第41話 変貌

 

めてくれっ!!」

 

 桔梗ききょう白銀しろがねに覆い被さるようにその身体を庇う。彼は変わらず立ち上がろうとするのを止めてはいない。

 

「あまり動くな白銀っ。傷にさわる!!」

 

「どけ、女」

 

 もう一度言われたので、桔梗は刀を構える鬼を睨んだ。

 

「断るっ!!斬るのなら、私共々斬れっ!!」

 

「チッ」

 

 鬼は舌打ちをすると、桔梗の腕を掴みグッと引き寄せた。途端、掴んだ腕に痛みが走り、鬼は顔をゆがめる。

 いつの間に手にしたのか、桔梗は白銀の小刀を構え、威嚇するように切っ先を鬼に向けていた。

 

「この……」

 

 腕から流れる血を見て、鬼は怒りの表情で桔梗を見た。鬼族は自分の血が流れるのを異常に嫌う者が多い。

 彼は小刀を持つ桔梗の手を掴み引き寄せると、もう片方の手を振り上げる。

 

 ────バシンッ。

 

 鬼の大きな手で平手打ちされた桔梗の身体は、近くの木まで吹っ飛んだ。

 

「──ききょ……っ!!」

 

 木にぶつかった桔梗の身体が、とさりと幹の根本に倒れる様子を白銀の右目が映し出す。

 

「あ……」

 

 思うように動かない腕を、桔梗へ伸ばした。

 彼女の身体はそのまま動かない。

 

「あ……あぁぁっ──!!」

 

 白銀の聞いた事の無い叫びに、桔梗がうっすらと目を開けるとゆっくりと立ち上がる白銀の姿が見えた。

 

 ────白……銀?

 

 様子がおかしい。彼の身体から黒いもやのようなものが一瞬見えた気がした。

 その顔を見た鬼達が、途端に怯えた表情に変わる。

 白銀が桔梗の方を見た。

 

 その右目は……。

 

「お……まえ。その眼……」

 

 ふーふーと荒い息を吐く白銀は、鷹呀おうがと同じように白目の部分が黒く染まっていた。

 

 

 

 ※

 

 

 

「な……んだと?」

 

 背中から日本刀で胸をつらぬかれ、鷹呀の口の端から赤い血が一筋つっと流れた。

 

 

御影みかげ流、空蝉うつせみの術」

 

 背後から聞こえたのは紛れもない玄の声。

 だが、鷹呀の手は今も彼の身体を貫いたままだ。生暖かい体温も、濡れた血の感触もしっかり伝わっている。

 

「僕が苦無くないを使う時点で、しのび所縁ゆかりがあるって事に気づくべきだったね」

 

 鷹呀は、目の前の玄の亡骸を凝視する。

 

 ────これが、偽物だというのか?

 

 

「それね、即席でも使えるんだけど、変わり身になる物に術者の血を吸わせると、より本物に近くなるんだ。その血の量が多いほど現実に近くなる。だからあまり使いたくないんだけどね……ここまでしないと騙せないでしょ? あんたの事」

 

 玄が日本刀を引き抜くと、鷹呀の口が鮮血を吐き出す。

 ドサリと音がし見下ろすと、今まで玄だった物は、真っ赤に染まり穴の開いた枕に変わっていた。

 玄の顔色が悪かったのはこれのせいかと、鷹呀は口の端で笑う。

 昨夜、一晩かけてこれに血を吸わせたのかと。

 

 鷹呀は足を一歩踏み出そうとしたが、がくりとその場に膝をついた。

 

「あまり動かない方がいいよ、肺に穴が開いてるから……。武器を取り上げないとか、舐めすぎなんだよ、僕を」

 

 玄は近くに倒れる鬼の衣服で、自分の刀身に付いた血液を拭うと刀をさやに納めた。

 

「……なぜ、頭や心臓を……狙わなかった? 可能だったろう?」

 

 そうすれば確実に殺せたものを。

 鷹呀が問うと、出口へと向かいかけた脚を止め振り返る。

 

「ただ、あんたに一太刀浴びせたかっただけだから」

 

 そう言うと、彼はいつもの薄ら笑いを浮かべつつ再び出口へと向かい。

 

「結構負けず嫌いなんだよ、僕」

 

 じゃあね、と言って走り去った。

 

 

 

 

 

「ふん、餓鬼かよ……」

 

 ヒューヒューと鷹呀が息を吐く度、おかしな音がした。

 確かに、さすがにこれでは動けない。

 

「父上……これは……」

 

 壊された扉の前で、驚いて鷹呀を見ているのは蘇芳すおうだった。

 彼は広間におびただしく転がっている鬼の死体を見渡し、恐る恐る鷹呀に歩み寄る。

 

「……っ!?斬られたんですか?」

 

「案ずるな……此のくらいの傷なら、半日で治る」

 

 苦しそうに息をしながら、鷹呀は笑う。

 玄が鷹呀を殺さなかったのは……。

 

 ────俺が、白銀の父親だからか?

 

「ふふ、甘ちゃんめ」

 

「どうせ、父上が理不尽な事でも言ったんでしょう?」

 

「……ここに転がってるのは、お前をこころよく思っていなかった奴等だ」

 

 聞いた蘇芳が目を見開く。そして「まったく」と呟き、ため息をついた。

 

「利用したんですか? 彼らを」

 

「鬼の同族同士の殺しは法度はっとだからな……。どうだ? おかげで、だいぶすっきりしたぞ」

 

 胸の辺りを血に染めながらも、何故か愉快そうに笑っている父を蘇芳は呆れた表情で見つめた。

 

 

 

 ※

 

 

 

 ────血の匂いがする。

 

 桔梗と白銀を追う玄は、走りながら眉をひそめる。進むうちに、その匂いが強くなっていく。

 あのふたりのものでは無いことを祈りながら駆けていると、悲鳴が聞こえた。そう遠くない。

 

「──っ!!」

 

 急に玄の脚の力が抜けた。

 膝を地面につき、大きく息をする。腹を押さえると生暖かい血液で手が濡れるのがわかった。直ぐに止血をするべきなのだろうが、今はそんな暇は無い。

 

 まだ、倒れる訳にはいかない。

 

 玄は歯を食い縛り立ち上がると、再び駆け出した。

 

 

 

「止めろっ!!白銀っ」

 

 茂みの向こうから桔梗の叫び声が聞こえた。

 それを掻き分け木々の間を抜けると玄の目前に、異様な光景が広がる。

 

 元々鬼だったモノだろうか。

 どうやったらここまでバラバラに出来るのか、四肢ししを引きちぎられたような残骸が、そこら中に散らばっていた。

 

「や、止めてくれっ!!がっ……」

 

 玄の目の前で、何者かが倒れた鬼の上に馬乗りになりその頭を鷲掴みにしていた。

 その向こうの木の根本に桔梗の姿も確認できた。

 馬乗りになられた鬼は、肩を掴まれたままぐぐっと頭部を捻られ悲鳴をあげる。

 嫌な音と共に、胴体から頭が引きちぎられた。その後、頭部を無造作に放る。それは、玄の足元へと転がった。

 

「君……白君かい?」

 

 あの銀色の頭髪は間違いない。だが……。

 彼が、あんな殺し方を。それもこんな大量に?

 あの、全身に纏う禍々しい空気は何だ? あれではまるで……。

 

 白銀が玄の気配に気がつき顔を上げた。その目を見て、玄は息を飲む。

 

「その眼……どうしたんだい?」

 

 斬りつけられたのか片方は見えていないようだ。玄が驚いたのはもう片方の左目だった。

 鷹呀と同じ黒く染まった白目に、金色の眼光が玄を睨んでいる。身体中返り血を浴び、歯を剥き出し威嚇するその様はまるで獣のようだ。

 

「僕が……分からない?」

 

 彼は自我を失くしてしまったようで、玄の存在が分かっていないようだった。白銀は一歩、玄の方へと踏み出す。

 

「白銀っ!!駄目だ、それは玄だっ!!分からないのか!?」

 

 白銀の様子に、桔梗が慌てて制するが彼の耳には全く届いていない。

 桔梗がふらりと立ち上がり、白銀に近づく。彼女も怪我をしているのか痛そうに顔を歪めた。

 近づかない方がいい、と玄が言う前に、桔梗が白銀の手を引いた。

 白銀は桔梗を一瞥するが、その手を払い玄へと近づく。

 彼女の事は、攻撃対象ではないと認識は出来ている様子だった。

 

 玄は、そばに立つ樹木に身体を寄りかける。近づいてくる白銀に「どうしたもんかね」と小さく呟いた。

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