第2話 今どきのクリームソーダ

 次の日の昼休み。私は午前の仕事を早めに切り上げて、職場を出た。天気は晴れ。入道雲が少し遠くに見えた。少々元気が良すぎる太陽が照り付けている今は7月。季節はとっくに夏だった。

 クリームソーダ専門店の看板を見つける。お昼時にわざわざクリームソーダを目当てにやってくる人は多くはないが、それでも若い女性客が少々お店の前に列を作っていた。

 おじさんが一人、若い女性と一緒になって流行のお店に並んでいるというのはなんというか、だいぶくるものがある。なんとなくだが周りの視線が痛い。自意識過剰かもしれないが。

「緑樹様」

 私よりも若い店員に呼ばれ、お店に案内される。外の暑さとは裏腹に店内はエアコンの風が吹き、とても過ごしやすい。

「ごゆっくりどうぞ」

 小さな可愛らしいテーブルに案内される。私は置いてあったミント色で縁取られたメニュー表を手に取り開いた。

 クリームソーダと書かれた項目の下にはメロンクリームソーダ、チェリークリームソーダ、グレープクリームソーダ、レモンクリームソーダなど、聞いたことのない、さまざまな名前が並んでいた。さらにその下にはアイスクリームの種類もあり、定番のバニラアイスクリームをはじめ、塩ミルクアイス、いちごアイス、チョコアイスなど複数から選ぶことができる。今、クリームソーダというのはこんなにもカラフルな飲み物になっているのか……と驚いた。

 私は定番の白いアイスと緑色のクリームソーダを目指してやってきたはずだったが、これだけ種類があると私の胸の奥に眠っていた好奇心が目覚めてしまったようで、変わったもの注文したくなってしまった。しかし何を注文していいかわからない。こういう時はお店の人に聞くのが1番だろう。そう思い私は店員を呼んだ。

「お店のおすすめを頂けますか? 」

 私の声は思っていた以上に震えていた。おじさんになると、こういう流行のお店に来るとどうしても気が引けてしまう。しかし、店員の女性は私のその様子など気にすることなく笑顔で応えてくれた。

「今のおすすめですと、塩バニラアイスにブルーソーダの組み合わせになりますが、いかがでしょう? 」

「あ、はい。じゃあそれで」

 少々無愛想な返事をすると、女性の方は相変わらず笑顔でかしこまりました、とお辞儀して去っていった。

 改めてあたりを見渡してみる。一人でくる客などは私くらいなもので、どこをみても友人同士でやってきてる若い女性ばかりだ。ここまで場違いなところに来てしまったこともなかなかない。私はどうも、そこまでしてクリームソーダを食べたかったらしい。

「お待たせいたしました」

 トレーに乗せられてやってきたクリームソーダは今日の空のように青く、塩バニラアイスはまるで先程見た入道雲のような色をしていた。

 店員にありがとうございます、と告げて青色のクリームソーダを見つめる。透明感のある涼しげな見た目はまさに今の時期にぴったりだ。

 まずはついてきた細長いスプーンで塩バニラアイスを掬い、口へと運ぶ。甘いミルクアイスを塩のしょっぱさがより引き立てる。すかさず刺さっていたストローでブルーソーダを吸い込む。ほんのりミントの爽やかさが鼻を通り、甘さが控えめなソーダは、バニラアイスと合わせることでちょうど良い。なるほど、なんというか、今っぽい味がする。


「ありがとうございました」

 ブルークリームソーダを完食して、お店を後にする。少し体が軽くなったような気がする。慣れないお店にいることは、自分で思っていた以上に緊張してしまうものらしい。外は先ほどよりも気温が上がっているような気がした。

 ここのお店のクリームソーダはとても美味しかった、美味しかったのだけど……

「……これじゃない」

 私は思わず小さく呟いてしまった。確かに美味しかった。平日でもあれだけ並んでいるのがよくわかる。だけどどうも私の求めているクリームソーダではなかったようだ。定番の、緑色のクリームソーダを頼めばよかったのか……いや、でもそういうわけでもない気がする。私のクリームソーダを食べたい欲は残念ながらおさまることはなかった。

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