04話.[はっきり言うよ]

 よし、これが終わったら部活に行くことができる。

 部長や先輩と面倒くさいことがあろうが関係ない、所属したからにはあのお気に入りの場所に行くだけだ。


「ふぅ」


 で、終わったから荷物をまとめて部室前までやって来たわけだけど、最速すぎたのかまだ開いていなかった。

 これでテストも終わったわけだから読書を再び解禁して待っていたものの、


「来ないな……」


 三十分ぐらいが経過しても部長が来ることはないままとなっている。

 部長頼りでただ待つだけではなく自分で取りに行くべきだったかなどと考えつつ、それでも更に待つために読書を続けた。


「あ、ここにいたんだ」

「先輩? あ、吉水部長を知りませんか?」


 いないならいないでもいい、鍵を借りて今日の活動できる範囲で過ごすだけだ。

 人といたすぎるあれと読書欲はまた違った感じのため、読書をできるのであれば一人で構わなかった。


「今日は体調が悪いみたいだったからすぐに帰らせたよ」

「そうですか、なら職員室に行ってきます」


 この言い方的に部長は一応ここには来ようとしていたのかもしれない、それでもお友達チェックに引っかかって帰ることになった、というところだろうか。

 まあ、どうせここは参加したい人だけが参加する部活だから無理をしたところで、という感じだ。

 だったらさっさと帰ってよく寝て治して、翌日からゆっくり活動すればいい。


「あるよ」

「え、あ、ありがとうございます」

「入ろうか」


 来たり来なかったり、来たと思えばこういうことをしてくれたり、一緒にいる度に先輩のことが分からなくなっていく。

 とにかく、今回はただ感謝をしておくだけでいいというのは楽でいいけどね。


「初めてのテストはどうだった?」

「特になにも感じませんでした」

「はは、埜乃は強いね」


 本を開いて読もうとしたらまた取り上げられてしまって先輩を見ることになった。

 今日はあのときと違って弱々しい感じではないのがいい、が、この本を取るところだけはなんとかしてほしいところだと言える。


「今日ね、もう一人の幼馴染と久しぶりに話したんだ」

「仲はいいんですか?」

「うーん、どうだろう、いまみたいに普通にお喋りはできるけど……」


 いやこれは向こうに聞いてみないと意味のないことだった。

 本命に振り向いてもらえないどころか、ずっと一緒にいる相手に全部持っていかれて諦めてしまった先輩ならこう言うに決まっている。

 仲がいいなんて私でもこの場合なら断言することができない、これは久しぶりに馬鹿なことをしてしまったことになるから恥ずかしかった。


「その人が吉水部長を好きでいるというのは本当なんですよね?」

「うん、どれだけ頑張っても私には得られなかったことを知文は簡単に得てしまったんだよ」


 でも、部長は違うということになる。

 なんだこの面倒くさい関係は、あと、一番の被害者は顔を見たこともないその幼馴染さんだ。

 優しい顔をしてなかなかに残酷なことをする、二人がそれを知ったときにどんな反応を見せるだろうか。


「もう付き合いたいとか思っていませんか?」

「うん、それにあの子は派手な格好とか特に嫌いだから」

「そうですか、ならこれから苦しくなることはないですね」

「そうかな」


 とりあえず本を返してもらって三十ページぐらいだけでも読むことにした。

 どうせお喋りの方が多くなるから今日はそれで解散にしようと思う、誘ってこないならこないで早く帰ってご飯などを作ればいいから無駄にはならない。

 しかし、この先輩達の情報だけ都合よく忘れられる薬とかないだろうか。

 知らない方がいいことというのもある、この複雑な関係の情報を知ったまま平和に過ごすことは不可能な気がした。

 だってこの人と仲良くしているだけでも優しいのかそうではないのか分からない部長に牽制されるということでしょ? しかもこの人はこの人でただ友達として仲良くしてほしかっただけなのに勘違いして振ってくるような人だ。


「学校っていいこともあれば面倒くさいこともありますよね」

「え、なんで急に?」

「いえ、鍵を返してきます」


 部活に参加しなければこの面倒くさいことからも一気に離れられるとは分かっていても、なんか逃げているみたいでださいからそうしようとする自分はいなかった。

 暴力とかを振るってこなければなにも怖くはない、部長のあの程度の発言であればこれまで何回も経験しているのだよ。


「埜乃――」

「あなたなんで大嫌い!」


 いや、別に先輩や私がいきなり大嫌いと言われたわけではない。


「痛えな……」

「えぇ」


 しかも大嫌いと言われて叩かれていたのは幼馴染君だったということになる。

 校門の近くでなにをしているのか、違う高校に通っているのに敢えてここまで来たのはどういう理由なのだろうか。


「よう」

「な、なにがあったの?」

「ちょっとファミレスにでも行かないか?」

「それはいいけど……」


 よかった、先輩も参加してくれるようで付いてきてくれた。

 一人でこの状態の彼とはいたくなかったため、まあ、今度多少のお願いぐらいは聞いてあげようと決める。


「あ、あの子って君の彼女さん……だよね?」

「埜乃は知っているだろ、そうだよ、つか彼女以外の女子に叩かれていたらそれこそ問題じゃねえか?」

「た、確かに」


 何故か直接紹介されて、直接話すことになったから普通に知っている。

 正直、あれも牽制だったよなと、だってそうでもなければ彼女さんなんて連れて来る必要がないわけで。


「埜乃、どうして君とか幼馴染君とかって呼んでいるの?」

「線を引くためです、彼はともかく彼女さんから無駄に敵視をされることは避けたいですからね」


 ああして連れて来ることがないからほとんど無意味に近い行為だった、でも、それなりに影響を受けやすいタイプだから気をつけておいた方がいいということで続けている形になる。


「え、私なんていまも名前で呼んじゃっているけど……」

「私は自分の意思でこうしているだけです」

「必要ないけどな」


 それは君にとっては、だけどね。


「まあまあ、それよりこれからどうするの?」

「どうするって、あれなら終わりなんじゃないか?」

「えぇ、あ、そもそも叩かれた理由って?」

「埜乃を見ておいてやらないといけないから、そう言っただけだ」

「なにをしているんですか……」


 いや本当になにをしているの、さすがに我慢をすることができなかった。

 ただ、なんとなく気まずくなってきたからジュースでも飲んでなんとかしようと行動する。


「埜乃のことが好きなのかもしれないね」

「ありませんね」


 そういうのではないのだ、彼は基本的にみんなに優しいというだけだった。

 ただ、今回はそのスタイルを捨て彼女さんを選んだ形になる。


「え、事実埜乃のことが理由で叩かれたのに?」

「はい」


 でも、結局捨てきることができなかったということなのだろう、抑えていた反動で強く出てしまっているというところなのだ。

 たまたま私の名前が出ただけで他の子にも優しいことには変わらないから勘違いなんかはできるレベルではなかった。


「とにかく君は今日中に仲直りすること、いい?」

「いや、別にいいだろ」

「適当にやったら駄目なことぐらい分かるよね?」


 余計にごちゃごちゃにするのはやめてほしい、先輩達のことで忙しいのに彼のことまで加わったら弱って倒れてしまう。

 しかもこちらのことを向こうも知っているというのが不味いことだった、結局、なにかをされるのはこちらだということになるわけで……。


「それよりある程度飲んだら埜乃の家に行こうぜ」

「あ、私も行っていい?」

「はぁ、そもそも長居はするべきではありませんしね」


 なんで誰かといないと生きていけないように設計されてしまっているのだろう、一人でいいなら自由に生きていくことができるというのにさ。

 お会計を済ませて外へ、まあ、自分がしなければならないことを優先していけばいいかと内で呟いてから歩き出した。


「ふう、やっぱりここに寝転ばないと俺は駄目だな」

「って、それだと毎日家に来ていたみたいに聞こえるけど」

「彼女ができて埜乃が変な遠慮をするまでは事実そうでしたからね」


 こちらが空気を読んで離れたとしても遠慮などと判断されて無駄になりそうだ。

 いやもう本当に彼女さんが同じ高校にいなくてよかったと思う自分と、いないからこそこうやって面倒くさいことになっているわけだよねと思う自分と、こちらをごちゃごちゃに巻き込んでおいて自由にしている彼を見てため息をつく。

 最近はこういうことも増えたな、ため息をついたところでいい方へは傾かないとは分かっていても出てしまうからどうしようもなかった。


「で、先輩はなにがしたいんですか?」

「私はただ友達として埜乃といるだけだよ」

「へえ、まあ、埜乃を悲しませなければそれでいいですよ」

「むしろ埜乃がこっちを傷つけてくるんだけど……」

「適当にするのをやめれば埜乃はちゃんとこっちのことを見てくれますよ」


 もうこの二人が付き合うことで面倒くさいことが一気に解決、なんてことにならないだろうか……。

 というか、傷つけてくるって最近は合わせてばかりなのに随分とまあ勝手なことを言ってくれるものだ。

 この通り、ちゃんとできているつもりでも相手がどう感じているのかまでは分からないから人間関係は面倒くさいのだ。


「なにか困ったら言ってね、私と埜乃でできることはするから」

「ありがとうございます」


 できることなんて残念ながらなにもない。

 だから今日から大変な毎日になることは確定していたのだった。




「こんにちは」

「体調が良くなったようでなによりです」

「昨日はごめん」

「いえ、吉水部長がいなければならないなんてルールはありませんから」


 ただ、ここで集まるのであれば部長であった方がいいのは確かだった、何故なら先輩や幼馴染君だと部員ではないということでどうしてもお喋りばかりになってしまうからだ。

 で、私の残念な集中力だとそちらに意識を持っていかれてしまうため、ちゃんと活動してくれる部長の存在はありがたいことになる。


「郁沙と仲良くできているみたいだね」

「そういうのではないので勘違いしないでくださいね、なんなら仲良くなりたいとぶつけただけで振られたんですよ?」

「あんなことを言っておいてあれだけど、誰が誰に恋をしようが自由だからね」

「だからよしてください、あなたと違ってあの人にそのつもりはありませんよ」


 本当に心の底からそう思っているのだとしたら口にすることなんて絶対にしないわけで、意味のない発言だった。

 お喋りマシンになられても困るからささっと読書を始めてしまう。


「……どうすればいいかな?」


 どうすればいいのかなんて分からない、相手を意識して振り向かせられるのであれば私はいま頃モテモテだろう。

 私に聞くなんて相当精神がやられているみたいだ、ただ、……こういう変化に弱いのは確かなことだった。


「先輩の好みを聞いてその通りに行動してみるとかどうですか?」

「昔からそうだったからそもそも異性も大丈夫なのかどうかが分からないんだよ」

「異性関連のことで余程なことがない限り、無理なんてことはなさそうですけどね」


 というか部長がやらないといけないことは最初から決まっている。


「それよりまず、二人にはっきり言うことが吉水部長のしなければならないことだと思います」


 私の知らない幼馴染さんには特にそうだ。

 ごちゃごちゃすると分かっていてもここで動かなければどうしようもないぐらいにおかしくなって結局、なにもできないまま終わるだけだと思う。


「そうか、そうだよね」

「はい、後回しにせずに今日動いた方がいいと思いますよ」

「い、いまから行ってきてもいいかな?」

「はい、鍵は返しておくので行ってきてください」


 ふぅ、私の本を取り上げずに言いたいことを言うのは部長ぐらいだ。

 これがいい方へ傾くか悪い方へ傾くかはこれまでの部長次第、でも、我慢しなくていい存在ということでやはり部長の存在はありがたいことだった。

 ここで読むと一番集中することができるということで早速読書を始めた。

 作られた世界というのはいい、現実世界ならありえないことばかりの方が読んでいて楽しめる。


「おお、主人公行け!」

「アニメとかじゃなくて小説を読みながらそんなことを言う存在、初めて見たわ」

「いやだってこれまで何回もはっきりと言えずに失敗してきているからさ……って、なんでいるの?」


 見られていても気にならないけど、来ておいて声もかけないというのはやめてほしいところだった。

 ちなみに彼は「急いでいる部長に話しかけたら代わりにいてあげてほしいと頼まれたんだ」とあくまで真顔で答えてくれた。


「あーあ、また言えずに邪魔が入って終わりだよ……」

「埜乃なら絶対にそんなことにはならないよな」

「好きならはっきり言うよ」


 しかも邪魔が入ったところで終了だったから大人しく本を片付けて突っ伏す。

 作られた話の中でぐらいさささっと上手くいってくれればいいのに、これだと現実を思い出して駄目になってしまうではないかと八つ当たりをしていた。


「寝るなよ、風邪を引くぞ」

「なら君のそれを貸してよ」


 なんてね、そもそも座りながら寝られるような器用な人間ではないからすぐに突っ伏すのをやめた、が、目の前に彼の顔があってすぐに戻すことになった。

 いやこれは私でなくてもこういう反応になる、な、なにが目的なのだ……。


「君じゃない、道明みちあきだ」


 そういうことか、圧をかけていくことで戻そうとしているのか。

 でも、私は簡単に変える人間ではないから突っ伏し続けることで回避を狙う。

 戻すわけがない、君でも幼馴染君でも彼でも問題なく会話はできるのだから現状維持でいいだろう。

 そりゃ彼が私のことを好きで、私が彼のことを好きなのであれば言うことを聞いていたところだけどね。


「埜乃、そのまま続けていてもいいが続けるということなら抱きしめるぞ?」

「そんなことができるわけないから安心できるよ」


 信用しているからこそ顔も上げずに待っていると、うん、やはり彼はなにもしてこなかった。


「起きろよ」

「うん、さて、そろそろ帰る?」


 どうせ平和に終わるなんてことはないだろうから部長がここに戻ってくることもないだろうし、こうして彼がいると読書を優先とはできないから解散でもいい。

 学校側も特になにかを言ってくることもないしね、あと、早めなら早めで何度も言っているように母のために動けるのがよかった。

 まあ、面倒くさいことに巻き込まれて部活への熱がなくなりかけているということからは目を逸らしておこう。


「いや、部長が来るかもしれないからいつも通り、十八時まではいよう」

「ははは、君に言われるとなんか違和感がすごいよ」

「ふっ、いいだろ?」

「うん、君がいてくれるならそうしようかな」


 元々自由な部活だからお喋りでもして待っていればいいか。

 別行動をする意味もないし、いまの彼を変に遠ざけると彼女さんと完全に別れるとか馬鹿なことをしそうだから怖いのだ。

 どうせある程度時間が経過したら大切だったということを思い出して離れていくのだろうけど、それは付き合い始めたときからそうだから違和感というのはなにもないことになる。


「道明、ほら、言ってみろ」

「明道君は馬鹿なことばかりしていないで仲直りしなさい」

「じゃあ名前で呼んでくれたら――」

「道明君、仲直りして」


 仲直りしてくれるということなら変な意地を張っていないでそりゃ受け入れるよ。

 よし、これで彼女さんのために動けたということになる。

 私が一人でふらふらしているせいで彼が馬鹿なことを言うことになったからなにも影響を受けていないわけではなかったのだ。


「いや、別に仲直りするとは言っていないからな」

「はあ!?」

「はは、大きな声だ」


 く、くそ、こいつめえ……。

 ぐしゃぐしゃにしてやりたくなったけど女であることを思い出してなんとか踏みとどまれたのだった。

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