第3話 霊薬師
「そう落胆するな。助けられんとは言っていない」
言うと、桔梗は目を閉じた。
途端に桔梗の身体が
山犬も、薄く目を開きその様子を見ていた。
それはとても美しい光景だった。
なぜ人が光っているのか。この女は何をしているのか。様々な事を思い、困惑しながらも白鬼は魅入るようにそれを眺めた。
「なん……なんだ? あんた……」
白鬼の問いには答えず、彼女は瓶の
「これを飲めば、じきに治る。完全にな……」
桔梗はふうと大きなため息をつき白鬼を見上げた。その顔は、少し青ざめて見えた。
「少し疲れた……しばらく休む……ぞ」
言うとそのままその場にはたりと倒れこんでしまった。
「え? おいっ!!あんた、どうしたんだ?」
驚いた白鬼は桔梗に駆け寄り上体を抱き上げた。彼女の口元からはすーすーと
寝ているだけだと分かり
※
目覚めて最初に視界に入ったのは、
徐々に
「
不意に声がしてそちらに顔を向けると、銀髪の男が岩肌を背もたれに
「……ってやつなんだって? あんた。爺さんに聞いた」
桔梗はけだるげに上体を起こしつつ、気になっていた事を口にした。
「ひょっとして……だが、お前……その山犬と話せるのか?」
「ある程度の動物とは話せる。あんたは話せないのか?」
「普通の人間は動物とは話せない。まさか、言葉もその山犬に?」
白鬼にそんな能力があったなんて知らなかった。
「言葉だけじゃない。いろんな事を教えてもらった」
「……そうか」
中々
「私はどのくらい寝ていた?」
「……半日くらいか? そろそろ夜明けだ」
「よし、では今から例の薬草の場所へ案内してもらおうか」
「今からか? 体はもう平気なのか?」
「少し疲れただけだ、寝れば回復する。急がなきゃならない。頼む」
集落に居る病人の中には、一刻も早く処置を施さなければならない者も何人かいた。そうそう休んではいられない。
白鬼は「分かった」と言うと、スッと立ち上がった。
洞穴から出ると、丁度東の空が赤く染まっていた。
今日も暑くなりそうだ。
案内するため前を歩く白鬼の後を桔梗は追う。
不意に白鬼が歩みを止めた。
急に礼を言われた桔梗は驚いて目を丸くしたが、前を歩く背中に「どういたしまして」と言い口元を
白鬼に案内された場所は、集落に流れ込む沢の上流。こんこんと水が湧き出る泉だった。
思った通り、例の薬草がかなりの量
「やはりな……」
「なんなんだ、この草は」
桔梗は、その葉を一枚ちぎると指で揉み匂いを嗅ぐ。
「ツルギソウという草だ。この根は少量だが毒を分泌する。少しなら人体に影響は無いが、この量では……」
そう言うと泉の周りをぐるりと見まわした。
長老は草食動物が増えたため、薬草を含む草木が減ったと言っていたが、この十数年で再び均衡が保たれてきたのかも知れない。
「根の毒が水に溶けだして、沢の水を飲み続けた集落の人達の身体に徐々に蓄積していき、中毒症状を起こしたんだろう。この葉はそれを中和する作用があるんだ、葉を持っていきたい。手伝ってくれ」
ツルギソウの葉をプチプチと採取しつつ、白鬼を見上げると彼は複雑な顔で立っていた。
その顔を見て思い出す。山犬達を狩り、その種を絶やしたのはあの集落の人間だ。もちろん、その事はあの祖父と
作業を手伝うという事は、集落の人間を救う事に加担をするという事だ。
「いや、やっぱりいい」
そう言って集落で借りた
しばらくすると、バサッと音がして竹籠が一気にツルギソウの葉でいっぱいになった。
見上げると緑に染めた手で額の汗を拭う白鬼が立っていた。
「こんだけあれば十分だろ?」
「あ、ああ。ありがとう」
礼を言うと男はぼそりと呟くように言った。
「爺さん、助けてくれたからな。山降りるなら途中まで送る。ここからだと、ちょっと道が複雑だから」
道中彼は色々と話をしてくれた。
この辺りの冬は雪が深く、“
「お前の血が目的で山に入った連中はどうした?」
そう聞くと、彼は少し間を置いて「爺さんが片付けた」と早口に言った。
「ここを真っすぐ歩けば里に着く」
白鬼は里があるであろう方角を指さす。
「ああ、ありがとう」
「いや、別に……礼を言うのはこっちのほうだし……」
白鬼は照れたように頬を掻くと、「じゃあな」と
桔梗はその背中を暫く眺めていたが、「よし」と背中の荷物を背負いなおし集落へと歩き始めた。
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