06話.[振り向かせます]
「さーて、今日も読書をしなきゃねー」
「読書好きになってくれたのはいいんですけど、どうして部室に行かないんです?」
部活を辞めた私がいるということは=として部室ではないことになる、そして彼女は何故かここで読書をしようとしているわけだ。
「え、そんなの埜乃がいないからでしょ」
「私がいなくても吉水部長やあの人がいればよくないですか?」
平瀬先輩の方が幼馴染君の彼女さんよりよっぽど厄介だった、いまだってもしかしたら急襲してくるかもしれないという不安がある。
だから自分だけのことを考えるのであれば教室に残るのはやめてさっさと帰ってしまった方がいいことになるけど、そうすると残念ながら先輩も付いてくるだろうからできないのだ。
「駄目駄目、そもそも私がこうして読んでいる本って埜乃のだからね」
「ちゃんと返してくれればそれでいいですけど……」
物を雑に扱ったりしない人ではないから私も安心して貸すことができている。
でも、いまはそのことよりも平瀬先輩のことが気になって仕方がない状態だった。
そもそもこの人はちゃんと確認したのだろうか? ちゃんとその話をしているうえで来てくれているならまだいいけどなんにもなしにここに来ているのだとしたら先輩からも逃げなければならなくなってしまう。
「邪魔はしないから許してよ」
「……じゃあ十七時半までにしましょう」
「うん、部活じゃないからね」
で、大体三十分ぐらいが経過したときのこと、一旦休憩のために本から意識を外したら廊下からこちらを見ている平瀬先輩を発見してしまった。
怒っているようにも見えないけど、私が先輩といることを許しているようにも見えないそんな顔だった。
集中力がとにかく高い先輩は気づいていないみたいだから諦めて近づく。
「入ってきたらいいじゃないですか」
「自分達の教室ではないので」
「え、あの人なんて全く気にせずに入ってきますよ?」
そうか、あのときははっきりと言えただけでいつものは部長とか先輩を頼っていることになるのか。
確かにそれなら入りづらいかもしれない、まあ、そこまで酷いわけではないだろうから動かなければならなくなったときに普通に行動できそうだけど。
なんか勝手なあれだけどぬいぐるみとかを持ってそこにいてほしい人だった。
「すごい集中力ですね」
「そうですね」
「埜乃さん、戻ってきてください」
「それは先輩がこうして来るからですよね?」
彼女は首を振ると「知文君が寂しそうなので」と返してきた。
退部した身としては我慢する必要なんかないから三角関係をどうにかしてくれたらいいですよとぶつけてみた。
「埜乃さんは郁沙ちゃんが好きなんですか?」
「人としては嫌いではないですけど」
向こうにとってもそうだろうけど、先輩といると大変な毎日になるからいまのままなら距離を作りたいところだ。
ただ、いまのままをやめてくれるということなら、彼女にはっきりとしてくれるのであれば一緒にいられた方がいいから強気な対応はできない。
「いいですよ、埜乃さんが郁沙ちゃんと仲良くしてあげてください」
「え、平瀬先輩はどうするんです?」
「私は知文君を振り向かせます」
先輩のことが好きだと分かっていても諦められないということか。
選ばれる人と選ばれない人の違いはここかな? でも、相手にその気がないのにいつまでも付きまとうというのは問題だから先輩が情けないとかそういうことはない。
むしろ八つ当たりとかをせずによく諦める方に持っていけたなと偉そうではあるものの、褒めたい気分になった。
「え、というか取られたくないって恋愛的な意味でではなかったんですか?」
「はい、いつまでも近くにいたかっただけです」
なんだそりゃ……って、これなら可能性があるような気がする。
「それなら受け入れてあげてください、そもそも私は振られた身ですから」
「私は戻りますね、埜乃さんは郁沙ちゃんが待っていますから相手をしてあげてください」
振り返ってみると確かにこちらを見ていた先輩と目が合った。
い、いつから聞いていたのだろうか、これだと目の前で余計なことを言ってしまったことになる。
私のせいで無駄に振られたようなものだから怒られてしまってもなにも不思議なことではなかった。
「おいおいおーい、私よりも読書が好きなあなたがそんなに残念な集中力でいいんですかい?」
「と、途中で平瀬先輩に気づきまして」
あの状態のまま読書を続けられるような強さは残念ながらなかったのだ。
敵視されたとかではなかったからよかったけど、あれでもし内容すらも悪かったら質が悪い人間扱いをしていたところだ。
「林檎、何故か埜乃のことを名前で呼んでいたね」
「そ、それよりごめんなさい」
「あ、そもそも朝の内にはっきりと言っておいたから大丈夫だよ」
「ど、どういう風に?」
「はい、まずは十七時半までちゃんと活動をしましょうね」
ぐっ、でも、自分で決めたことだから守るしかないか。
誰のせいでこうして教室で読むようになったのかを思い出してほしいところだけども、今回は滅茶苦茶頑張って抑え込んだのだった。
「はい、あーん」
「な、なんの集まりですかこれは」
「ただ私と埜乃の二人で遊んでいるだけだけど」
貰ったアイスは甘かった、でも、外は六月ということもあって雨が降っていた。
そこまで大雨というわけではないものの、灰色に染まっていて温度差がすごい。
「なんかこういうことも増えましたね」
「当たり前だよ」
「誰でもいいわけじゃないって言っていましたけど」
言葉に乗せられて買うことになった服が入っている袋を撫でつつ重ねていく。
しかもこれ、私の趣味に合わせてではなく先輩の趣味に合わせて買ったものだから着るときは恥ずかしい。
選んでくれたから! 先輩の好みだから! とかではなくて、普段私が選ばないようなこれまた私基準で派手な服だからだ。
「誰でもいいわけじゃないのはいまだって同じだよ」
「直接私は無理だって言われたんですけど」
「うーん、あのときとはやっぱり違うからさあ」
「へー、違うんですか」
この約一ヶ月ぐらいの間にあったのはテストとかごちゃごちゃした三角関係を知ったとかそれぐらいのことだった――あ、本を読むのが好きじゃないとか言っていた先輩が読書を好きになってくれたとかもあったけど、それとこれとは関係ないからなにかがあったようでなかったと言えてしまえるような一ヶ月間だった。
「それでどうしたいんですか?」
「いまはただ仲を深めたいという考えが強いけど、夏休みが終わるまでには付き合いたいかな」
「吉水部長にしておきましょうよ」
どうせ誰かが選ばれたら誰かは選ばれないから仕方がない、林檎先輩には諦めてもらうしかない。
大丈夫、私もいるから一人だけ仲間外れとはならない。
私も林檎先輩も多分、このままなにも進展しないまま終わることの方が嫌だろうからはっきりできる人達にはっきりしてもらうしかないのだ。
「派手な髪色にしても吉水部長は依然として好きでいてくれているんですから」
「埜乃はこれ嫌い?」
「嫌いではないですけど、黒色に戻した方が可愛いと思います」
「分かった」
って、もう見慣れたからそれはいいんだよ、私が言いたいのはそういうことではなくすぐに関係を変えることができる選択を選べということでさ。
ああ、だけどゴミを片付けた先輩は「行こ」と全くそのことを考えてくれているような様子ではなかった。
「ねえ埜乃、その服を着てほしいからもう私の家に行かない?」
「この服を着るのは嫌ですけどいいですよ」
「ありがとう」
貯めるどころか人と過ごしていたら減ってばかりだったからこの提案はありがたかった――とはならない。
言うならもっと早くしてほしい、この服を買うことになると分かっていたら私は別の場所に行こうと行動していた。
それこそ泊まることになったとしても買うことになるよりはマシだったと言える。
「さっき試着した際に見られたわけですからもう着る必要はないですよね?」
「え、駄目だよ」
「はぁ、それならさっさと着替えて終わらせます」
いちいち部屋を出る必要も出てもらう必要もないからその場で着替えた。
「おお、大胆だね」とか頭のイカれたことを言っている先輩は放置し、ただ黙って突っ立っていた。
「なんですかこれ、肩のところとかすーすーするんですけど」
「最近はそういうものだよ、あ、ちょっとこれを穿いてみて」
「は? なんかこれ短くないですか?」
「いいからいいから、どうせここには私しかいないんだから」
いや、見るだけでいいあなただからこそできる発言じゃないですかなどと呟きつつ穿いてみると普段の制服のありがたさを知ることができた。
もしこれで登校することが決まっていたら決めた人の頭が心配になるし、一日も終わらない内に登校することをやめようと決めると思う。
「可愛い、いいね」
「私がしていい服装ではありませんね」
「そんなことないよ」
「きゃ、こ、こんなことをしてなにをするつもりなんですっ!?」
近いな、あとやはり赤色は派手だな、ドキドキよりもそっちの方が勝ってじっと見続けることができていた。
というか、キスをしてきたりとかは絶対にないから慌てるだけ無駄だろう。
だからいまのは恥ずかしいね、結局私は遊ばれてしまっているだけなのだ。
あのときからそうだ、でも、それだというのに強気に出られずにこうして付き合ってしまっていることになる。
人といるのが好きな人間としてはこれでよかったのだろうか? ずばずば言えて、簡単に距離を作れる人間だったらこうはなっていなかったのかもしれないし……。
「実はさっきのアイスが口の横についていてね」
「も、もっと早く言ってくださいよ!」
違う意味でドキッとしたよ、あそこからここまで距離があったのに私はその間、気づかずずっと……。
「もういいです、先輩のベッドでこのまま寝かせてもらいますからね」
「別にそれはいいけど、襲われても被害者面はできないよ?」
「郁沙、私が起きるまでじっとしていなさい」
どうせまだお昼だから時間はたくさんある。
母が帰ってくるまでに家にいられればいいから気持ち良く寝られそうだった。
「はい、どうしようもないからここに道明君を召喚するよ」
「で、埜乃を連れ帰ればいいんですか?」
「え、駄目、一人で寝ている埜乃を見ていると暴走してしまいそうだから君を呼んだだけなんだよ」
まあ、こうして寝られているということは信用できているということだからいいとして、今日の埜乃のこの格好はなんなのだろうか。
明らかにいつもとは違う、が、袋があるということは買ってきたということだから違和感しかない。
「無理やり好きでもない物を買わせるのはやめてくださいよ」
「いやいや、別に無理をしなくてもいいよと言ったけど埜乃が買うことを選んだわけでね?」
「それならいいんですけど」
すぐに起きる感じはしないから床に座ってゆっくりすることにした。
先輩は自分のベッドだからなのか端の上に座って埜乃の頭を撫でている。
「埜乃のために別れたようなものだけど、後悔はしていないの?」
「していませんよ」
俺としても毎日安定して話せる相手の方がよかったということだ。
ただ、中学三年の最後の大会が終わったぐらいのときは同じ高校に通えると俺だって思っていた。
向こうも同じ高校に入れるように頑張ろうと言ってきていたのもあって、当たり前のように一緒にいられると思っていたのだが、少し時間が経過したら変わっていたことになる。
頭はそれなりによかったから教師に色々言われて変えたのかもしれないし、彼氏に合わせなければならないなんてルールはないし、そういう選択を適当にするべきではないと分かっていたから特になにも言わなかった。
まあでも、なんにも説明もなしに時間だけがとにかく経過していったのが悪かったのかもしれない。
彼女の代わりに埜乃がいてくれたというのも間違いなく影響していた。
「埜乃に優しくしてくれたのはありがたいことだけど、道明君にはあげないから」
「埜乃が先輩のことを好きならそれでいいんじゃないですか」
「じゃあほら、最後に触らせてあげよう」
「寝ているのに勝手に触れたらやばい奴じゃないですか」
あとこれ、俺らが話していたのもあって寝たふりを続けているだけだった。
一応本人のことを考えて話しかけたりはしていないものの、もしかしたらあの内側はそわそわしている可能性がある。
「……幼馴染君、気づいておきながら起こしてくれないのはなんでなんだい?」
「埜乃のことを考えてしたんだ」
別に変なことをしているわけではないから起きていようが寝ていようがどちらでもよかったというのがある。
だが、先輩と話しているのなら埜乃と話していた方がいいのは確かなので、自分から諦めて起きてくれたのはありがたいことだった。
「うわーん、見てよこの服ー」
「別にそういうのもいいと思うぞ」
「そうかな?
確かに普段と比べたら遥かに短い物だった、勝手な偏見ではあるが、東京とかに住んでいる女子が穿いていそうな物だ。
「俺は埜乃のそういう姿が見られて嬉しいぞ」
「ほあ~、君はいつでも悪く言ってこないで優しい子だねえ」
好きになったのは確かなことだが、どうして俺はこのいつでも近くにいてくれる埜乃に一生懸命にならなかったのだろうかと今更ながらに考えた。
彼氏的存在といちゃいちゃしていたからとかそういうこともないし、誘えば用事とかでもない限り絶対に受け入れてくれる存在だったのにどうしてなのか。
「あ、これ以上一緒にいるのは禁止だよ」
「どうしてですか?」
「道明君が埜乃を狙おうとしているから」
「はははっ、それだけはありませんよっ」
でも、今更出しゃばるのは違うから黙っておいた。
そうしたらこっちの額に触れつつ「熱でもあるのかな?」と彼女が聞いてきたが、問題ないから大丈夫だと答えておく。
あれだな、先輩がなにもしないで三ヶ月とかが経過した場合にのみ、動くことにしようと決めた。
「さてと、私はそろそろ彼と一緒に帰りますね」
「えぇ」
「まあまあ、今日も楽しかったです」
先輩の家をあとにして少ししたところで腕を掴まれた、なんだと聞いてみると「まさか君がいるとは思わなかったよ」と。
俺だって行くつもりはなかったが仕方がなかった、面倒くさい絡み方をされると疲れるから合わせるしかなかったのだ。
ちなみに、彼女がいるという情報がなかったら頼まれていたとしても行っていた可能性はゼロに近い。
……俺、埜乃のことが好きすぎだろ、なんで動かなかったんだよ。
「埜乃、なるべく先輩の相手をしてやってくれ」
「うん、嫌な気分になることはないからね」
「でも、嫌なことならちゃんと嫌と言えよ?」
「うん、大丈夫だよ」
あと、先輩のスカートを穿いたままでいることは言わないことにした。
別に恥ずかしい気持ちを味わってほしいわけでも、俺が見たいわけでもなく、気づかないふりをすることで役に立てそうな気がしたからだ。
「もう着いちゃったね」
「おう、気をつけろよ」
「うん、また月曜日にね」
誰もいないから部屋に直行してベッドに寝転ぶ。
課題とかもないからこのまま夕方頃まで寝るのがベストではあるが……。
「寝られねえな」
残念ながら眠気がやってきてくれることはなかった。
それならばとなにか作って食べるために一階に移動し、ささっと作って食べてみたがすっきりすることはなく……。
あのとき余計なことを言わなければよかったと強く思った。
だが、これすらも今更言ったところで意味のないことだったから無理やり時間経過を待つことにしたのだった。
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