第10話. 亀裂

 人間ってやつは、いつから“死を選べる”って錯覚するようになったんだ?



 歴史で習ったろ? “死は貴賎無く訪れる”って。

『死の舞踏』だって『メメント・モリ』だってそういう意味が含まれてた筈だ。


 “逃れられぬ死”は、どうしようもなく受け入れるしかない――判ってる筈だろ?


 だったら、とは、その先に迎えるかもしれねぇ更なる脅威を生き抜く為の、謂わばふるいだ。

 そうやって生物は進化と淘汰を繰り返してきた。

 そうやって篩から落とされる事も受け入れて来たじゃ無ぇかっ!


 それが自然の調和バランスってやつなんだぜ。

 それとも、忘れっちまったのか?


 文明は、あらゆる自然の脅威に立ち向かおうとするあまり、自然そのものを排除してきちまったのかもしれねぇ。


 だから、“自然と共に生きる”って事がどういう事なのか忘れかけているんだ。



 あれから、半年が過ぎた。

 突如エニ沼から大発生したあの未確認生物にゃお偉い科学者らによって、『イリドアリナメクジ』って長ぇ名前が付いたが、みんな、“エニナメ”って呼んでいた。


 特殊な『虹色素胞』を体表に持ち、周囲の景色と同化する。体表を覆う粘液は臭いと音を遮断し、アリみてぇに集団で行動する習性を持つ――なかなか厄介な存在だ。

 

 オイラの鼻と耳でさえ全く役に立たず、気付くと全身そいつらに覆われて、そのまま喰われちまう仲間が続出した。


 結局エニナメは秘境の外、人間の居住エリアにも浸出した。


 あっちはもう大騒ぎだ。

 何せ、動きはとろいが人間にとっちゃ凶悪なサイレントキラーだったからな。


 生き残ったオイラ達も交代で必死にあっちで戦った。

 

 漸く有効な対抗手段が準備出来た時には、人間にも被害は出ちまってたし、 

 半獣人に至っちゃB級、C級の仲間はみーんな死んじまった。


 だのに、人間のお偉方ってぇのはよぉ、

 その責任をぜーんぶ、オイラ達半獣人に押し付けようとしやがった。


 半獣人の家族や一部の学者連中はそれに反発した。

 その波はもっと大きく拡がると思ったんだが、ですっかり泡沫と消えちまった。


 つまり、秘境と人間居住エリアの境にはが設けられ、

 反発した者達はそのに住む事を強制されちまったんだ。

 もちろん、緩衝エリアとの間には新たに壁が築かれた。


 つくづく阿漕だと思うぜ、やり方が。



「まぁアタシ達の運命さだめなんてそんなもんさ。遅かれ早かれって話だろ? 上の奴らのやる事なんてほっとけ。それよりあの手帳の事なんだが……」


 オイラは部屋でライリーとエルに愚痴ってたんだ。

 けれど本題はそうじゃ無ぇ。


 オイラは手帳の『キュステンジルの天空墓墳』のページを開いた。

 以前見せ合った時、そこに描かれていた変な物体がエニナメに違ぇ無ぇと皆で納得するのにさほど時間はかからなかった。そして絵には、エニナメの先があったんだ。


 何か大きな陰影シルエットが描かれている。 


 それを中心に大地には大きな亀裂が走り、

 そしてそれは鋭い眼つきが印象的だった。



(続く)


 

 


 

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