第7話 思い出の中のクリームソーダ
5歳の時のことだった。私はいつのまにか、見たこともない街に一人取り残されてしまった。母も姉も、誰もいなくて心細い。涙を堪えながら、私はとにかく誰かいないかと、街の中を歩き回った。
しばらくして、喫茶店を見つけた。今でいう「昭和レトロ」な喫茶店だ。私は吸い込まれるようにその喫茶店に入った。
「いらっしゃいませ」
お店のマスターであろう男性がカップを磨きながら言った。私はどうしていいのわからず、扉の前にただ突っ立っていた。
返事がないことに気がついたのだろう。マスターが顔を上げた。そこに立っていたのが小さな男の子だったのだから驚いたのだろう。彼はすぐに私のところに寄ってきた。
「り……いや、僕。どうしてこんなところにいるんだい?お母さんはどうした? 」
一気に問われ。頭の中がパニックになった私は、我慢していた涙が溢れてしまった。
「あ、いや……すまん。とりあえず座ろうか? 」
慌てたマスターは私を席へと座らせた。そして
「ちょ、ちょっと待っててくれ」
その勢いのまま彼はカウンターの奥へと消えていった。
私は席についてからも、しばらく不安を拭うことができずに泣いていた。しばらく泣いて、少し落ち着いた頃、
「お待たせいたしました」
体裁を整えてきたらしいマスターが、トレーを持ってやってきた。そして私の目の前にあの、浅いパフェグラスで作られたクリームソーダを持ってきたのだ。
「なにこれ? 」
私はこの時初めて、クリームソーダというものを目にした。
「クリームソーダというんだ。すまない、生憎うちの店にはこれくらいしか甘いものがなくて……でも、少しおじさんなりにアレンジしてみたんだ。気に入ってくれるといいんだけど……」
私は、目の前に出されたクリームソーダがあまりに綺麗だったので泣くのをやめた。そしてアイスを一口。初めて口にするソーダをスプーンで掬って一口。
「おじさん! これすごくおいしい! 」
その言葉を聞いてマスターはニコニコとしていた。
マスターが出してくれたクリームソーダを完食した私は、すっかり涙が乾き、悲しみなど忘れていた。
「……僕、そろそろ帰らなくていいのかい? 」
私が落ち着いたのを確認してマスターが言った。
「そうだ。帰らなきゃ。でもおじさん……僕、帰り道がわからないんだ」
また一人ぼっちであることを思い出してしまった私は、再び悲しみと不安に襲われた。しかし涙が出てくる前にマスターは言った。
「いいかい。おじさんは帰り道を知っている。教えてあげるから、その通りに帰るんだ」
「え? 帰り道を知ってるなら、途中までおじさん、一緒に来てよ」
「それは……できない。おじさんはここを離れることができないんだ」
「どうして? 」
「えーっと……そうだ。私は一人でこのお店をやっている。いつ他のお客さんが来るかわからない。だからこのお店から離れられないんだ」
「そんな、おじさん、一緒に来てよ」
「ごめんな。一緒に行けなくて。でも帰り道は簡単だ。君ならきっと、一人で帰ることができる。早く帰ってお母さんやお姉ちゃんを安心させてあげるんだ」
姉さんがいることなんて言ったっけ?と疑問に思いつつ、他に選択肢がないと悟った私は仕方なく、一人で帰る決心をした。
「いいかい、このお店を出たら左側……こっちの手、お椀を持つ方に進むんだ。そのままずっとずっと真っ直ぐ進む。どこの道も曲がってはいけないよ。とにかく前だけ見るんだ。そうすれば、君はお母さんのいるところへ帰ることができる」
「真っ直ぐだね。わかった」
「絶対寄り道しちゃダメだよ。また迷子になってしまうからね」
「うん。僕、絶対寄り道しない」
「よし。えらいぞ」
マスターはそう言って私の頭を撫でてくれた。大きな手のひらがまるで私の頭を包み込むようだった。頭を撫でられて、私はなぜかとても安心した。
マスターに見送られ、私は喫茶店を出てからお椀を持つ手の方に体を向け、ひたすら走り続けた。早くお母さんに会いたかったし、なんとなく急がなければいけない気がしたからだ。走っても走ってもなかなか辿り着かない。不安が襲ってくるたびに私は先程食べたクリームソーダと、マスターの温もりを思い出した。
どのくらい進んだ頃だっただろうか。いつのまにかあたりの建物は消えて、そこはひたすらに真っ白な世界だった。
「あれ……ここは? 」
私は立ち止まった。すると次の瞬間、私は謎のとても強い光に包まれた。あまりに強い光なので思わず目を瞑る。
次に目を開いた時、私は病院のベットにいた。
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