第12話. 役割
考古学なんてものを長らくやっていると、ふとこんな、強い気持ちに駆られる事がある。
歴史の謎を解き明かす――などと大層な建前の実は、泥棒と然程変わらない、と。
そもそも考古学者が探索する対象の『遺跡』というものは、外部からの侵入を許さぬ場所や構造に出来ているものだ。しかも現地に住む民らはそれを大事に崇める、謂わば“守り人”だ。
我々はそんな彼らをどうにかして交渉し説き伏せるわけだが、或いは秘密裏に、若しくは知らぬ存ぜぬを突き通し実行する、阿漕な事さえあったのだ。
“知りたい”という我々の知識欲が、泥棒の物欲とどうしてそう違えよう。
では
泥棒のそれは只の自己満足だけかもしれない。
では考古学は?
ひょっとして多くの人々にとって、何か恵みを齎すものであり得たか?
残念ながらこれまでの経験から私には、古代遺物の展示によって得られる金銭が、最大の貢献だとしか思いつかなかった。この今の私の地位だとか名誉は、人には言えぬ血塗られた過去で得たものだ。だから私はよくこう思ったものだ
欲望は欲望を求め、名誉は欲望を求める。
なんて事は無い。考古学は、マフィアともそう変わらぬのだ。
弁解の余地があるとすれば、“欲望”とは人間の本質だ。
だから仕方の無い事なのかもしれない。
では、古代人のそれはいかばかりであったろう。
私は書斎でノートに目を通していた。
“先期文明”『キュステンジルの天空墓墳』に関するものだ。
この世界には数少ないが幾つかの、“先期文明”と呼ばれる建造物がある。
『ドゥヴルの溶岩ドーム』、『トランキア海底神殿』、『ショピの斜塔』などがそれだ。何れも現代人の最新技術を以てしても建築不可能、或いは何年かかるか判らぬ程の代物だ。
『キュステンジルの天空墓墳』も例に漏れず、標高6,000mの天空にそびえ建つ。
古代人にはそれ程の高い知識と科学技術がありながら、忽然と歴史の舞台から姿を消した。
彼らの残した遺物にはひょっとして、“同じ過ちの道を歩むな”というメッセージが刻まれているのではなかろうか?
そんな想いに駆られる様に、私は後年の考古学研究を費やしてきたつもりだ。
大きな欲望の果てに待ち受けるのは、決して“幸福”ではないのかもしれぬと。
ふらりと我が家にお忍びで戻った息子、ラディッツから尋ねられた。
先期文明、そして古代人についてだ。
八鋤の手帳を手にしながら。
その時、今こそ私の推測を、私の思いを、伝えるべきだと悟った。
私は熱く語り、息子は固唾を飲んで聞いていた。
果たしてこれがどう実るかは判らない。
ひょっとすると息子はもう二度と、こちらへ戻って来ないかもしれない。
だが私は後悔していない、むしろスッキリとした気分だ。
だから私にはもう一つ、どうしてもやっておかねばならぬ事があった。
“おやっさん”と彼から呼ばれるのも、これが最期になるかもしれんな。
だから頼む。
最後くらいは、誤魔化しではなくお前の真実を見せておくれ。
なあ、八鋤。
(続く)
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