第3話 青春のクリームソーダ
衝動的な欲というのは、何かを食べたくなるということに限らず、よくあることだと思う。このような行動には何も意味がない、と思いがちだが、立ち止まって考えてみると、案外自分の中に、その行動のきっかけになるものが眠っていたりするものだ。
ということで、私はどうしてこんなにもクリームソーダが食べたいのか、考えてみることにした。
私は今までの人生を振り返り、クリームソーダに関する記憶を思い出そうとした。私が最後にクリームソーダを食べたのはいつだっただろうか。記憶力は良くないが、なんとかクリームソーダの思い出を引っ張り出す。これが最後、という確信はないが、クリームソーダについて、印象的な思い出が浮かんできた。
それは私がまだ若かった、高校生の頃。私はその時、はじめてお付き合いというものをした。相手の名前は明子さんと言った。高校近くのデパートで時間を潰し、地下にあるフードコートに寄って行くというのが放課後のデートのお決まりのコースだった。彼女はいちごのクレープを、私は紙コップに入ったクリームソーダをよく注文した。安いやつだったし、絶賛するほど美味しいものだったのかと言われるとそういうわけではなかったけれど、思い出補正……とでもいうのだろうか。とても印象に残っている。
「行くか……」
クリームソーダを食べたいという欲は、無視してはいけない、なんとなくではあるが私はそんな気がしていた。クリームソーダは、忘れてしまっている大事な何かを思い出すための鍵なんだ、といつのまにかそんなことまで思うようになっていた。このモヤモヤを晴らすためにはとにかく自身の思い出を探って、クリームソーダを食べていくしかない。
金曜日、仕事を終えた後、私は電車に乗り、いつも使っている駅のひとつ前で降りて、ショッピングモールに向かった。
駅から歩いて5分ほど歩くと、大きな建物がある。私が社会人になって今住んでるマンションに引っ越してきてくる前からあるらしく、外観は少し古い。その雰囲気が地元のデパートに少し似ていたので寄ってみることにした。
地元のデパートと同じように、このショッピングモールも地下にフードコートがあった。そこに、どこが経営しているかよくわからないクレープ屋さんがあった。ショーウィンドウに並ぶ食品サンプルを覗き、メニューを確認する。やはりここにも、大きめのプラスチックカップに入れられたクリームソーダが売られていた。
「すみません」
私はカウンターに移動し、店員に呼びかけた。
「はいよ」
ここで働いてだいぶ経つであろう女性が、少々めんどくさそうに対応してくれた。
「クリームソーダをひとつ」
お会計を済ませると、店員は奥で準備を始めた。
「お待たせ」
そういう店員の手にはクリームソーダがあった。着色料が多すぎるのではというくらい鮮やかな緑の、並々と注がれたソーダと、クリーム色をしたバニラアイスクリーム。アイスクリームとソーダの間には泡があふれそうになっている。私はクリームソーダを受け取り、レジ横に置かれた、先端がスプーンのようになったストローを一本取り、フードコート前の、2人掛け用のテーブルに腰掛けた。
スプーンストローでバニラアイスを掬う。小さな匙なのでアイスをほんの少ししか取ることができない。ひとかけのバニラアイスクリームを口に運ぶ。ほんの少しの量でバニラの香りと甘さが口一杯に広がる。
スプーンとして使っていたストローをアイスの横に刺して、今度は色鮮やかなソーダを吸う。飛び込んできたソーダは口の中で弾け、次の瞬間にはこれでもかというくらいの甘味を舌が受け取った。今の私には少々胃もたれしそうなほどのものではあったが、それでも、食べることで高校時代のことを昨日のことのように鮮明に思い出すことができた。おしとやかで、長い黒髪が綺麗だった彼女。私の話をいつも楽しそうに聞いてくれて、些細な嬉しいことも、いちごのクレープを食べながらウキウキした様子で語ってくれた彼女。高校を卒業し、お互い別々の大学へ進むことになってしまい、そのままお別れしてしまったが……もう随分前の話だけど、彼女は今どうしているだろうか。そんなノスタルジーに浸りつつ、しかし私の中のモヤモヤは晴れなかった。
「これじゃない」
高校時代の青春の思い出も大事なものの一つであることは間違いないのだが、どうも私が思い出したかったのはこの記憶ではないようだ。
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