第13話 取引
ギシッ……。
「……うぅ」
何かが
頭の奥が痺れている感じがする。身体も思うように動かない。
────ああ、あの女。毒針なんか隠し持っていやがった。
白銀は
「くそっ‼」
悪態をつくとまたギシリと音がした。
そこでやっと、今の自分の置かれた状況に気が付いた。
物置のようなそこまで広くもない部屋。明り取りの小さな窓がひとつだけあり、そこから日の光がすっと入り床を照らしている。
白銀はそこに半裸の状態で、両手、両足を縛られていた。
両手は頭の上で括られ、その縄は天井の
足が、つくかつかないか。ほとんどぶら下がっている状態なので、少しでも身体を動かすと梁に結ばれた縄が軋み、音を立てていた。
「なんて
────守れなかった……。
情けなくてうなだれていると。
「おやおや、いい眺めだねぇ」
山吹が、腰をくねらせながら部屋に入って来た。
白銀はまだ自由の利かない身体で、必死に顔を上げそれを睨む。
「嫌だねえ、そんな目で見ないでおくれよ」
白銀に近づき白い指でその顎をクイと上げた。金の瞳が真っすぐ山吹を見据えた。
「化け物のくせに、えぐりたくなるくらい綺麗な金色だねえ……」
山吹はうっとりと白銀の瞳を覗き込んだ。
「……あんた、若い女の血を浴びてんだって?」
絞りだすように白銀が言うと、山吹は二ッと口角を吊り上げた。
「うふふ、そうなのよ。若くて綺麗な女の血を浴びると、若さと美しさを保てるって聞いてねえ。たまに飲んだりもしてたんだよ?」
「人が人の血を飲む? ……はっ、どっちが化けもんだか。不老不死
の薬は残念だったな、ざまぁ……ぅぐっ」
山吹の歯が、白銀の首筋に食い込む。白銀がそれに
「……っう、な……にしやがるっ……‼」
噛みついた口元がニイッと笑うと、そこから真っ赤な血がすうっと白銀の胸元へと流れた。
「や……めろ……」
山吹は噛みついたまま白銀の身体をゆっくりと撫でる。その指が腹部の筋肉の
「んぅ……っ」
「おや、感じてるのかい? 白鬼といっても、人間の男と変わらないんだねえ」
「ふ……ざけん……なっ‼ババァっ」
山吹の顔が険しく
「口の利き方に気をつけなっ‼」
「ぐぁぁァァ────っ‼」
玄に傷つけられた脇腹の傷口に山吹の長い爪が食い込み、その傷を更に広げる。ぐちゅりと嫌な音がした。
「お前の態度次第で、あの霊薬師の娘の運命が決まるって事覚えておくんだね」
「あいつを……どうするつもりだ……?」
背中で白銀の言葉を聞きながら、山吹は何も言わず扉を閉めた。
※
ここに来てから何日経つのだろう。
玄は白銀の血の入った硝子瓶を持ってきた。それと引き換えにその血で出来た霊薬を持っていく。
毎日それの繰り返しだった。
────あいつは毎日血を流している……。
無事なんだろうか……。そればかりが気になっていた。
「顔色、悪いね」
霊薬を受け取った玄は、格子の向こう側で無表情で正座をしている桔梗を見て言った。
それはそうだ、毎日力を使っている桔梗の顔色は日々悪くなっていた。
「霊薬師を無理やり囲うなんて、馬鹿だね。あの女も」
玄は手の中の霊薬の瓶をくるくると回して眺めている。
「玄……とかいったな? お前、何であの女と組んでいるんだ?」
「んー? そんなたいした理由は無いよ……強いて言えば」
霊薬から桔梗へと視線を移し
「面白そうだったから」
桔梗は理解が出来ないと言うように、眉を
信頼関係で繋がれた仲、という訳では無さそうだ。
それなら……と桔梗は思った。今の状況を
「ひとつ、提案があるんだが」
────これが吉と出るか凶と出るか……。
「私に協力してくれないか?」
玄の目がスッと開いた。先ほどまで張り付いていた笑みも引いている。
「僕に寝返れと? それで僕に何か得になる訳?」
「面白いものが見たいんだろう?」
「…………」
玄は無表情のまま桔梗を見ている。そこからは何の感情も
「見せてやるよ。お前が望む面白いものってやつを」
玄は黙ったままだ。
「謝礼もはずもう」
そこまで桔梗が言うと、玄は「ふーん」とその場にしゃがんで、姿勢よく目の前に座る桔梗と視線を合わせた。
「霊薬師が殺し屋と取引かあ」
「…………」
桔梗は息を殺し、玄の言葉を待つ。
玄の山吹に対する信頼、忠誠心の薄さ。そこにつけ込む以外、今この状況を打開する策が見つからない。一か八か、桔梗の賭けだった。
「いいね、それも面白そうだ」
玄は霊薬を袖の下に仕舞う。
「で? どうするつもり?」
玄はそう言うと、再びいつもの薄ら笑いを顔に張り付けた。
※
「霊薬ってのはほんと、素晴らしい薬だねえ」
玄から霊薬を受け取った山吹は、瓶の蓋を開け中の液体を一気に飲み干すとため息交じりに言った。
確かにこの薬を飲むようになってから、山吹の肌質だけではなく年齢すら
霊薬の効力は目を見張るものがあった。
その神がかり的な力に、玄は言い知れない怖さを感じていた。
「あの霊薬師の様子はどうだった?」
「……顔色がだいぶ悪かったよ。少し無理させ過ぎなんじゃない?」
玄の言葉に、山吹は少し考える素振りをする。
「そうだねえ、死なれちゃ元も子も無いからねえ……でもまあ、暫くは頑張って貰おうか。だって見てみなよこの肌。まるで十代の娘みたいじゃないか」
山吹は、袖から覗く自身の腕をゆっくりと撫でながら目をうっとりさせて言った。
────僕も人の事言えた義理じゃないけどさ。
腕組みをしたまま、そんな山吹を眺める。
────こいつ程考えなしに私利私欲に溺れられる人間もいないよねえ……。だから面白かったんだけど。
山吹は霊薬師に霊薬を作らせるようになってから、玄の興味をそそるような事をしなくなっていた。
何より山吹の馴れ馴れしい態度も鼻につくようになっていたので、丁度いい頃合いだと思った。
「さて、どうするつもりなのかねえ……」
玄は、山吹に聞こえないようそう呟くと
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