02話.[適当でいいのだ]

「幼馴染君、一緒にテスト勉強をしようよ」

「いいぞ、場所はどうする?」

「うーん、お互いの家だと君が困るだろうから放課後の教室でいいよ」


 初めてのテストがやってくる。

 不安というのは特にないけど、なんにもなかった四月の一ヶ月間と比べたらやはり差はあった。

 そのため、部活も禁止になったいまは誰かと一緒にいることでなんとかしたいというところなのだ。

 その点、彼女がいるとしても昔から一緒にいる彼が同じ学校にいてくれているということが大きかった。


「どうだ?」

「中学のときと変わらないかな」

「はは、埜乃はいつも通りだな」

「ということは君、いま違う状態なの?」

「まあ、高校に入学して初めてのテストだからな」


 いつも真顔なくせにその内側は不安で染まりつつあるとか可愛いじゃん。

 彼女さんはそういうところにも惹かれたのかもしれない、そのうえでやらなければならないときには動ける男の子だから差にやられた可能性もある。

 私なんて元気なところぐらいしかいいところがないというのに普通に上手くやれてしまっているのだからなんか不公平だな、と。


「埜乃ー」


 さあ、集中だ集中、やるために残っているのだから手を動かさなかったらなにも意味がない。


「ねね、なんで私は無視されたと思う?」

「そりゃ、ほとんど来ないからじゃないですか?」

「なるほど」


 自分に合う勉強法というのをよく分かっているからそこまで必死にやらなくても赤点は回避できる脳にはなっている。

 だから会話に少し意識を向けつつやっていたものの、こっちは読書と違って賑やかだと捗らないということが改めて分かった。

 単純に変なタイミングでだけ来る先輩にむかついているからなのかもしれない。


「これ、どれぐらいやるつもりなの?」

「帰ろうとなるまでですね」

「じゃあ早くしてほしいな、埜乃は返してほしい」


 彼も相手なんかしないで勉強をやりなよと言いたくなる、仲良くしたところで本人が相当暇になるまで来ることはないのだから適当でいいのだ。

 でも、相手が先輩だからなのか、単純に派手でも見た目とかが好みなのか、彼はそれからもずっと相手をしてばかりだった。


「これぐらいかな」

「おっ、じゃあ埜乃行こう!」

「どこにですか?」

「私の家? さすがに私もテスト週間にふらふらしているわけにもいかないからね」


 彼は違う高校に通っている彼女さんと珍しく平日に会う約束をしているみたいだったから高校を出てすぐのところで別れた。

 遠距離というわけではなくても違う高校に通っているということで予定も合わずに微妙になりそうだけど、どうやら問題なく上手くやれているみたいだ。


「ふんふふーん」

「吉水部長とやればいいんじゃないですか?」


 一緒にいたいみたいだし、部長も面倒くさそうな感じで相手をしていたわけではないから普通に付き合ってくれると思う。


「大好きな部活ができないとなれば好きな子とやるに決まっているじゃないですか」

「あ、同じ高校なんですね」

「そうでもなければ私が知る手段はないでしょ? ちなみに私と知文の幼馴染ね」

「え、なんですかそれ、三角関係というやつですか?」

「だから私は好きじゃない――あ、その子のことが好きだったんだけどね」


 え、なにそれ、あ、どうせこれも冗談というやつか。

 名字すらも教えてくれない人だからな、適当に言って躱そうとするのは違和感のあることではなかった。


「ここだよーん」

「ここは教えてくれるんですね」

「まあね、私の部屋でいいよね?」

「はい、トイレとか洗面所とか以外ならどこでも構いませんよ」


 長居するつもりはないからできるだけ玄関から近い場所の方がいい。

 遠い場所だと勢いで簡単に帰ることもできなくなる、まあ、十九時頃になったら絶対に帰ろうとするけどね。


「え、じゃあ廊下でもいいの?」

「いいんじゃないですか、先輩がそこでも勉強をすることができるのであれば」

「え、なんか冷たいな……」


 春、初夏だから寒くないのも大きかった。

 で、結局部屋でやることに決めたらしく、入らせてもらうことになった。

 私の部屋とそう変わらない、違う点は私の部屋よりも大きいことだ。

 でも、正直に言うと勉強や寝ることができればいいため、羨ましいという気持ちにはならなかった。


「じゃ、私がだらけてしまわないように埜乃は見ていて」

「それなら私もやりますよ」

「あ、じゃあ一緒にやろう、誰かが一緒にやってくれていれば集中できるよね」


 途中、ちらっと確認してみたけど、派手な格好にしていることがもったいないぐらいには真面目で驚いていた。

 弱い自分を隠すためにしているのだろうか? ただ、これならこれで色々言ってくる人というのもいそうだけどな。

 絶対にないけど私が金髪とかにしたら幼馴染君には笑われてしまいそうだった。

 知っているからこその違和感というか、中身は変わらないのにお前がなにをやっているのか、とね。


「見すぎ、なにかついてる?」

「いえ、どうしてそこまで派手な感じなのかが気になったんです」


 言うのを我慢して終わらせるというのは私にとって簡単にできることではない。

 この前のもそう、いいことなのかどうかはそのときにならないと分からない。

 はっきりと言ってしまえば、聞いてしまえば変えてくれたり教えてくれたりすることもあるけど、怒られることも多いからだ。

 だから我慢するときもある、やっぱり怒られるのは嫌だからぐっと抑えてなんとかしようと頑張るのだ。


「好きな子に意識してもらえないからかな、もうどうでもよくなって好かれなさそうな感じにしているの」

「別にそれでも好きになる人はいそうですけどね」

「はは、この状態の私を好きになる人なんてやばい人でしょ」


 まあ、派手とは言っても私基準でだから大したことはないけどね。

 それでもやばい人にはなりたくなかったから気をつけることにしようと決めたのだった。




「部室でやるのってありなんですか?」

「読書とかをするわけじゃないからね」

「そうですか、ならここでやらせてもらいます」


 一人で教室に残ってやっていたら部長がやって来て急に誘われた形となる。

 幼馴染君も先輩も今日は来なかったから仕方がないと諦めていたものの、誘われた瞬間にあっという間に負けてしまった。


「あの子と仲良くできているのかな?」

「吉水部長のお友達さんとということなら分からないです、一緒に過ごすことはそれなりにありますけどね」


 お昼休みではなく十分休みに来るのが好きな人なのだ、だからゆっくり会話をしようとしてもできないという連続になっている。

 なにも影響を受けないで済むならそれでいいけど、残念ながらもやもやとしてしまう自分も存在していた。

 私を積極的にこういう状態にしたいということであれば狙い通りということになるものの、なんかもっとはっきりとしてほしいところだ。


「そっか」

「吉水部長は今日、幼馴染さんとやらなくてよかったんですか?」

「用事があって無理になってね」


 嘘ではないのか、あと、部長も簡単にぺらぺらと話すぎだろう。

 聞いておきながらなに言ってんねんという話だけど、もう少しぐらいは気をつけるべきだと思う。

 幼馴染君は本人から直接聞いたことで知っているし、それ以外で言える人なんて先輩ぐらいしかいないから警戒されてもなにも意味はないけど。


「はは、名字も名前も教えないのにそういうことは教えたのか」

「あ、私が無理やり聞いたんですよ」

「そうなんだ、とはならないよ」


 今回は口にしなかった方がよかった、ことになるのかな。

 これでは先輩の評価を下げてしまう、部長がどういう人なのかを私はまだ全然知らないから気をつけるべきなのはこちらだったのだ。


「まあ、僕が取ってしまったみたいなものだからね」

「取ってしまった……」


 でも、仕方がないことだ、一方通行というわけではないのなら、相手も部長のことを見ているのであれば諦めるしかない。

 上手くいかないことにむかついて嫌がらせなんかをしていたら益々見てもらえなくなるだけだろう。


「いつも三人でいたのに気づけば二人で過ごすことが多くなっていたら、自分一人だけ仲間外れにされていたら気になるものでしょ?」

「なるほど、確かにそれなら気になるかもしれません」

「うん、だからあの子は僕のことをよく思っていないんじゃないかなって」


 恨んでも物理及び精神的に疲れてしまうだけだから全てを諦めるためにああして変えたということなのか。


「別に人のせいにする人間じゃないんですけど」

「いたんだ」


 部長のことを気にしすぎている女の人にしか見えなかった、教室ならまだ分かるけど、ここは自分達の教室からは遠い場所にあるからだ。

 だけどそうではない、少なくとも部長の方には全くその気がないわけで。


「後輩の女の子を部室に連れてこんでしたことがそれ? 勉強のために集まっていたんじゃないんですかー?」

「お喋りがしたくなってしまってね」

「用事があるということでいまは別れているけどどうせ夜に会うんでしょ? それなら夜まで大人しく家で勉強をしておきなよ」

「そうだね、これ以上お喋りをしていると怒られてしまいそうだからね」


 というわけで解散ということになった、が、帰るつもりはなかったから教室に戻ってやっていくことにする。

 この前速攻で休もうとしていて説得力がないかもしれないものの、家だと家事をしなければという気持ちに負けて勉強が後回しになりそうだからだった。


「埜乃は偉いね」

「普通ですよ」

「よっこらしょっと、私もやっていこうかな」


 ということはまた真面目にやっている先輩が見られるということか。

 決して自分だけが見られているというわけではないということを分かっていても、嬉しく感じてしまうのは何故だろうか。

 人と一緒にいたすぎる人間だからかな? それとも、もう先輩のことを気に入ってしまっているのだろうか。


「私達のことが知りたいなら知文にどんどん聞けばいいよ、なんにも隠さないで教えてくれるからね」

「いえ、昨日と今日のだけで十分ですよ」

「ま、恋愛なんてこんなものだよ、誰かが選ばれるのなら誰かは選ばれないというだけの話さ」


 先輩が誰に好意を抱いていたとかよりも、単純に先輩のことが知りたかった。

 なにが好きかとか、どうやって過ごすとか、たったそういうことだけでもいいから一緒にいられる時間を無駄にはしたくない。

 なにもないまま終わるなんてそんなの寂しすぎだろう、だからそのためにはこちらからも積極的に動く必要がある……よね。


「先輩と仲良くなりたいです」

「急にどうしたの?」

「少なくともなにもないままで終わりにはしたくないです」


 じっと見ていると躱されてしまいそうだったからどうなんですかとか聞かずに勉強をするために意識を下に戻す。

 読書をやっていてよかった、すぐに集中できるのは毎日繰り返しているおかげだと言えるだろう。


「埜乃、女の子なら誰でもいいわけじゃないんだよ」

「つまり、駄目ってことですか?」

「埜乃には悪いけど、うん、そういうことになるかな」


 まあ、動いた結果がこれならいいのではないだろうか。

 帰る必要もないからそれから三十分ぐらいは集中してやっていた。


「そろそろいい?」

「はい、これで失礼します」


 部活がない状態で一時間もしていないわけだから今日は母より早く帰宅できることになる。

 いいか、部活を言い訳にご飯を作ったりをしていなかったからたまには母の役に立てると喜んでおけばいい。


「よう」

「ご飯作るから適当に休んでいて」

「了解」


 うーん、やはり過ごした時間の長さで分かりやすく変わってしまうみたいだ。

 なにもないからこそ落ち着ける、ただそこにいるというだけなのに安心してしまっているのだ。


「振られちゃったんだよ」


 元々隠すタイプでもないけど彼にならなんでも言えてしまうのもねえ。


「残念だったな」

「だから今日は付き合ってくれない? ジュースぐらいなら奢るからさ」


 でも、言ってから後悔することというのはやはりある。

 彼女がいる子になにを言っているのか、私が男の子だったらなんにも気にする必要はなかったけど女だから自分で止めなければならない。


「別にいらねえよ、一緒にいてほしいということならいてやるよ」

「あ、いや、やっぱりいいや、彼女さんに申し訳ないからやめておくよ」

「そうか、埜乃がそう決めたなら合わせるだけだな」


 で、彼はそれにすらも合わせてくれるような存在だった。

 私にはできないことをしている、そして、これからもできるようになることはないだろうと分かる。

 これは相手のことではなく自分のことだからね、自分のことすら分かっていなかったら問題だからこれでいいのだ。


「はい、これ飲んでみて?」

「薄すぎず濃すぎずでいいな」

「そっか、久しぶりに作ったからちょっと不安になっていたけど、君がそう言ってくれて安心できたよ」


 これで堂々と母に食べてもらうことができる。

 いやだってほら、お仕事を頑張って家に帰ってきてやっとご飯を食べられるとなったのに微妙な味だったら嫌でしょ? これなら自分が作った方がよかったなんて考えになられても嫌だからしっかり集中して作るのだ。

 テスト勉強なんかよりも集中するべきことだった、まあ、話しながらしてしまっていたからちょっとあれだけど……。


「ただいま」

「「おかえり」」

「ふふ、私に息子ができたみたい」


 お世話になったということを話した結果、母が誘って今日は三人で食べることになった、私の意思でそう決めることはできなかったからありがたい。


「美味しい、あと、帰ったときに埜乃がいてくれるというのは嬉しいな」

「な、なんかそれだと不良娘みたいな言い方をされている気が……」

「そんなことを言うつもりはないけど、ありがたいことだなって思って」

「埜乃ならすぐに帰ってくるだろ」

「うん、それは分かっているんだけどさ」


 それでもちゃんと活動終了時間までは入部したからにはいたかった。

 この前みたいなことにはもうならないから、少なくとも部長が退部するまではあっていてほしいと思う。


「そういうことか」

「ん?」


 幼馴染でも隣同士というわけではないから送るために家を出ていた。

 洗い物をしようとしたら駄目と言われたためと、すぐにお風呂に入る気にもなれなかったから仕方がない。


「ほら、埜乃の父さんは出て行ったんだろ?」

「ああ、帰ってくると分かっていても直接顔を見るまでは不安になってしまうということか」

「側から人が消えるという経験がないからどんな感じなのかは分からないけど、きっとそういうことなんだろうな」


 大変なのに再婚をしようという考えにならないのは怖いからなのかな、それとも、自分と私ぐらいならなんとかできる……とかかな。

 月に何円稼いでいるのかもしれない、が、ほとんど毎日お仕事に行っていることだけは知っている。

 だからこそ少しぐらいは自分にできることをしようと考えていたのに、誘われて部活に入ることにしてしまった。


「ここまででいい」

「そっか、じゃあ今日もありがとね」

「おう、また明日な」


 母がお風呂に入りたいだろうからゆっくり歩いて帰ることにした、入る前に帰ってしまうと譲ろうとしてしまうからこうするしかない。

 その途中、何故か前の方から部長が歩いてくるのが見えてがちっと固まった。


「あ、根岸さんだ」

「ここら辺になにか用があったんですか?」

「違うよ、日課の散歩をしていただけなんだ」


 そうですかと答えて待っていると「まだ大丈夫なら付き合ってくれない?」と。

 夜に過ごすという話はどうなったのか、あと、この様子だと勉強もしないで歩いていたということになるけど……。


「分かりました」


 そして今回も負けた自分がいた。

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