」

「情緒が安定しないね」

「緩急優れる人間の方が好まれるらしい」

「少なくとも私は静かな奴が好きね」

「遠回しな告白か? やれやれ、困ったな……」


 俺は歩いていた筈だが、気が付けば空を見詰めて横たわっていた。

 ルーチェはステルラに張り合っていただけはある気性の荒さを兼ね揃えているので、ちょっと軽口を叩いただけでコレである。もしかして俺の周囲の女性って全員躊躇いなく暴力振るうんじゃないだろうか。


「ある偉人が言ったそうだ。『右の頬を叩かれたなら、左の頬を叩き返しなさい』、と」

「もう一発やられたいならそう言いなさいよ」

「違う、やめろ落ち着け」


 外で寝転がった俺に堂々と追い打ちをかけてくるルーチェ。

 淑女の自覚は無いのだろうか? 流石のステルラもここまではやらないし、師匠は……いや、わからないな。やってくるかもしれない。ビンタ代わりの魔法行使に関しては断トツ一位である。


「仲良いね、敗者同士のシンパシーってやつ?」

「お前表出ろ」


 もう表だが、そういう話ではない。

 海よりも深く山よりも高い俺の堪忍袋だが流石に度が過ぎる。聖人の如き倫理観を兼ね揃えている俺としても看過できない一線は存在するのだ。


「一時休戦しようルーチェ。俺はコイツを殴らねば気が済まない」

「奇遇ね。さっきの事は水に流してあげるわ」

「なんだいなんだい、二対一とは卑怯じゃないか。騎士らしく正々堂々とやり合おうよ」

「悪いが俺は才能が無いからタイマンはしないんだ。諦めてくれ」


 この後、アルを一方的にボコボコにしたルーチェ共々全員纏めて教師に見つかり説教を受ける事となった。

 俺もアルもボコボコにされただけで手を出したのはルーチェだけなのだが、それを言っても野暮だし『ここであえて言わない事で借りを作った雰囲気』を出す。そうすれば勝手に罪悪感を味わってくれると言う俺の高等テクだ。


「あいててて……ルーチェ、君格闘技かなんかやってる? ダメージが素人のソレじゃないんだけど」

「ふん、いい気味ね。言う訳無いでしょ?」


「いつか戦う可能性だってあるのに」


 どうやらルーチェからすれば俺達も敵判定なようだ。

 ステルラに負けたくない、勝ちたいと上昇志向が強いのかと考えていたが……少し違うな。

 敗北への劣等感か、何かしらの負の感情が強めだ。


「それもそっか。癖は見抜いたから安心してよ」

「はぁ? あんなのお遊びに決まってるじゃない」

「下着の色も把握した。僕に隙は無ぶべっ」


 本日四度目、ルーチェの拳がアルの顔を貫いた。

 どうせ回復魔法で治るし気にしなくていいだろう。その程度じゃ死なないし、痛くも無いだろ。


「愚かな男だ……」

「最っっっ低。死ねばいいのに」


 うつ伏せで倒れたアルの手を取って、肩を持つ。


「う、あ、ありがとうロア……」

「気にするな。──で、色は?」

「黒だったよ」


 直後、天丼のように襲い掛かって来た蹴りに成すすべなくやられた俺達は陽が落ち切るまで起き上がる事は無かった。

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