123作品目

Rinora

01話.[遊びに行こうよ]

「おはようございますっ」

「お、今日も朝から元気だね」

「はい、これだけが取り柄ですからね」


 だから元気で他のことも上手くできてしまう人が現れると駄目になっていく、そして生きている限りはそういう人とばかり遭遇することになるわけで……。


「朝から来るのなんて岸根さんだけだよ」

「運動部と違って朝練というわけではないですけど、朝から読書をするといい気分のまま授業を受けられますからね」


 岸根埜乃のの、入学したばかりの普通の女だった。

 この自由な部活に入ることになったきっかけはこの人、吉水知文ともふみさんが直接誘ってくれたからだ。

 なんらかの部活に必ず入らなければならないなんてルールはなかったものの、読書でも絵を描くのでもお喋りするだけでも自由とのことだったから入部することを選んだ形になる。

 私は賑やかなときの方が読書が捗るタイプのため、複数人が同じところでわいわいしてくれているというのはありがたいことだった。


「こう言ってはあれですけど、よく学校側に受け入れてもらえましたね」

「危ないことをするとかそういうことでもないからね」

「そうなんですね」


 まあいい、静かなところでも読書は普通にできるからささっと読書を始めてしまわないともったいない、そういうのもあって本を読もうとしたら取り上げられてしまったという……。


「埜乃ってこういう本を読むんだねー」

「前も言ったと思いますけど……」


 このひとは吉水さんのお友達さんだ、何故か名字も名前も教えてくれないから知らないままだった。


「知文、ここにばかりいないで教室にいてよ」


 んー、派手だ、部長のお友達さんには見えないぐらいの派手さがある。

 まず胸元が危ういのがもう私的にはそういう人に該当する、あとは校則で禁止にされていないのもあって髪を染めているということも強く影響している。

 だけど赤色に染めるというのもすごいな、仮に可能でも金色とかちょっと分かりづらい青色とかにしそうなのに赤だから。


「朝とお昼と放課後にしか来ていないよ」

「いや、引きこもりすぎでしょ、ほとんどここにいるってことじゃん」


 私以上にここが大好きな部長でも十分休みに行くのはやめているらしい。


「一応部長だからね、頼んで入ってもらったのに僕が不参加だったら意味がない」

「それでも放課後だけでいいでしょ?」

「んー、だけど根岸さんみたいな子がいてくれるからね」


 うっ、なんか悪いことをしているわけではないのに申し訳ない気持ちになってきてしまった。

 このまま続けていたらこの派手な人に敵視――あれ? にやにやしているのは何故だろうか?


「そっかそっかー、知文は埜乃みたいな子が好きなんだねー」


 えぇ!? な、なんで急にそんな話になるのか……。


「強制するつもりはないけど積極的に参加してくれる根岸さんが好きだよ」

「あーあ、知文がこんな感じだから勘違いする女の子が後を絶たないんだね……」


 みんなに対して優しいタイプだから普通に接しているだけで確かに勘違いさせていそうだった。


「一番目はあなたですよね」

「私?」

「だからすぐに話せる範囲にいてほしいんじゃないんですか?」

「あははっ」


 派手な人――彼女は私の本をこちらに渡してから「埜乃は面白いことを言うね」と依然として楽しそうだ。

 本人がいるところでこういう話になったからなのか、それとも、そもそも本当にそういうつもりはないのか、私に本当のところは分からない。

 ならいま何故一番目云々と言ったのかという話だけど、それはこれまで何回も同じように呼び戻しに来たからだった。

 ただのお友達なら部活に所属していることも知っているわけだから繰り返さないだろう、仮にするとしても他の人間がいないときにやるはずだ。

 つまり言ってしまえば露骨なのだ、だからなんにも知らない私でも大体は想像することができてしまうことになる。


「知文には好きな子がいるから無理だよ、私でも埜乃でもない子だからね」

「結局、あなただって話ではないんですか?」

「ないよ、ねえ?」

「うん」

「別に好きじゃないけどこの通り、そのことに関してはいつもの優柔不断さも消えて真っ直ぐだからね」


 彼女は呆れたような顔になってから「残酷でしょ?」と。

 私としてはその気がないならはっきりとしてくれていた方がいいから同じようには思えなかった。

 むしろ好意があると分かっておきながらそれには見て見ぬふりをして同じように接し続ける方が残酷な人だと言える。


「だから埜乃も気をつけてね」

「はい、ありがとうございます」

「うん、じゃあこれで戻るから」


 特別な意味で好きとかではなくても一緒にいたいのなら入ってしまえばいいのに。

 そうすれば絶対に一緒にいられる、この人は当たり前だけど私以上にここが好きなのだからね。


「そろそろそれぞれの教室に行こうか」

「そうですね」


 片付けも特に必要がないというのもいい。

 今日もいい気分で放課後まで過ごせそうだった。




「埜乃ー」

「なんです――ぶぇ」

「あははっ、想像以上に突き刺さっちゃった」


 あ、朝のあれでむかついていたとかだろうか、傷つけておきながら笑っているなんて怖すぎる。

 まあ、そもそもこの人の笑み自体が本物なのかどうかも怪しいから考えたところで悪い方にしか繋がらないのかもしれない。


「今日の放課後遊びに行こ、服を見たりゲームセンターに行ったりしようよ」

「あ、部活があるので」


 やはりそうか、あの部活に所属していることをよく知っているのに敢えてこういうことを言うのは怒っているということだ。

 大人しく言うことを聞いて付いて行ったらどうなるのかは分からない、が、付いて行けばお友達と遊べるということにほとんど負けそうになっていた。

 いやほら、部活のときは一緒の空間に誰かがいてくれるけど遊べているわけではないからね、と内で呟く。


「終わった後、ちょっとだけでいいからっ」

「それなら大丈夫ですよ、他の部活と違って十八時には解散になりますからね」

「ありがとう、それなら放課後はよろしくね」


 去ってしまったから本を読むために意識を戻す、ことはできなかった。


「なるほど、いつもこういうのを読んでいるんだな」

「……なんで私のことを知っている人って私の本を取ってくるんだろう」


 こちらも知っているくせに敢えて変なことを言うから不思議だ。

 彼は真顔で「ほい」とすぐに返してくれたものの、どう考えても読書に集中できそうにはなかった。


「あの先輩って明るくていいよな」

「ちょいちょい、彼女がいる人なのにいいんですかね?」

「ただの感想だよ、埜乃もあれぐらいでいけばいいな」


 無茶なことを言う、あとあんなに胸元をゆるゆるにしてもぺったんこすぎて意味がない。

 染めるのは髪の毛が傷むらしいからしたくないし、したところで無意味だから私はこのままだ。


「出かけるときは気をつけろよ」

「ありがとう、君も気をつけてね」

「土日まで会えねえぞ……」


 あ、これでは二人と同じみたいになってしまう。

 ま、まあ、知っているのに敢えて言いたくなるというのが人なのだと終わらせておけばいい。

 とりあえず放課後までは集中することになった。


「うーん、今日も僕と根岸さんだけか」

「ゼロよりいいでしょ」

「そうだね、今日は何故か郁――」

「ま、私はこの後埜乃と遊びに行くからね」


 くそ、名前を聞けると思ったのに本人によって邪魔をされてしまった。

 いまはそれなりの力でお腹を叩かれた部長のことよりも必死に隠そうとする彼女の方が気になる。

 どうしてなのか、名字も名前も教えたくない相手ということなら遊びに誘うこともおかしいぞ。


「そういうことなら十七時半で解散にしよう、遅い時間になると女の子二人ということで危ないから」

「マジ? 私としてはありがたいけど……」

「私は吉水部長に従いますよ」


 終わってもすぐに違う本が読めるように複数冊持ってきているから彼女にも渡しておいた、が、彼女はぺらぺらと適当に捲ってから「私、本を読むのってあんまり好きじゃないんだよね」と言われすぐに返ってきた。

 残念、読書仲間を増やそうとする作戦は失敗した形となる。


「やることがないならトランプでもやる?」

「やるやる、ただ黙って待っているだけとか私はできないから」

「うん、あ、そこまでうるさくはしないから安心してね」

「大丈夫ですよ、むしろどんどん盛り上がってください」


 簡単に言ってしまえば百ページぐらいのところで休憩とはならず、賑やかであればプラス五十ページぐらいは読めるようになってしまうのだ。

 元々の集中力もそこまで残念ではないなと一人でなんか勝手に考えていた。

 で、考えることをやめて文字を読むという繰り返しをしているとあっという間に時間が経過したらしくまた本を取り上げられてしまったという……。


「さ、遊びに行こうよ」

「約束ですからね、それではこれで失礼します」

「うん、気をつけてね」


 洋服を見たりゲームセンターに行ったりできるわけだよね? なら、私もリア充の仲間入りというやつではないだろうかと一人ハイテンションで歩いていた。

 逃げはしないのに何故か腕を掴まれているものの、細かいことはいまの私にはどうでもよかった。


「埜乃、これとこれならどっちがいい?」

「こっちですね」

「なるほどね」


 残念ながらセンスというのはないから参考程度にしてほしい、私に合わせてなにかを買うことだけはやめてほしかった。


「それなら埜乃には普段私が着ているようなやつを着てもらいたいな」

「私服を見たことがないです」

「仲良くなればそういう機会もあるでしょ、次に行くよ」


 あるのかどうかは彼女次第ということになる。

 こちらは拒絶するような人間ではないため、誘われたとなればこれからもなにか予定がない限り付いて行くだけだ。


「へえ、音ゲーが得意なんだ?」

「踊ったりはできませんけどね」


 ちゃんと合わせられているということは反射神経も悪くはないということか。

 やはり誰かと一緒にいる時間を作るというのは大切だな、自分一人だといいのかどうかが分からなくて自己評価が低くなりそうだった。


「はは、喋りながらできるとか器用すぎ」


 いや、私としてはこの環境でもちゃんと聞こえることの方が意外なことだった。

 派手とは言っても特別声が大きいということではないから何故だろうとやりつつ考えた結果、まあ、普段よりは微妙な点で終えることに。


「あの、名字だけでも教えてくれませんか?」

「まだいいかな」

「そうですか……」


 まだいいかなっていつならいいのか、このまま知ることもできないまま終わる可能性もゼロではない。

 でも、ここで食い下がったところでいい結果には繋がらないだろうからぐっと抑えて付いて歩いていた。


「そんな顔をしない、あ、これやっていい?」

「レースゲームが好きなんですか?」

「うん、昔はよく知文と対戦したもんだよ」


 見ているだけもつまらないからこちらもやってみることにしよう。

 大丈夫、小学生でもプレイできるようになっているから従っていればすぐだ。

 あくまでこちらはCPUとだけど、それでも十分に楽しめる内容だった。

 というかこれ、CPUが強すぎて追っている内に終わってしまったという……。


「これ難しいですね」

「そう? 私でもできるからそんなこと思ったことはないかな」

「あ、邪魔をしてごめんなさい、ちょっと耳が疲れたのでゲームセンター前の椅子にでも座っておきます」


 慣れないことをすると楽しくもあるけど疲れる、お金も少し消費してしまったからまた貯めなければならない。

 貯めて貯めて貯めて、急になにかがあったときにすぐに対応できるようにしなければならなかった。


「埜乃、お待たせ」

「これからどうしますか?」

「うーん、なんか帰りたそうな顔をしているから一回目のお出かけはここまでかな」

「別にそんなことはないですけど、分かりました」


 彼女――先輩はお友達に呼ばれたとかなんとかでお店を出た後すぐに去った。

 一人ぼうっとしていても仕方がないから家まで歩く、家に着いたら自分の部屋ではなくリビングの床に寝転んだ。


「あ、おかえり」

「ただいま。ごめん、今日は誘われていてすぐに帰ってこられなかった」


 十八時縛りだとしても部活に所属している時点で母より帰宅時間は遅くなる。

 それでも活動をしてきたのと、遊んできたのとでは違うだろうから謝罪を忘れずにしておいた。


「気にしなくていいよ、悪いことをしていないならどんどん誰かとお出かけしてきてくれた方が母親としては安心できるよ」

「でも、お母さんは一人だからさ、ちょっとでもと思って……」

「もうずっとこの状態だからね、それに埜乃がいてくれるから一人じゃないよ」


 父のことはよく知らない、ちゃんと考えて行動できるようになった頃には既に家にいなかった。

 私自身が母がいてくれればそれでいいというスタンスだったので、父のことを聞くことは全くなかった。


「できたよ」

「運ぶよ」

「うん、食べよう」


 母作の美味しいご飯を食べつつ明日から積極的に動いてみようかなんて考えになっていた。

 せめて名字だけでも知りたい、いまのままでは無理だということなら仲良くなれば可能性も出てくるはずだ。

 私自身が負けず嫌いだということをあの人は知らないからあんなことができる。

 ふふふ、大人しく教えておけば私に付きまとわれなくて済んだというのに、後悔してももう知らないからなっ。


「なんか悪い顔をしているね」

「うん、私はこういう人間だぞと思い知らせたい人がいるんだ」

「ふふ、そうなんだね」


 そのままの流れで洗い物をやろうとしたらできなかったので、諦めてお風呂に入ることとなった。


「うーん、せめて表面上だけでもよければもう少しぐらい変わっただろうに……」


 これから分かりやすく変わるなんてこともないからそれも諦めてお風呂場へ。

 それで洗って湯船につかったタイミングで幼馴染君が来たことを母が教えてくれたわけだけど、合わせてすぐに出るということをしたくなかったからいつも通りのタイミングで出た。

 彼女がいるのに危ういことばかりをする、多分昔のままの距離感でいるだけだろうけど私が不安になってしまうようなことはなるべくやめてほしいところだ。


「あ、よう、この人が埜乃の家を知りたがっていたから連れてきたんだ」

「よ、吉水部長? あ、もしかしてなにか忘れ物でもしていましたか?」


 でも、貸そうとした物はすぐに返ってきたし、すぐにしまっておいたから自分で言っておきながらあれだけど忘れ物をしようがなかった。


「ううん、無事に帰ることができたのかが気になっていただけだよ、本当は彼に連絡してもらって確認だけしようとしていたんだ」

「なるほど、私はこの通り大丈夫ですよ、あの先輩はお友達に誘われて遊びに行きましたからいまはどうか分かりませんが」


 って、もしかしてそのお友達と遊ぶまでの時間つぶしに利用されたんじゃ……。

 え、あれだけお友達的存在と寄り道ができると喜んでいたのにこれ? いやまあ、まだそうとは限らないけどいきなり誘ってきたのは不自然だしな……。

 後悔してももう知らないからなどと考えた私だけど、後悔するべきなのはこちらなのかもしれなかった。


「それじゃあこれで、明日からもよろしくね」

「はい」


 部長は去ったのに幼馴染君は帰ろうとするどころかごろんと寝転んでいた。


「あの人には好きな人がいるんだよな? 埜乃は残念だな」

「え、全くそんなことはないけど、あの部活に入部したのだって自由なことをしていいと言われたからなんだよ?」

「じゃああの明るい先輩か?」

「幼馴染君、相手にだって選ぶ権利というやつがあるんですよ」

「ははは、私にだって、じゃないのかよ」


 いやもう静かに生きていくしかない。

 負けず嫌いでもできることというのは少なかった。

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