第31話 銀鼠の君
「
竜の宮を後にしてから二十日ほど過ぎた。
あれから、桔梗と
ただ、たまに白銀が気づかれないように桔梗を見つめている事はあったが。
辿り着いた場所は、そこそこ大きな城下町の外れにある建物だった。
軒下には
何かの店なのか“
「
桔梗達に声をかけてきた中年の女が、建物に向かって大きな声で話しかける。
暫くすると、
お世辞にも綺麗な格好とは言えないその男は、
「やあ、待ってたよ“
言うと男は無精髭の生えた
「どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとう芳江さん」
芳江と呼ばれた女は、人数分の茶を卓の上に置くと軽く会釈をして出ていった。
通されたのは建物内の客室のような場所だった。
ただ、綺麗な部屋とは言いづらく、一体何に使うのかと思うような様々な器具や
白銀は、部屋の中をもの珍しそうにきょろきょろしている。
「で? 一体さっきのは何だったんだ?」
店主の伊織をじっと見ながら桔梗は問う。
「さっきの?」
「“銀鼠の君”とかいう……」
「ああ……」
伊織はぽんと手を打つと、白銀と玄を交互に指差した。
「白銀という
彼は無精髭を撫でながら「中々面白い
「あ……、あー。白銀と玄で“銀鼠色”か。……うん、中々悪くないな」
意外と桔梗は気に入ったようだ。
「それで、頼んでいた物は出来ているか?」
桔梗が目の前の湯飲みに手を伸ばしながら
「チュイ君の手紙のやつだね。ちゃあんと作ってあるよ」
「ちょっと待ってね」と言って一旦客間を出ていく伊織を見送った後、玄が桔梗に訪ねた。
「ここは一体どういう店なんだい? 見たところ商品らしい物は陳列されていないようだけど」
「ん? そうだな……一応は硝子細工屋だ。薬瓶も消耗品だからたまにここで仕入れている。近くに来た時は前もって手紙を出しておくんだ。ただ、店主が好奇心旺盛でな、他にも色々と手広くやってるらしい」
ああ、成程と玄は辺りを見回した。どおりで、硝子製品が多いと思った。
「お待たせー」
かちゃかちゃと音を立てながら、伊織は薬瓶の容器が乱雑に入った浅い竹籠を持って来て「好きなのどうぞ」と卓上に置いた。
「ところで……」
座り直した伊織が、急に真面目な顔になり白銀を見る。
「君は、桔梗ちゃんの弟ではないよね?」
「ああ、白鬼ではあるが違う」
薬瓶を物色していた桔梗が代わりに答えた。
桔梗とは二つ違いの弟は今年で十八歳になる。彼は、白銀と弟が年齢が近いから訊いたのだろう。
急に弟の話が出たので、どういう事かと桔梗が目で訴えると伊織が少し悩んだ後口を開いた。
「西の方から来た客から聞いたんだけどね。何年か前に、赤い髪の鬼が白鬼の若者を連れているのを見たって」
「それは本当かっ!?」
桔梗がガタンと立ち上がると、その衝撃で湯飲みの茶が
「うん。その客が住んでる地域に、人を寄せ付けない険しい山があるんだけど、そこが昔から鬼の棲む山って言われてるらしい。その髪の赤い鬼もそこに居るんじゃないかって」
「…………」
「行こう。桔梗」
声を上げたのは白銀だった。
「その為に今まで旅してきたんだろう?」
そうだ、そうなのだが……。
桔梗は卓上に手をついた体勢で考え込む。
今から向かうのは鬼の
人を嫌い、白鬼を
自分達が向かったところで、歓迎されるとは思えない。それどころか……。
桔梗は交互に白銀と玄を見た。
────このふたりを危険な目に……。
「まさか、君ひとりで行こうとか思ってないよね?」
まるで桔梗の思考を読んでいたかのように玄が言う。
「僕は生涯君に
玄が白銀を見ると、彼は力強く頷いてみせた。
「……しかし」
鬼という種族は昔から戦闘に長けた一族だ。いくらこの二人が普通よりは強かろうが所詮は人間。束で掛かられたらひとたまりもないだろう。
山吹の時のように、自分の判断の甘さでこのふたりを傷つけたくは無かった。
「君には二度命を救われてるんだ。僕を
玄の深紅の瞳が真っ直ぐ桔梗を見据えている。
何を言っても無駄だよとその静かな光が告げていた。
「俺、ずっと考えてたんだ。“安住の地を探す”ってやつ、あれ却下だ。俺はやっぱ桔梗とずっと一緒に行く。知らない土地でお前が今
白銀はそこまで
「死んでもごめんだ」
「お前達……」
赤と金の瞳がじっと自分を見て、返事を待っている。
桔梗は苦しそうに
────私だって、お前達が付いて来てくれたら、どんなに心強いか。
「甘えちゃえばぁ?」
突然そこまで黙って話を聞いていた伊織が、緊張感の無い声で言う。
「桔梗ちゃんがいくら拒んでも、この子達はついて行く気満々なんでしょ? だからって、桔梗ちゃんが弟君探しを止める訳にはいかない。……なら、もう悩んでても仕方ないよね?」
にこにことしながら桔梗を見る伊織に、玄は内心感謝しながら。
「そういうこと」
だからそんなに悩まないでと笑ってみせた。
「……確かに……そうだな……」
桔梗は意を決するように、一度深呼吸すると。
「宜しく頼む」
そう言って、ふたりに頭を下げた。
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