1-1その2

 恐竜センターでは、事情により飼えなくなった恐竜や繁殖によって生まれた恐竜の子どもたちが育てられています。ここで育った恐竜たちも、島の恐竜園で飼われる一部を除いて、ジャングルに帰されます。恐竜センターでの活動は効果を上げており、最近では、野生恐竜の個体数が増加傾向にありました。


 恐竜のお世話の基本中の基本といえば、餌やりです。恐竜センターでの飼育体験でも、恐竜の餌やりのお手伝いをすることになります。

 恐竜は体が大きいので、たくさん食べます。植物の豊富なジャングルにいる草食恐竜は青々とした草や葉がお好みで、萎れてしまうとあまり食べてくれません。さらに、恐竜の種類により好みはまちまちです。四本足の角竜や鎧竜は特に草の葉や低い木の芽がお好みで、二本足で立つことができる鳥脚類や首の長い竜脚類は高い木の若葉が好きなようです。ですので、餌やりは朝一番に刈りたての草や切りたての木の枝をわんさか運び、恐竜ごとにお好みの草や葉を古い物と取り替えていかなければなりません。

 クラスメイトで恐竜好きのケンジは、草食恐竜のエドモントサウルスの餌替えを手伝っていました。

「あちらの檻の葉っぱを取り換えてくださいね!」

「はい!」

 恐竜センターの飼育員さんに頼まれたケンジは、元気に答え、新鮮な葉のついた木の枝を抱えて、古い木の枝と差し替え始めました。

「新鮮な葉っぱだよ!元気にお食べ。」

しかし、子どもが持てる量などたかが知れています。食欲旺盛なエドモントサウルスの子どもたちは瞬く間に差し替えた枝の葉を食べ終えて、物欲しそうな顔でこちら見ていました。

「ちょっと待ってろよ!すぐ次持ってくるからな!」

ケンジは急いで次の枝を運びました。しかし、また一瞬でなくなってしまいました。

「待って待って!そんなにあせるなよ…」

そうこうしながら十往復くらいしたところで、ようやくみんな満足したようで餌場を離れて遊び始めました。

「ふうー…。みんな、食べ過ぎだよ…。」

ケンジもさすがに疲れて、ぼやいてしまいました。まだ、他の恐竜の餌やりもしなければなりません。ケンジは、気が遠くなるような思いでした。


 肉食恐竜の餌やりは、ヤンチャなクラスメイトのユウトが担当していたのですが、また違った大変さがあるようです。

 飼育員さんは大きな冷凍庫のなかから、蓋のついた大きな料理に使う金属のバットを取り出し、電子レンジの親玉みたいなもの(インキュベーターというそうです。)のなかに入れ、温度を三十度に、タイマーを三十分に設定しました。

「この間に、水の取り換えをしましょう。」

「了解!」

 飼育員さんとユウトはいくつかあるダコタラプトルの檻に引っ掛かっている水入れを回収して、水を入れ替え、再び引っ掛ける作業しました。ちょうど、ユウトが最後の水入れ引っ掛けたとき、「ピピピ、ピピピ」とタイマーのなる音がしました。

 飼育員さんはインキュベーターからバットを取り出すとおもむろに蓋を開けました。ユウトがのぞいてみると、何か白いお饅頭のようなものがきれいに並んでいました。飼育員さんはそのうちの一個をひっくり返して指で軽く押していましたが、よく見ると、細長いしっぽが生えているではありませんか!なんと、お饅頭みたいのは全部ネズミの死骸だったのです。

「うおお。。。」

ユウトは思わずのけぞりました。飼育員さんは笑って、

「びっくりしたかい?これがダコタラプトルの好物なんだよ!さあ、そこにトングがあるから、一羽に一匹ずつあげてくれるかな?」

 なんと彼らのエサは、冷凍したネズミだったのです。これを、一日に二回、温めて、あげなければならないのです。

「なかなかグルメで、ちゃんと温まってないと食べないんだよ。」

飼育員さんは慣れた手つきで食べさせていましたが、大量に横たわるネズミの死骸を見て平気な子どもはそう多くありません。いたずら好きのユウトでも、

「さあ、ご馳走だぞ!」

などと強がってはいましたが、さすがに気持ち悪そうでした。

 ちなみに一般家庭で飼う場合は、市販されているペレット状のエサでも大丈夫とのことです。しかし、こだわる飼い主は、冷凍ネズミを購入してあげているそうです。


 食べる物を食べたら、当然出すものを出します。恐竜は鳥と同じくおしっことうんちをまとめてするのですが、水分が少ないため掃除は結構大変です。すぐに乾いてしまい固まってなかなか落ちないのです。そこで、専用の中和剤をかけてデッキブラシでゴシゴシしなければならないのですが、しっかりこすらないとなかなか取れず、下手をすると跡が残ってしまいます。

 ケイタやソウタはアンキロサウルスの糞掃除に奔走していました。

「なかなか落ちないよ。」

「中和剤もっとかけたら?」

「けっこうかけたけど、固まったままだよ!」

「きっとまだ足りないんだよ、僕がかけてるから、その間にソウタはこすってよ。」

 ケイタはちょろちょろかけたつもりでしたが、なかなか落ちないので、いつのまにか中和剤は水だまりのようになってしまいました。そこへ運悪く飼育員のおじさんが見回りに来てしまいました。飼育員さんは仰天して、

「コラ!遊んでんじゃねぇ!」

と、叫びました。

 ケイタとソウタはびっくりして、とっさに謝りました。

「ごめんなさい!」

「ぜんぜん落ちないから、つい・・・」

飼育員さんは、二人がまじめに掃除しているのに気がつくと、優しい声に戻って、

「叫んで悪かったな。ほれ、今だ。こすってみな!」

と言いました。

すると、どうでしょう。さっきはまったく取れなかった糞がスルッとはがれるではありませんか。

「な!かけてすぐじゃ、取れねぇんだよ。すこし待たねぇと。」

「ありがとうございます!」

「助かりました!」

ケイタとソウタはお礼を言うと、先に中和剤を糞にかけて回りました。すると飼育員さんは、慌てて

「ああ、ダメダメ。待ちすぎてもダメなんだ。糞が溶けちまう。溶けるとコンクリートに染み込んでシミになっちまうんだよ。そうなると、もうぜってえとれねぇ。」

と教えてくれました。

 それを聞いたケイタとソウタは、

「わかりました!」

「急げ、急げ!」

と言いながら、ゴシゴシ始めました。まだ硬くて少し取りづらいところもありましたが、無事、糞は全て取れて、床もきれいになりました。中和剤をかけて、少し待ってふやけたらこする。早すぎても遅すぎてもダメ、なかなか塩梅は難しそうです。

「おう、上出来、上出来。ぼうずたちよくやったな!」

飼育員さんはきれいになった床を見て褒めてくれました。が、急に黙ると、立ち止まっているアンキロサウルスを見て小さな声でケイタとソウタに言いました。

「おっ、ぼうずたち、よく見てな!」

飼育員さんが静かにチリトリをもって、アンキロサウルスのお尻の下に置きました。すると、どうでしょう、アンキロサウルスが尻尾を上げて、ちりとりみたいなものに糞をしたではありませんか!

「俺ぐらい長く世話してるとな、恐竜がウンコする時の素振りがわかるのよ。ほら、あいつ見てみな、背中が少し丸まって踏ん張ってるみたいだろ、このチリトリをお尻のところにおいてみな。じき尻尾あげてウンコするから。」

ケイタは半信半疑で、言われた通り飼育員さんが指さしたアンキロサウルスのお尻のところに、チリトリを静かに置きました。すると、アンキロサウルスは待っていたかのようにトイレに糞をしたのでした。

「うわ、ホントにした。」

「スゴイ。」

 しかし、アンキロサウルスの背中は元々丸く、しかも鎧が付いています。二人は飼育員さんの言った「踏ん張っている」のが今一歩わかりませんでした。二人が怪訝そうな顔をしていると、飼育員さんは、

「あっはっは!おめえらも、十年も一緒にいりゃあわかるようになるさ!」

と、豪快に笑いながら行ってしまいました。

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