交代

ちゃこと

無口で、いつも隅っこでじっとしている。他の人とは関わりたくない。私だけの部屋で、鏡に異質な細長い箱が映っているのが目に入った。振り返って棚の上を見てもそんなものはない。鏡の中だけ。そっと近づいて覗き込む。すると箱以外にも異質なものがあった。自分がいるはずの場所に、頭からすっぽり布を被った子供が立っていた。2つのボタンと口が荒く縫い付けてある。手を伸ばすとそいつは同じように動いて正面から手を合わせようとしてきた。鏡に触れる、と思った瞬間そのまま前にのめり込んだ。バランスを失って地面に倒れ込む。目を開けるとよく見知った街のど真ん中にいた。振り返ったが鏡は無くなっていた。街の端は黒いモヤが立ち込めて見えなくなっている。よく見るとどれもこれも普通の何倍もの大きさがある。耳元で布のヤツが囁く。

〝見つけて 解放して〟

ハッと顔を上げるがヤツの姿はない。見回すと少し離れた路地からヤツが顔を出して、ニタァっと笑っている。私が走り出すとサッと路地に消えた。追いかけて私も路地に入る、が曲がった途端に足元にぽっかり空いた暗闇に落ちた。着地したのはこれまた巨大な子供部屋だった。ヤツは崖のような机の上から私を見下ろしている。急にぶくぶく膨れだしたかと思うとヤツは私の本を握った“バーバラ“の姿になった。

「あんたなんかがこんな難しい本読んでどうすんの?役にも立たないくせにっ」

そう言うと思いっきりその本を破った。

「やめて!」

私が叫ぶと“バーバラ“は煙になってシュウ…と消えた。

「おい、これはお前のだな?」

振り返ると“先生“が立っていた。私のノートを持っている。

「返して!」

「これはこれは、勉強のフリして落書きかい?」

「違う!それは…大事な…」

「授業に関係ないものは持ってこない約束じゃなかったのか?これは没収だ。」

そう言って“先生“は火の中にノートを放り込んだ。思いっきり“先生“を睨みつけると、さっきと同じ様に“先生“も消えた。すると今度は煙の中から同級生達が出てきた。

「ねーねーこれって誰がプレゼントしてくれたの?いっつも持っててほんとちっちゃい子みたいね!」

「何で持ってるの返してよ!!」

「やーだね。おっと。ごめんよウサチャン、強く引っ張りすぎちゃった!」

へらへらと笑ってぬいぐるみを千切るあいつらはまるで悪魔だった。私の唯一の友達を…!!涙目で睨んでいるうちに同級生達は笑いながら消えていった。次は何が来るんだと身構えた途端、ドアの側に突っ立っている妹と目があった。すぐドアが開いてママが入ってきた。あぁ、ママ。助けて怖いの辛いの…。思わず駆け寄ろうとした。が、妹が口を開く方が早かった。

「ママ、お姉ちゃんがまた悪いことしてる」

「あらそう。さぁ、行きましょマリー。今日はシチューよ。いっぱい食べてね。」

思い出した。妹が出来てからママはずっとこの調子だった。最後に妹は嘲笑うような目で私を見てママと一緒に煙のように消えてしまった。私は一歩も動けなかった。部屋の空気が絶望に染まっていくのを感じた。そう、いつだってそうだった。みんな少しずつ壊してく。

いつの間にか後ろの鏡の前には鉛色の階段がどっしりと構えていた。頂上の玉座にはヤツがあのニヤけ顔で私を見下ろしていた。無性に腹が立った。全部アイツのせいなんじゃないか?今までずっと耐えてきた。でももう許さない。周りの絶望は全部怒りに変わった。私は体に任せて走り出した。階段を駆け上がって手に持った顔くらいある石を横なぶりに投げつけた。石はヤツの頭を擦り、布を絡め取って見事に奥の鏡を割った。布の下からは自身ありげにニヤついている“私“が出てきた。“私“はゆっくりと近づいて来て、呆然と立ち尽くす私をそっと抱きしめた。ふわりとした優しい感覚だった。頭を撫でられるのもいつぶりだろう。

〝よく頑張った もう大丈夫〟

“私“の囁きには安心感があった。自然と涙が出てきた。“私“はくるりと背を向けて割れた鏡へと向かっていった。向こう側にはバーバラや先生、同級生達や妹やママが揃って鏡を囲んでいる。あそこには戻りたくない。私が目線を落とすと、あの棺みたいな細長い箱がだらしなく蓋を開けて投げ出されていた。空っぽだった。前を見ると、“私“は死神のような鎌を引きずってこちらに向かってゾクゾクするような笑みを投げかけていた。そんな表情とは裏腹に、いいんだよ、もう耐えなくていい、もう大丈夫だよ、と言っているようだった。そして“私“はゆっくり向こう側に行ってしまった。いきなり力が抜けた。私は巨大な部屋の真ん中で大の字になって寝転んだ。あぁ、後は任せよう。あの子なら大丈夫、何とかしてくれる。ふふ、笑ったのなんて、いつぶりかしら…

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交代 ちゃこと @cskand187

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