第七話①
「や、おはようさん」
「アルか。おはよう」
登校する途中で後ろからアルが合流した。
東の方から来たと言っていたし、たしか……グラン地方だったか。
コイツの名前は「アルベルト・A・グラン」。なるほど、そっちの関係か。
かつての英雄の記憶を掘り起こして少し確認するが、流石にグラン公国の貴族とかは覚えてない。
公爵家もあんまり記憶にないな。戦場に出るような立場でもないだろうし、そこは仕方ないか。地道に自分で調べていくしかない。
なんとなくアルの出自を考察しながら、歩みを進めていく。
「聞いた? もう君の幼馴染に異名が付いたらしいよ」
「新入生に付く最速タイム更新らしいな」
「おっ、流石に興味アリって感じ?」
「アイツの情報を漏らすわけにはいかないからな」
これは俺のプライドである。
鋼の強度の心を何度も何度も繰り返し煮詰め湾曲させられた俺のプライドは、不純物が混じりに混じってカオスな内訳になっている。それでも俺の心の半数を占めるのは『ステルラ・エールライト』なのだ。たとえ余計なモノを背負ったとしてもその基準は変わる事はない。
何故か。
それはアイツが俺を負かし過ぎたからだ。
「君は『
「ああ。俺もそうだからな」
「…………ん?」
ステルラがインパクト満載のネタバラシをしてしまったので、もうそこで驚かせる可能性は低い。
だって素手で魔法弾く
「え? 君も?」
「俺とステルラは同じ村出身、アイツは第二席の弟子。最上級魔法を扱える師匠」
「ああ~~……うん、確かにそうだ。それしかないね、逆に何でそう考えなかったんだろ」
俺の魔力量がカスすぎて凄いと思われる事がないのだろうか。
もしそうだとすれば訴訟も辞さない勢いで学園に殴り込みに行く。俺は今でも努力は嫌いだが、それと同じくらい負けっぱなし舐められっぱなしは気に食わないのだ。ルーチェに関してはこう、舐められてるとかそういう話以前に『ステルラに敗北した』という共通点があるので気にしない。
「じゃあ入試で負けたんだ」
「は? 負けてないが??」
お前表出ろ。
出会って数日で既に五回程度表に出ろと言っているが、俺の心の許容量が少なく器が小さい訳ではなくコイツが失礼すぎるだけなのである。
結構
まったく、失礼なヤツだな。
「でも主席じゃ無いんだろ?」
「俺はそもそも主席とか次席とかそういう場所じゃない。おまえなら理解できると思うんだが」
そう言ってからアルは少し考え込むような顔をしてから、引き攣った笑みを向けて来た。
「……マジ?」
「大マジだ」
「順位戦組んだわ」
「……早くないか?」
昼休み、アルと飯を食っているとルーチェが弁当持参で乱入してきた。
俺達まあまあ失礼な事を言っているんだが、根が優しいのか見捨てられることはない。ステルラに負けた影響でちょっとだけ歪んでいる部分はあるが、それは俺のコンプレックスと同レベルなので問題ないだろう。俺の努力嫌いとはレベルが違うがな。
「そのためにこの学園に来たんだもの、利用できるものはさっさと使うに限るでしょ」
「合理的だねぇ。僕も一ヵ月くらいしたら始めようかな」
実際、新入生が順位戦を始めるのはそれくらいの時期からになる。
最初の一ヵ月はどうしても首都に初めて来た連中がいたり生活に慣れなかったり、事情がある事が多い。よって一ヵ月経ち落ち着くまでは学園側も干渉する事はないのだ。暗黙の了解としてそうなってるよ、なんて師匠に教えて貰った。
「君はどうするの?」
「俺は魔法授業をどうにかこうにかやり繰りせねばならないゆえ、暫くは何も出来ない状態が続く」
「あっ……」
やかましいな、俺だって察してるんだ。
魔法授業──簡単に纏めれば、新たな魔法を習得するための課題授業である。習得する魔法は生徒の自由となっているが、一年で何個取るかの規定数をクリアせねばならない。
俺は既に戦闘スタイルが確立されている上、魔法は
「そういえば苦い顔してたよね」
「俺は魔力量が乏しいから基本的な魔法の行使は不可能に近いんだ。俺は根本的に才能が無いからな、二人とも柔軟性に富んでて羨ましい」
嫉妬だ、これは。
ステルラ程で無かったとしても、コイツらは根本的に『才能がある側』の人間。努力もしてきているだろうが、俺に二人と同じくらい前提条件が整っていればもっと飛躍的に強くなり、もっともっと自堕落に過ごす事が可能だった。これを羨まずに何を憎むのか。
「あ゛~、思い出したら腹立ってきた。なんで俺こんなに才能無いんだよ」
「これ冗談とかじゃなく本気で言ってるんだね」
「当たり前だろ。才能があったらもっと別の選択肢取ってるわ」
ハ~~~~。
近所の商店街で買った惣菜詰め合わせ自作弁当を口の中に掻きこんでから、味を噛み締める事も無く水で流し込む。
かつての修行の経験から培った技である。なんで俺こんなどうでもいい技能ばっかり磨かれてるのだろうか、自分で言ってて悲しくなってきた。
「……よく心折れなかったわね」
ルーチェが苦い顔で言う。
俺とは入れ違いに近い形でステルラに触れた
「折れたさ」
俺もそうだ。
何度だって折れた。
俺の心に傷のついてない部位はなく、死を覚悟したあの瞬間にだって折れている。折れて折れて潰されて、それでも諦める事を許さないこの世界の理不尽さと勝手に存在する英雄の記憶を恨んで生きていた。
凡人にステルラ・エールライトは眩し
ゆえに、足掻いた。
「悔しいだろ、負けたままとか。それだけだよ」
「いやぁ、男の子だね! 僕もそんな経験してみたかったな~」
「そんな願望捨てる事をオススメする。いや、激しく推奨する。う~ん、命令する。捨てろ」
「滅茶苦茶引き摺ってるなぁ!」
当たり前だろ。
俺の人生設計全部見直す羽目になったんだ。後悔はしてないが、ああ、一切後悔なんてしてないが、引き摺っていることは間違いじゃない。
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