第8話 思い出のクリームソーダ
私は母が作ってくれたクリームソーダを食べることで、生死を彷徨ったあの時の夢のことを思い出した。そしてその話を母にも話した。
「それにしてもどうして母さんが、夢の中のクリームソーダを知っていたんだ? 」
私は素直な疑問を母にぶつけた。
「ねえ、亮。あんた、今のでマスターの顔も思い出したかい? 」
「え、ああ。うん」
短髪で背が高くて、優しい目元をしたマスター。夢を見た時には思い出せなかった顔が、クリームソーダを食べたことではっきりと思い出すことができた。
「そのマスター、こんな顔をしていなかったかい? 」
母はいつのまにか持ってきたのか、一枚の写真を私に見せた。そこにはレトロな喫茶店の前で、満面の笑みを浮かべる、あの不思議な世界で出会ったマスターがいた。
「え? 」
私はどういうことなのか、状況が飲み込めず困惑していた。母とマスターは知り合いだった……?
「それ。亡くなったお父さんよ。亮は覚えていないと思うけど」
「お父さん!? 」
私は開いた口が塞がらなかった。私は幼い頃、死の間際で、父に会っていたらしい。
「お父さんが喫茶店やってたなんて初めて知ったけど」
「あれ? そうだっけ? 言ったような気がしていたけど」
「姉さんは知ってたの? 」
「さあ? 知ってるんじゃないかな」
今振り替えってみると母はあまり父のことを語りたがらなかった。それをなんとなく察していた私は父のことをあまり聞くことができていなかった。
「パフェグラスで作るクリームソーダで、そうじゃないかなって思ったの。お父さん、喫茶店をやっていてね。そこそこ繁盛してたのよ? で、普通のクリームソーダとは別に、パフェグラスで作る、アイス多めのクリームソーダを出すことがあったの。小さいお子さんだと大きいクリームソーダはなかなか飲みきれないでしょ? お父さんの喫茶店、クリームソーダぐらいしか甘いものがなかったから、そういうお子さん連れの人にアイスを少し多く盛り付けた、小さなクリームソーダを出していたのよ」
母の中ではもう整理がついているらしく父のことをすらすらと、そして懐かしそうに話してくれた。
「そうだったんだ……」
私の生まれて初めて……いや死にかけだったのでこの表現が合っているのかどうかはわからない。とにかく、私にとって初めてのクリームソーダは、父の作ってくれたアイスクリーム多めの「食べる」クリームソーダだった。だから私の中ではクリームソーダは「飲む」ものではなく「食べる」もの、という認識になっていたようだ。
「お父さんがあんたをこっちに帰してくれたんだね。まさか、今更になって知ることになるなんて。お父さんにはちゃんと感謝しなくっちゃ」
母の顔はどこか嬉しそうに見えた。
「ねえ、母さん」
「どうしたの? 」
「おかわりしていいかな? 父さんのクリームソーダ。あと、父さんのことも改めてちゃんと聞きたい」
「ええ、もちろん。あの人が作ったクリームソーダを食べながら、思い出話するのも悪くないわね」
そう言って母はまたキッチンへと向かった。私は改めて写真の中の父を見る。
「ずっと言い忘れてしまっていたけど、父さん、ありがとう」
そう言い終わると、気のせいなのかもしれないが、頭の上に、大きな手のひらの温もりを感じたような気がした。
(了)
思い出のクリームソーダ 旦開野 @asaakeno73
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