第15話 末路
「よせっ‼来るなっ‼」
走りながら後ろを振り向くと、おびただしい数の女達が足を引きずりながら、地べたを
急に、着物の
「くっ……‼」
すぐに起き上がろうと顔を上げた時、山吹はその目に飛び込んできた光景にぎょっとした。
「ば、馬鹿なっ……‼」
城内を走っていた筈だった。……が、今自分が倒れている場所は城から少し離れた蔵。
あの女達を拷問し、血を抜いて殺した場所の前だった。
山吹は
自分を拘束していた部屋から出ると、
「チュイっ、
燕は短く返事をし、白銀の前を飛んで行った。
桔梗の場所へと案内しようとしていた玄は、そんな白銀の背中を見送る。
「燕と話せるなんて、……ますます面白い」
玄はまた感心したように言うと腕を組んだ。
「桔梗っ‼」
桔梗の居る牢は、だいぶ離れた場所にあった。
白銀は格子に張り付く。
その向こうの桔梗は、ぐったりと横になっていた。
白銀が掴んだ格子に力を入れた。木製の格子はメキメキと徐々にヒビが入っていく。
「くっそおぉぉぉっ‼」
こめかみの血管が太く浮かび上がると同時に、バキッという音と共に格子が崩壊した。
桔梗の
「桔梗っ‼おい、大丈夫か?」
「うるさいな……聞こえている……」
か細い声で言うと、桔梗はゆっくりと目を開けた。少し視線を泳がせた後白銀と目が合い、フッと笑う。
「お前、やっと名前で呼んでくれたな」
「……今そんな事言ってる場合かよ……」
安心したからか、白銀はがっくりと肩を落として大きくため息を吐いた。
「そろそろ頃合いか……」
「何の事だ?」
桔梗の言葉の意味が分からず首を
「ここを出よう。肩を貸してくれ」
そう言うと立ち上がった。
城の外に出ると悲鳴が聞こえた。
「あっちだ」
桔梗が例の蔵のある方向を指さす。
「……どういう事だ、これは……」
蔵の前まで行くと白銀は目の前の異様な光景に
そこには、何かに怯えている様子の山吹が「こっちに来るな」と、何も無い所に叫びながら手をがむしゃらに払っていた。
そして、二人の見ている前で徐々に顔が崩れて行く。
あっという間に、山吹の顔は老婆のように
「あああぁぁぁぁぁっ‼」
山吹は自分の皺だらけの手を見つめ、悲痛な叫びを上げた。
「れ……霊薬師……」
そこに居る桔梗に気が付いた山吹は、這うように近づく。
「私に霊薬を……若返る……薬……を」
涙ながらに
が、自分を支えていた白銀から離れ、山吹の元へよろよろと歩き出す。
「助けるか助けないかは私の気分次第だ。例え相手の希望であっても、その意志に沿うかどうかは私が決める」
桔梗は山吹を見る目をスッと細める。
「お前は私を怒らせた」
「あ……あぁ……」
そこまで言うと、山吹にもその意味が理解できたのかその場で泣き崩れた。
桔梗は
「苦しまずに死ねる毒だ。その姿のままあと数年生きるか、自ら命を絶つか選ぶといい」
そう言うと桔梗は立ち上がった。
「権力者が霊薬師を無理に囲わない理由があれだよ」
桔梗と山吹の様子を黙って見ていた白銀の後ろで声がした。
いつの間にか玄が背後に立っている。
気配が全くしなかった。不気味さを感じながら白銀は玄を見た。
「そこに信頼関係が成立していなければ、霊薬だと思っていた物が知らずに毒を飲まされているかもしれない。危険なんだ。霊薬師を傍に置くという事は」
白銀は再び桔梗の背筋の伸びた後ろ姿を見た。
「心の風向き次第で、相手の命を左右してしまう……。そんな能力を持つ霊薬師を、人は
玄は深紅の目を桔梗に向ける。
「“神に一番近しい者”と」
「神……」
桔梗はくるりと身体を反転させ、二人の方へと歩み寄る。そして、白銀の前で足を止めると。
────パシンっ。
「っ!?」
桔梗の右手が、白銀の
白銀はなぜ桔梗がそんな事をするのか、分からないという顔で彼女を見る。玄も驚いた様子でそれを見ていた。
「私のために自分を危険に晒すなと言った筈だ。なぜ一人で逃げなかった?」
「な……」
桔梗の言葉に、白銀は反論する。
「置いてける訳ねえだろっ!!あんな状況で、あんたが何されるかも分からねえのにっ!!」
そこまで言うと、白銀の目がハッと見開かれた。
目の前の桔梗の顔が、一瞬泣きそうに見えたからだ。
桔梗の指が白銀の身体をそっと触る。血色の良くない彼女の手は、いつもより一層白く見えた。
「こんなに傷だらけになって……」
ほとんどが山吹につけられたものだ。白銀の身体には無数の切り傷が刻まれていた。
「こんなの、大したこと……」
「私のせいだな……」
桔梗は自身の額を、白銀の胸にひたりとつけた。
白銀はその行為に一瞬戸惑うが、その感触に焦りの表情が浮かぶ。彼女の額はまるで体温が無いかのように冷たかった。
「すまない……」
同時に桔梗の身体から力が抜ける。そのまま倒れこみそうになるのを、慌てて白銀が支えた。
酷い顔色だ。
「霊薬作るのに、結構力使ったみたいだからねえ……」
自分はさも関係ありませんという言い方の玄を、白銀は鋭く睨み付けた。
「言い争ってる時間無いと思うよ。早く横にして休ませてあげないと」
玄は、両手を顔の高さでひらひらとさせながらへらっと笑ってみせる。
確かに玄の言うとおりだ。こんな奴は相手にしていられないと思い、桔梗を抱きかかえると、白銀は急いで町の方へ向かった。
軽い。というのが第一印象だった。そして、白銀の不安を掻き立てたのは、その体温の低さだ。衣服の上からでも普通は感じられる筈の温かさが全く感じられない。
体温が下がるという事はどういう事なのか、さすがの白銀にも理解ができる。
「死ぬなよ、桔梗っ」
祈るような気持ちで駆ける。
そんな白銀の背中を玄は無言で見送った。
「く、玄っ……!!」
呼ばれて振り返ると、すっかり老婆になってしまった山吹が地面を這いながら、すがるように右手を伸ばしていた。
玄はそれを冷ややかな目で見る。
「あの女達が……殺した筈なのに、私を……連れて行こうとしてるんだ。玄、殺せ……!!目障りなあの女どもを私の前から消しておくれ!!」
「女……ね。僕には何も見えないけど」
桔梗に幻覚作用のある物でも飲まされたのだろう、錯乱状態の山吹が指差す方向には何の気配すら感じない。
「しかし、随分愉快な見た目になっちゃったねえ。最後の最後に中々面白いものが見れたよ」
玄は山吹の前まで行くと、彼女の前に置いてある薬の瓶に手を伸ばした。
「な、にを……」
「楽に死なれるのはつまらないじゃない? 僕、あんたが大嫌いだったからさ」
山吹の顔が醜く歪む。皺だらけの顔が更に皺々に見えた。
「玄っ……貴様っ!!」
「その姿のまま、せいぜい長生きしなよ。じゃあね」
玄は薬の瓶を
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