05話.[動けただろうな]
「叩かれるようなことはなかったけど言葉でぼこぼこにされたよ、特に郁沙からさ」
「大丈夫そうですか?」
「隠し続けたときと比べたら大丈夫だと思うよ」
よし、これでごちゃごちゃすることもなくなるから部活に集中できるようになる。
そのため、いつものように読書を始めようとしたら開く前に取り上げられて無理になってしまった。
これだけはいつまでも変わらないぞと、直接言葉にされていないのに言われている気分になった。
「あれ、これよく見たらこの前とは違う本だ」
「最新巻まで読んでしまいましたからね」
可能な範囲でどんどん新しい本を買って対応していくだけだった。
というか、一つの作品が完結するまで待っているなんてできない。
「おお、って、私が知文のことで困っている間に自由にしていたみたいですね」
「でも、はっきりしてもらえてよかったですよね?」
「私は別に知文のことが好きじゃなかったからね、いまさらはっきりされても困るだけなんですよ」
すっきりしたのは部長だけ、ということか。
好きな人に振り向いてもらいたいからとはいえ、その人の好きな人と仲良くするなんてどうかしている。
なにもかもが部長のせいだ、そして、自分は関係ないとばかりににこにこしながら見てきている部長は駄目だった。
「よっこらしょっと」
「って、本を返してくださいよ」
「いま私は読書中なの、お喋りなら後にしてくれないかしら?」
誰だよ、まあ、静かになってくれるということならこれでいいか。
今回も本を複数冊持ってきているから活動終了時間まで暇すぎる、なんてことにはならなかった。
この狭い部室に複数人いるというのに珍しく誰も喋らない時間が続いた。
最初は集中できてよかったものの、途中から逆に不安になり始めてしまった自分がいた。
「埜乃、これ借りていってもいい?」
「ちゃんと返してくれるのならいいですよ」
「うん、ちゃんと明日には返すからさ」
読書を好きになってくれるのであれば大歓迎だ。
部長が嬉しそうな感じなのは単純に先輩がここに来る可能性が上がるからだろうけど、私的にも二人が一緒に行動してくれていた方がいいから悪いことではない。
変に離れるから面倒くさいことになる、で、こちらが動かなければならない可能性が上がるからもうくっついていてほしかった。
「そろそろ片付けて帰ろうか」
「今日はあっという間でした」
「そうだね」
こちらは部活が終わった後に道明君と集まるという約束をしていたため、すぐに別行動をさせてもらうことになった。
自惚れでもなんでもなく私の行動次第で変わってしまうことだから仕方がない。
「よっ」
「おう」
わざわざ公園で会っているとそれこそ別々の高校に通っているみたいに見えるけどそうではないよな、と。
「一人でいるときによく考えてみたんだけどさ、埜乃は一人でも大丈夫だよな」
「私ももう高校生だからね」
ほらきた、どうせすぐにこうなると分かっていた。
ま、彼女さんといられないのをいいことにアピールとかをしていたわけではないから少し前までみたいに戻してしまえばいい。
なかったことにしてあげれば彼も引っかからずにやりやすくなるだろう。
「仲直り、するべきだよな?」
「当たり前だよ」
もうこうやって聞く時点で彼の中ではどう行動するべきなのか決まっているのだ。
だから背中を優しく押してあげればいい、効果がちゃんとあるのかどうかは本人ではないから分からないけども。
「……いまから行ってくるわ」
「うん、行ってらっしゃい」
なんとなくすぐに帰る気にはなれなくて公園に留まっていた。
私が読書をしている間にみんなはどんどんと変えていく。
別にそれが駄目なこととは言わないけど、寂しく感じてしまうのは何故だろうか。
「仲直りすることを決めたんだね」
「はい」
「で、いいことをしてくれたはずなのに埜乃はどうしてそんな顔をしているの?」
何故かではないか、ああして自分の側から人が去っていくからだ。
「なんでもありません、帰りましょう」
「分かった」
家まで来るとかそういうこともなくて途中のところで一人になった。
別れたところから家は近いからすぐに着いたけど、着いてからなんで当たり前のように見て、聞いていたのと文句を言いたくなった。
「あ、いい匂い」
「おかえり」
「ただいま」
母がいてくれればそれだけでいい……とは最近、思えなくなってきてしまった、わがままだからそれだけでは物足りないと求めてしまっている自分がいる。
食べさせてもらいつつその話をしてみたら「当たり前だよ」と言われ、自分が言うのと言われるのとでは全く違うことを知った。
道明君だって母から言われた方が早く動けただろうな。
「今度また郁沙ちゃんを連れてきてね」
「あ、あやさ……ちゃんって誰?」
「ははは、埜乃は面白いことを言うね」
面白くなんかない、だって母にも負けているからだ。
あと、来ないときはとことん来ない人だから期待するべきではないことだった。
「今日は部室に行かずにサボろうよ」
「え、もう扉を開けようとしているところなんですけど」
「まあまあ、開ける前ならノーカンだよ」
来てくれたら来てくれたで急にこうして変なことを言い出すから困ってしまう。
ただ、どうするべきかと悩んでしまった時点で既に負けているような気がした。
来てくれたら来てくれたで簡単に変わってしまうこちらも問題だと言える。
「ほら、知文と一緒にいてもなにも意味はないでしょ?」
「ちょ、吉水部長が可哀想ですよ、今日だってあなたが来るのをどうせわくわくしながら待っているんですよ?」
なんだかんだ来てくれると期待して一番にこの部室に行くようにしているのだ。
そう考えると意外と可愛いのかもしれない、先輩のなにかに突き刺さる可能性はゼロではない気がする。
「正直、根岸さんの方が僕に酷いことを言っているよ」
「あ、この人を止めてください」
「とりあえず入ろうか」
正直なところをぶつけて積極的に行動するのかと思えば残念ながらそうではないということになる。
道明君みたいに男らしさというやつを見せつけるべきだ、そうしたら絶対に先輩だってなにも影響を受けないということはない。
「あれ? もしかしてこの人が……」
おいおい、せっかく解決したところなのにまたよくないことをしてくれるじゃん?
というか、部長や先輩と比べて小さいな、中学生を無理やり高校に連れ込んでいるように見える。
「うん、平瀬
「あの、思い切り腕を引っ張られていますけど大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫」
先輩はこの人のことが好きで、この人は部長のことが好きで、部長は先輩のことが好きってどうすればこんなに上手くいかない関係が出来上がるのだろうか。
「林檎? ああ、この子は根岸埜乃さんだよ」
「よろしくお願いします」
ああ、信用できるまで代わりに話してもらう系か、で、そうやって頼っていたら好きになってしまっていたというやつか。
先輩だって同じようにやってきただろうにたった少しのなにかの差で取られたとなればそりゃ諦めたくなるというものだ。
「それじゃあ私は読書タイムに入ります」
「私もー」
明日から私と先輩だけにならないかなと内で呟く。
一対一なら全く問題にはならないし、一人だけだと何故か大人しくなるからこちらとしても楽だからだ。
派手な感じにしたのは諦めるためだけではなく、他の色々なものを隠すためでもあるのかもしれなかった。
「……なんですか?」
使わなくなった学校ならではの机と椅子があるだけだから移動は簡単で、だからこそこの前の幼馴染君みたいなことができてしまう。
そもそも全く知らない人が目の前に立っているというだけで集中なんかできないようになる。
「……あ、郁沙……ちゃんと仲良し……なんですか?」
「先輩と? えー……っと」
ちらりと確認してみたら先輩は読書に集中しているのか全く気にしている様子はなかった。
こういうときこそいつもみたいにすぐに反応して代わりに相手をしてもらいたいところだけどどうやら今回は一人で頑張る必要がありそうだ。
……気にするということはまだ可能なのではないかなどと考えつつも、仲良くはないと答えておく。
「安心、できました」
「え、なんでですか?」
「郁沙ちゃんを取られたくないので」
なんかむかついたから今度は私が本を取り上げておく。
「いいところだったのに埜乃の意地悪」などと言っている先輩を無視し、部長の腕を掴んで部室から廊下へ移動した。
「どういうことですか?」
「んー、郁沙が勝手に諦めてしまっただけかもね」
「じゃああの取ってしまった発言はなんだったんです?」
「ははは、僕だけ取り残されてしまっていたようなものだよね」
笑い事ではない、なんてことをしてくれるのだこの人達は。
解決したように見えてなにも解決していない、いや、それどころかより酷くなっているとしか言えない。
「郁沙が幸せそうなら僕はそれでいいよ」
「そこは本当なんですね?」
「うん、僕が郁沙を好きなのは本当だよ」
「そうですか」
あの人なら勝手にやるだろうし、好きな人からアピールをされれば影響力が段違いだから心配する必要はないか。
「愚痴を聞くぐらいならできるので、吐くだけ吐いて諦めてください」
「どうして? 根岸さんには関係ないでしょ?」
「駄目なんですよ、あの部活が恋で滅茶苦茶にされるのが気に入らないんです」
「最初からそうだけど、きみは自分に正直ですごいね」
いや、褒められている気はしないけどそんなことどうでもいいから守ってほしい。
このままを続けるということなら今月いっぱいでこちらが退部するしかなかった。
「あれ、部室に行かないのか?」
「辞めた」
「は? え、あ、辞めさせられたとか?」
「ううん、三角関係が面倒くさいから辞めてきたんだよ」
だから今日から私の活動場所は放課後の教室か家で、ということになる。
それより珍しくすぐに出て行かないねとかわりに言ってみたら「急いで帰っても意味がないからな」と返ってきた。
テスト期間も終わったし、他校だし、それになにより彼女さんは部活をやっているから仕方がないか。
「あ、そういえば言わなければならないことがあってさ」
「うん」
仲直りできたからこそそわそわする、こういう時間が辛いとかそういうことだ。
ま、こちらに関してはなんにも害とはならないわけだから安心していられた。
どんどんと問題が出てくるあの部室とは違うのだ、やはりこれまで一緒に過ごしてきた時間の長さの違いがもろに結果として出ている。
「『そんなに埜乃さんのことが気になるなら埜乃さんと付き合えばいいよ』と言われたんだ」
「え、マジ?」
え、なんで私と関わってくれる人達ってこういうことにするのが得意なの?
いや、冗談でもなんでもなくそれが本当なら困る、あの三人のために動くのは嫌だけど彼のためなら気にならないから、動くからいまからでもなんとかならないだろうか……。
「おう、仲直りしようと動いた結果がこれだからもういいだろ? よし、じゃあ今日は俺の家に行こうぜ」
「どうしてそこからよしに繋がるの?」
「だって付き合っている状態だと変な遠慮をするだろ? もう別れたわけだから遠慮する必要はないぞ」
いや、いやいやいや、あくまでそれはまだ付き合いたいから無理やり捻り出したようなもので、その発言通りに行動されても彼女さんは困ってしまうわけで……。
「毎日会えないのも嫌だったみたいだからな、そうか、これまでありがとうと言って終わらせてきたんだよ」
「おばか、なにをしているのさ」
「いいだろ、動いた結果がそれなら諦めるしかないだろ」
これもまた実際に話を聞いてみたら全く違っていた、なんてことになりそうだ。
ただ、連絡先を知っているわけではないから私が呼び出すことはできないし、彼に頼んだところで「もういいだろ?」となるに決まっている。
……一人で行かせたのが間違いだった、尾行でもなんでもしてなんにもなかった場合にだけ大人しく帰ればよかったのだ。
「はい」
「ありがと」
「本を読んでいいぞ、俺は適当に寝転んでいるからさ」
よ、読みづれえ! あの話を聞いた後に集中できるわけがないでしょうが!
そういうのもあって本も出さずに目を閉じている彼を見つめていると、すぐに気づいて「なんだよ?」と聞いてきた。
「付いて行ってあげるからいまからでも仲直りしようよ」
「もういいだろ」
「いや、絶対に本心からじゃないって、それでも君が動いてくれるのを期待して待っているのが見え見えじゃんか」
「なら行くか、直接聞けば分かるだろ」
よしきた、こうなったらもう駄目な結果にはならないから安心できる、帰ってゆっくり気持ち良く寝られるから私としてもいいことだと言えた。
「よう」
「なんでまた来たの? もう終わらせたはずでしょ?」
ひぇ、人ってここまで冷たい声を出せるのか。
部長がああして言ってきたときだってまだ温かった、これを聞いてしまった後だとなおさらそう感じる。
「もう終わりでいいんだろ?」
「だからそう言ったでしょ」
「よし、じゃあこれで帰るわ」
か、隠れておいてよかった、もし一緒にいたらなにを言われたのか……。
で、二人で電車に乗って帰っている最中に謝罪をしておいた。
「この件はこれで終わりな」
「うん、あれを見たら私も黙っているしかないし……」
「あ、だからって埜乃と付き合うとかそういうことじゃないからな?」
「わ、分かっているよ、むしろすぐに切り替えられたら私が嫌だよ」
「俺はさ、見ているぐらいが丁度いいんだよ」
見ていることが好きならあの部室に行けばいいと思う、現在進行系で恋をしている三人を嫌でも見ることになるのだからね。
まあ、つまらない場所というわけではないから単純に参加してみるというのもありだろう。
そのまま気に入ればあの緩い部活に入部してもいいし、微妙そうならなかったことにして自分のしたいことをすればいい。
「ちょっとスーパーに寄って菓子でも買うわ」
「うん、じゃあまた明日ね」
「おう、暗いから転ばないように気をつけて帰れよ」
「君もね、それじゃ」
もう時間的にも意味はないけど走って帰った。
家に着いたらすぐにご飯を食べて、温かいお風呂にも入った。
一日に一回、最低十分は母と話すと決めているのもあって話していたのだけど、楽しすぎて寝る時間になってしまったという……。
ま、まあいい、こういう時間は大切だから後悔する必要はない。
「あ、おかえりー」
「は……?」
「部室に来てくれないと会えないからここで待っていたんだ」
先輩はいつものように「よっこらしょっと」と呟きつつ立ち上がると、入り口で固まっていた私の前まで歩いてきた。
それでもまだ固まっていると「今日は遅かったね」と。
「え、お母さんはなにも言ってきませんでしたけど……」
「あ、内緒にしておいてほしいって頼んでおいたからね」
「そ、それと、平瀬先輩が許さないんじゃないですか?」
「林檎? どうして埜乃の家に行ったら林檎が許さないの?」
「だって先輩のことが好きじゃないですか」
隠しても仕方がないし、あの人から嫌われてもなんにも問題には繋がらないから行ってしまう。
むしろ知ってもらえて嬉しいだろう、これで私はまた誰かのために動けたことになるのだ。
「違う違う、私が林檎のことを好きなんだよ? あ、好きだったんだよ?」
「違いますよ。あなたが読書に集中しているとき、私は確かにこの耳で『取られたくない』と言ったのを聞きましたから」
「え……」
「信用できないなら吉水部長でもいいですよ」
好きな人からアピールをされたのなら絶対に変わる。
部長をなんとかしようとするよりもこちらに変えてもらった方が早そうなので、今日ここに来てくれたのはラッキーだった。
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