第14話 白鬼と燕

 

 ここに来てもう何日が経ったのだろう。

 頭の上で縛られた腕も、もう感覚が無い。

 山吹やまぶきに定期的に毒針を打たれているせいか、ずっと意識も朦朧もうろうとしていた。

 白鬼の高い身体能力を警戒しての事だろう。

 

 この部屋で唯一外と繋がっている小さな窓から光が差していることで、今が昼だと分かる。

 

 

 静かだ。

 城は城下町から少し離れている為か、何の音もしない。たまに風のざわめきが聞こえてくるくらいだ。

 そう思っていると、鳥の声が聞こえて来た。

 

 

 ────ん? 鳥?

 

 

 聞き覚えのある声だった。白銀がハッとし頭を上げた。

 

 

「チュイ?」

 

 そうだ、あの声はつばめのチュイの声だ。

 近くの山で過ごしていたはずだが、あまりにも迎えに来ないため痺れを切らして町へ様子を見に来たのか。

 

 

「チュイっ‼」

 

 窓に向かって燕を呼ぶ。

 その少し後にチュイが窓の枠にちょこんと乗った。

 じっと白銀を見る燕に、苦笑いをする。

 

 

「……ああ、確かに情けねえよな。なあ、チュイ……頼みがある、この城のどこかにお前のあるじがいる筈だ。外から出来る範囲でいい、あいつを探してくれ」

 

 

 燕は白銀の言葉に、少し首を傾げるとチュイっと鳴いて飛んで行った。

 

 

 

 

 カタリ……という音で桔梗は目を覚ました。

 連日の霊薬の精製せいせいで、桔梗の身体は悲鳴をあげていた。今ではただ座っているだけでも辛い状態だった。

 

 

 桔梗は音の正体を確かめるように、横にしていた身体を起こし見回す。

 

 

「チュイ?」

 

 天井に近い場所にある小さな窓に、燕がとまっていた。

 

「お前、どうして?」

 

 チチチチっと鳴くとチュイは桔梗の姿を確認できたというようにすぐ飛んで行ってしまった。

 

 

「…………?」

 

 まるで、この城に桔梗が居る事を知っていて、探していたような感じだった。……まさか。

 

 

 ────白銀……か?

 

 

 

 

「桔梗ちゃん」

 

 小窓に視線を向けていると、不意に名前を呼ばれた。いつの間に来ていたのか格子越しに玄がこちらを見ている。

 

「はいこれ、ご所望のやつ」

 

 牢のカギを開け、屈まないと出られない程の小さな扉を開くと部屋の床に桔梗の荷物を置いた。

 

「僕はてっきりすぐにここから出せって言われるかと思ったよ」

 

「それはまだ先だ。その前にやる事がある」

 

 桔梗は自分の荷物から、ひとつひとつ薬や原料を確認しながら取り出している。

 

「白銀は無事なのか?」

 

「……心配?」

 

 桔梗はその手を一旦止めると玄を見て。

 

「当たり前だろう?」

 

 と怒ったように言った。

 

「生きてるよ。元気……とは言い難いかもしれないけど。まあ、君も似たようなものだしねえ。で、どうするつもり?」

 

「あの女が今までやって来た事の報いを受けてもらう」

 

 桔梗は薬の瓶を手に持つと、不敵に笑った。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 霊薬師の薬を飲むようになってから身体の調子がいい。

 肌もまるで赤子のように張りと艶が出て来た。霊薬というものがこんなに効果があるとは思っていなかった。

 不老不死の薬ではなくても、今は山吹はこれで十分満足だった。

 

 

「これはもう手放せないねえ……」

 

 月明かりの下、大きなたらいで湯あみをする。

 山吹のお気に入りの日課だ。

 月光に照らされた自分のスラリと伸びた脚にうっとりする。

 

 

 その時だ。

 

 

 ────ミシリ……。ミシリ……。

 

 人が歩くような音がした。

 

「誰だい?」

 

 振り返る山吹の目に見えたのは、薄い桃色、桜柄の着物のすそだった。それがスッと廊下の方へ消えていく。

 

 

「…………」

 

 

 山吹の表情が曇る。あの着物の模様には見覚えがあった。

 自分が一番初めに手をかけた若い女中がよく着ていた着物だ。

 

 あんな柄の着物を着ている者はこの城には……。

 

 そこまで考えて、山吹の背中に寒いものがよぎる。

 

 この城にはもう、女は居ない筈だ。

 

 では、今見た女物の着物は?

 

 

 ざばりと湯から立ち上がり肌着を手に取る。一瞬だったし、きっと見間違いだ。酒を飲んで湯あみをしたからそう見えただけだ。

 自分に言い聞かせ、寝室へと向かった。

 

 

 

 

 

「なんか、最近顔色良くないね」

 

 山吹の顔を覗くようにして玄が言った。彼女は機嫌が悪そうにフイと顔をそむける。

 

 

 最近よく寝られていない。

 それというのも……。

 

 

 山吹は目の前の鏡を見た。

 鏡の中に少し疲れた自分の顔が映る。

 その後ろ、灯りの届かない薄暗い部屋の隅から女が恨めしそうにこちらを見ている。

 

 

 あの女……。

 

 この城で一番美しい女中だった。

 この城の城主、夫に色目を使い山吹にも敬う態度をとりながらも、その目の奥のには、自分の方が女として城主に愛されているんだという自信が滲み出ていた。

 

  許せなかった。

 

 

  あの女の飲み物に少量の毒を入れ、動けなくしてから少しづつ血を抜いた。

 自慢の顔も切り刻み、二目と見られないようにしてやった。自分への恨み言を呟いていたが、その度に身体に針を刺すと、恨み言がうめき声に変わりなんとも愉快だった。

 

 その女が今、こちらを見ている。

 生前は一つにまとめていた艶やかな髪も、腰の辺りまで下ろされ、顔を半分覆うぱさぱさの髪の毛の間から見える目はくり抜かれたように漆黒の闇だ。そこから、血のようなものが滴り落ちている。

 

 山吹は小さく舌打ちをした。 

 

 最近、山吹は自分が殺した女達が見えるようになっていた。

 幽霊なんて信じてはいなかったが、ここまではっきり見えると流石に目の錯覚とも言えなくなってきた。

 しかも、彼女らは自分にしか見えていないらしい。

 

 

「冗談じゃない」

 

 山吹は鏡台に置いていた霊薬の蓋を乱暴に開けると、ぐいっとあおった。

 

 

 

 

 

 

「邪魔するよ」

 

 

 ゆらりと部屋の中に入って来たのは玄だった。

 

「お……前っ‼」

 

 縛られた体勢のまま、白銀は訪問者を睨む。

 拘束されて半月程だろうか、白銀の身体は山吹に付けられた傷痕だらけだった。ろくに食事もらず弱っている筈なのに、玄を見据みすえる目だけはギラギラと殺気を帯びていた。

 玄はそんな白銀を感心したように笑う。

 

 

「いやいや、凄いね君。僕が付けた傷、もう治ってる」

 

 言うと玄は白銀の肩をじっと見つめる。

 結構深く刺さった筈だが、もう跡形も無い。

 

「白鬼は治癒ちゆ能力高いって噂、本当だったんだねえ」

 

 

 玄は自分の顎をさすりながら、ぐるりと白銀の周りを観察するように周った。そして、玄はおもむろに臙脂えんじ色の懐から小刀を取り出しさやを抜く。

 冷たく光る銀色の刀身が姿を見せた。

 

 

「…………」

 

 

 黙って睨む白銀に、玄が手を伸ばした時だった。

 

 

「うわっ‼なんだ?」

 

 小さい黒い塊が玄に向って飛んできた。それは、狭い部屋の中で壁すれすれに方向転換すると、また向かって来る。

 

 

「チュイっ‼よせっ」

 

 白銀が叫ぶと塊は天井へと飛び上がり、はりに止まってこちらを見下ろす。それは一羽の燕だった。

 

「驚いた。君、燕の友人なんて居たんだ?」

 

 苦笑いする玄は続けた。

 

「安心しなよ。今は僕は君たちの味方だ。契約したんだよ桔梗ちゃんと」

 

「……は? ……契約? お前、あの女を裏切ったのか?」

 

「人聞き悪いなあ。元々依頼人ってだけで仲間じゃないし、“不老不死の薬”ってのが、今の大まかな依頼だったからさ。それが存在しないってなると、何も依頼されてない状態だし。今、僕が誰と契約しようと僕の勝手だしね」

 

 

 言った後、玄はにんまりと笑う。

 

 

 ────何より、君達の方が面白そうだしねえ……。

 

 

 玄は小刀で白銀を縛る縄をスッと切る。

 途端に白銀の身体はどさりと床に落ちた。玄は、同じように足を縛る縄も切ると小さな薬の瓶を白銀に差し出した。

 

 

「桔梗ちゃんから預かって来たよ。君が弱っているようだったら飲ませてくれってさ。彼女、ずっと君を心配していたなあ」

 

 薬の瓶を白銀はじっと見つめる。玄の言葉を信じていいものか迷っている様子だった。

 

「別に、飲んでも飲まなくても好きにすると良いよ。それより面白いモノが見られるかもね」

 

 玄はそう言うと部屋の出口へ歩き出した。

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