03話.[そうだったんだ]

「はい」

「ありがとうございます」


 買ってもらったジュースをちびちびと飲んでいると「余計なことをするのはやめてほしい」と急に言われて固まった。


「余計なことってなんですか?」

郁沙あやさとのことだよ」

「ああ、そういうことですか」


 そういうことだったのか。

 で、待っていても続きを話すことはなかったからお金を渡して別れた。

 まあ、そろそろお風呂大好きな母とは言っても出ているだろうから、これ以上外で時間をつぶす必要もないからだ。


「ただいま」

「おかえり、連絡もないのにすぐに帰ってこなかったから不安になったよ」

「ごめん、私とお喋りをしたい人が多すぎてね」


 ささっとお風呂に入って部屋へと移動する。

 寝転ぶのもありだけど結局やっていたようでやっていなかったから勉強を少ししてから休むことにした。


「埜乃、入っていい?」

「うん」


 食事も入浴も早い時間に終えられたのであればゆっくりしたいだろうからと部屋に移動したわけだけど、どうやら母的にはそうではなかったみたいだ。

 母はベッドの端の方に座ると「なにかがあったの?」と聞いてきた、やったことと言えば幼馴染君を送ってきただけだからなんにもないと答える。


「普段の私と違う?」

「ちょっとね」

「それならテスト期間というのが関係していると思う、初めてのことだからさ」


 ちなみに余計なことをしないでほしい云々のことを言われたのは初めてではない。

 言うことも我慢できなければ、動かないでいることもできないから結構敵みたいな存在は作って生きてきた。

 わざと煽っているとかそういうことはないけど、一人で分かった気になるのは危険だということをこれまでのことで強く学んだ形になる。

 でも、私は私だからずっとこのままなのだ、そもそも変えようとしている自分が見つからないから期待すること自体が間違っていた。


「お母さんは入学したばかりの頃、不安だった?」

「不安だったよ、ただ授業を受けるというだけでもそわそわしていたから」

「私はそういうのってないけど、結構分かりやすく違うものなんだね」

「お父さんは強かったよ」


 自分から出していくなんて母の方がらしくない気がした。

 こちらが興味がなくて聞かないようにしていたのもあって、これまで一切そういう話をしてこなかったのにどうしたのだろうか。

 いやまあ、きっかけ的なものを作ったのは分かっている、親と子で分かりやすく違うなんて話をしたらまあこうなってしまってもおかしくはないのかもしれない。

 ただ……。


「職場でなにかあったんでしょ」

「あ、分かっちゃった……?」

「だって普段のお母さんならこの時間はテレビを見ているでしょ?」


 何度も言うように、だからこそ邪魔をしないために部屋に私は戻ったのだ。


「もう十数年も務めているのに初歩的な失敗をしちゃってね……」

「そうだったんだ、なんで隠そうとしたの?」

「こうして言っちゃっているから結局意味はないけど、埜乃は入学したばかりで自分のことに集中したかっただろうから……」

「私はそこまで弱くないよ。どんどん言ってよ、抱え込まれる方が嫌だよ」


 所詮本当の意味で力になれるときはこないということか。

 そりゃそうだよな、学費や生活費とかだって全部親頼りなのに頼もしさなんて出てくるわけがない。

 先輩に断られたことより、部長に怖い顔をされたことより、この事実に今日一番のダメージを受けたのだった。

 幸いなのかどうかは分からないものの、母が出て行ったことにより寝転ぶことでなんとかしようと動けたけど。


「どんな日なのか」


 昔でもここまで重なったことはなかった、悪いことが起きればずっと続くというわけではなく、少しすればいいこともあって精神はずっと安定していたというのに。

 そりゃ勉強ぐらいで不安になるわけがない、ちゃんと答えが存在していることで不安になっていたら生きづらすぎるだろう。


「んー?」

「埜乃、明日の朝公園で待っているから」

「え、あれ、幼馴染君じゃなくて……」


 幼馴染君のつもりで確認もせずに出たら先輩だった。

 正直、余計なことをしているのは先輩の方だと思うけどお友達補正というのが働いているのかな。

 そういう相手に言いづらいのは分かるけどね、部長も普通の人だったということで終わってしまう話だ。


「あの子から聞いた、簡単に教えてくれたから驚いたよ」

「別にそれはいいですけど、学校でなら簡単に会えるじゃないですか」


 ほらね、意味もないことをする。


「だって逃げるでしょ?」

「逃げるなら今日はっきり言われたタイミングで逃げていますよ、私はそこまで弱くないです」

「とにかく、学校近くにある公園で待っているから」


 切られてしまったから下敷きにしてしまわないように枕元まで移動させる。

 それより高校近くにある公園か、目の前に高校があるのに敢えて近づかずに待っていなければならないなんて微妙そうだ。

 ただまあ、行かないと面倒くさいことになりそうだったから早めに寝て早めに行動しようと決めたのだった。




「おはようございます、早いですね」


 まだ六時半とかそれぐらいなのにいるとは思わなかった。

 私としては待つだけ待って結局会えないままで終わると考えていたものの、そうなることはなかったということになる。


「それでどうしたんですか?」

「ああ、昨日知文からなにか言われなかった?」

「いえ、会いましたけどなんにもありませんでしたよ」


 この人が幼馴染の女の人を好きだったということは事実なのだろう、それは昨日の部長の発言を聞いただけでもよく分かる。

 自分が好きでも相手が誰かのことを好きでいたらどうにもならない、だから部長はその人といることで遠ざけたかったのかもしれなかった。

 でも、ただ遠ざければそれで解決というわけでもないのだ。


「分かった……って、なると思う?」

「仮になにか言われていたとしてもあなたには関係ないじゃないですか」


 ただ仲良くなりたいと言っただけなのに誰でもいいわけではない云々と断ってくれたのが彼女なのだ、だったら会うのもやめて離れておくべきだろう。

 今日も学校があるから言いたいこともないみたいなので別れた、いちいち行ったり戻ったりするのは面倒くさいとはっきり感じた。

 母と幼馴染君とだけいられればいいな、さらにいい点はテストがあるというのは大きいと言える。


「よう」

「あ、おはよう」


 途中のところで立っていたから自惚れでもなんでもこちらを待っていたことになるけど、こういうときでも連絡をしないというのが彼らしかった。


「一緒に行こうぜ、あと放課後は一緒に勉強をやろう」

「彼女さんはいいの?」

「おう、いまはこっちに集中しないといけないからな」


 こちらも余計なことで時間を使いすぎたから今日から彼と一緒に集中してやるだけだ、ゆっくりするのは終わってからでいい。

 だけどこういうときって絶対に理想通りにはいかないようになっているのだと、当たり前のようにやって来た先輩を見つつそう内で呟く。


「私も一緒にやってもいい?」

「それは埜乃次第ですね」


 彼が嫌ですなんて言えるわけがないからこうなることも分かっていた。

「埜乃」と彼女はこちらを見てくる、さすがに下を向きつつ適当にはできなかったからシャーペンを置いて見ることになった。


「お喋りがしたいなら他のところに行ってください、でも、真面目にやるということなら学校は私のというわけではないですからいいんじゃないですか」

「うん、ちゃんとやるよ」


 あれか、実は同性異性どちらもいける人で今度は彼を狙っているということか。

 まあ、彼女がいるから絶対に受け入れられることはないとしても告白もよくされるから異性からしたらいい存在なのだろう。

 男の子でもいけるということであれば前から一緒にいる部長を選べばいいのにと言いたくなるけど、面倒くさいことになるだけだからと今回は簡単に我慢することができた。


「なにかあったんですか?」

「え?」

「埜乃と先輩、なんかおかしくないですか?」


 おぅ、彼がそういうことを言い始めてしまったか。

 どうしても意識が持っていかれてしまうことに悔しくなる、ないないと片付けて終わらせればいいのにそれができないでいる。

 この時点で私の集中力が大したことがない証明になっている気がした。


「君にはちゃんと言ったでしょ」

「そうだな、じゃあなんで先輩は来るんですか?」


 あ、これはどう考えても適当に対応をしていただけとしか思えない。


「私はただ友達として埜乃といたいだけだけど」

「埜乃だってそのつもりで仲良くなりたいと口にしたんじゃないんですか?」


 って、振られたとしか言っていないのに分かられてしまっているのは複雑だ……。

 すぐにこれでださいけど適当ではないか、疑ってしまってごめんよ。


「でも、急すぎたからさ、私は知文と違って勘違いさせたくない人間だからちゃんと言っておく必要があると思ったんだ」

「仲良くなりたいぐらい普通に言いますよ」


 腕を掴んで止めて話を強制的に終わらせる。

 集中力が残念だから仕方がない、あと、何度も言っているようにやらないのであれば残っている意味などなにもないからこうするのだ。


「あ~、駄目だ、三十分ぐらいが限界だよ」


 いける、先輩がただ独り言を吐いている状態でなら続けることができる。

 一時間でもいい、手を止めずにできたら家で追加でやる必要もなくなる。

 集中力はともかくとして、ある程度やっておけば問題ないというのは事実だから焦る必要は依然としてなかった。


「埜乃、俺もそろそろ限界だ」

「うん、お疲れ様」

「まさかまだ残るつもりか?」

「うん、帰るときは気をつけてね」


 相手に合わせてもらうのは違うから限界ということであれば先に帰ってもらうしかない。


「じゃあ俺は帰るわ、また明日な」

「うん」


 下に意識を戻す前にちらりと確認してみると、先輩は突っ伏して休んでいた。

 冬ではないから風邪を引くこともないだろう、出て行くときに声をかければいいということでまた勉強タイムに戻した。




「ん……、あれ……?」

「起きましたか? 起きてすぐで悪いですけど荷物を片付けて学校を出ましょう」


 残念ながらおんぶして運ぶなんてことはできなかったから待つしかなかった。

 で、いつまでも起きてくれなかったからテストなんかよりもよっぽどそわそわする羽目になった。


「わ、もう真っ暗だ」

「完全下校時刻が二十一時でよかったですね、そうでもなければ警備員の人に起こされていたところですよ」

「い、いや、仮に完全下校時刻が早かったら埜乃が起こしてくれていたでしょ?」

「いまだってあなたが起きるまでなにもしないで待っていたのに私がそんなことをすると思います?」


 しないよそんなこと、だって私にメリットがなにもないもん。

 残念ながら幼馴染君みたいに優しい人間ではないからそういうことになる。

 元気なのと、言いたいことをなるべく言えるというところだけが私のいいところだと言えた。


「じゃ、私はこっちなので」

「ま、待って」

「なんですか? あ、一応言っておくとこっちは勉強に集中していただけですから」


 なんだかんだ言いつつ二十時まではやっていたから大嘘ではない。

 ちなみに片付けてからは他のところを見たり、寝ている先輩を見て過ごしていたけど退屈すぎてやばかった。

 人といるのに話せないで終わるなんてつまらなさすぎる、そういう点ではテストとは邪魔なことだと言える。

 ありがたく感じたり邪魔だと感じたりしているわけで贅沢すぎだよね、とこれまた内で呟いてからため息をついた。


「……埜乃の家に泊まってもいい?」

「え、なんでそうなるんですか? 自分の家に帰った方が休めますよ」

「全く話せなかったから……」


 ご飯のことで迷惑をかけたくないから自分で用意できるのならと話をしてみた。

 幼馴染君にだって簡単に食べさせたりしていないのに先輩になんてできるわけがないから諦めてもらうしかない。


「ただいま」

「お邪魔します」


 母には連絡をしてあるからまずは部屋まで移動して先輩を置いてくることに、それから着替えもせずに一階に戻って顔を見せる。

 不安になってしまうみたいだからこういうところではちゃんとしないとね、単純に私が母と話すことでなんとかしたいというのもあった。


「あれ、寝ちゃっているんだ……」


 部屋で休めばいいのにとも思ったけど、多分これは私のせいだから言わずに起こしておく。


「おかえり」

「ただいま、いつまでも起きてくれない人がいてこんな時間になっちゃったよ」

「優しいんだね」

「違う違う、意地悪をして起こさなかっただけだよ」


 兎にも角にもご飯だ、勉強をやりすぎてお腹が減ってしまっていた。

 だけど効率が悪くなるから先輩には先にお風呂に入ってもらうことにした。


「一つずつしかないから大丈夫ですよね? あ、タオルはここに置いておきます」

「うん」

「……出るまでいますよ」


 適当に対応されたとかで何度も来られることの方が嫌だから適当にはするべきではない。

 そのときだけ問題なく終わらせられればいいというわけではないということを最近のことでよく知ったのだ。


「す、すぐに出るから」

「別にいいですよ、母はもう入っているみたいですからゆっくりでいいです」

「でも、お腹が空いているでしょ……?」

「大丈夫です、だからゆっくり入ってください」


 読書ができるからいい、正当化してしまえるからいい、むしろ時間をかけてくれるほど読書の時間が確保できるわけだからゆっくりでなければ嫌だった――が、人の家で入ることになったからなのかあっという間に出てきてしまって内でため息をつく。


「埜乃、私は部屋に行くね、あ、ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます」

「おやすみ」


 とりあえずご飯を温めてしまう。


「先輩も食べてください」

「え、だけどそれだと――」

「あ、そういうのいらないんで、嫌いな物がある場合にだけ言ってください」


 分けて今日も美味しい母作のご飯を食べていく。

 最初こそ固まっていたものの、先輩も食べ始めてくれたからよかった。


「あの、そもそも仲良くなりたいって付き合いたいとかではないですからね?」


 人といることが好きな人間だから一人で生きていくことは絶対にできない、ならば自分から動くことでなんとかしようとしていたのだ。

 残念ながらその結果があれだったけどね、そこすら拒絶されてしまったらどうしようもなくなってしまう。

 それなら今日はなんでこんなことをしているのかと問われたら、それはもう結局人といるのがやはり好きだからとしか答えられない。


「あの子がいるときも言ったけど、勘違いさせたくないからだよ」

「でも、お友達としてすらいられないなんて悲しいじゃないですか」

「それは私に対しても……?」

「え、そうでもなければここで言いませんよね?」


 無自覚に意地悪だった、というかもろにこの人に対して言っているのにこの反応には呆れてしまう。


「もう少しぐらいはしたいこともできると思いますし、早くテストが終わるといいですね」

「……そうしたらまた部活でしょ」

「私がではなくあなたがですよ? また部室に来ればいいじゃないですか」


 この人がいつものように誘えば私は直接的にではなくても部長のために動けていることになるのだ。

 誰かのために動けるというのはいいことだから別に悪く考える必要はない。


「ごちそうさまでした」

「あ、す、すぐに食べるよ」

「なんで今日はずっとそんな感じなんですか、いつも通りでいてください」


 こうしてできた少しの時間で考え事ができるからこれも悪いことではなかった。

 残念な点は勉強をしている最中にも考えてしまうことだけど、それでもこういうときにしておくことで回数を減らせればいいぐらいの緩さでいたのだった。

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