一目惚れした俺と2

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「はあ」

と、吐き出される息。

慶奈の口から、いつもの欠伸ではなく、深いため息が出ていた。

あの、悩むことを知らない馬鹿な慶奈から、だ。

よく知っているはずの友人のいつもとは違う態度。どうしたんだろうか、とまた彼..桃夜も違った意味で頭を抱えていた。

明らかに元気がない。気だるいとか疲れてるとかそういういつもの感じではなく、心ここにあらずというか。

どうしたんだと話しかけても、慶奈は俺に気づいていないのか、息をはくばかりで答えない。

慶奈のくせに、生意気な。口ではそう言いながらも、

心配なのか、桃夜の顔は不安げだった。




そんな桃夜の気持ちも知らず、

慶奈は、あれからずっとあの時ぶつかったあの子のことばかりを考えていた。

会いたいな。なんて、何度呟いたことか。

あの黒い髪に黒い瞳、真っ黒な見た目とは裏腹に、黒い服から見える白い肌。

華奢な身体からは想像もつかないほどに強気で鋭い眼差し。何もかもが愛おしく、どれもこれも正確に覚えていた。

だからこそ、なぜあの時名前を聞かなかったのか。それだけが気がかりでならなかった。


「はあ」


また、何度目かのため息をつく。


彼のことが頭から離れない。

問題ないと発した声とか、もっともっと、聞きたい。無表情だった顔が、喜びに変わる姿とか、笑顔を..見てみたい。

仲良くなりたい。

そして名前を聞いて、もっともっと仲良くなって、深くまで関わって、いつか..

友達じゃ足りない。友達よりも上の、関係になりたい。


一目惚れ。

なんて、バカっぽいけど、

好きになっちゃったものはしょうがないじゃないか。



ああ、

会いたいな。

君と、会いたい。



「会いたいなあ..」

「誰に?」

「へっ?あ、あれ、桃?いつのまに来てたの?」

「さっきからずっと居たし、何度も呼んだんだけど」

「え?そうなの?全然聞こえてなかった..」

「だろうな、周り全然見えてなかったし。それより昼、早くいかないとせきなくなっちゃうぜ、行くだろ?」

「もうそんな時間!?やっべ!もちろん行くよ行く!」

「飯の話になった途端元気になったな......おい、急ぐのもいいが走ってすっ転ぶなよ!」

「言われなくても俺そんなガキじゃねー...よぉおっ!!?」

「......っ!!」


ドンッ!!


「悪いっ!今俺全力でぶつかっ......!!!」

「ばっ、お前言ったそばから!!おい、アンタ大丈夫かっ?」

「っ....も、問題な..」

「大丈夫って顔じゃないぞ。隠さなくてもいい、どこ痛めた?足?腕か?」

「.........あ「ああああああ!!君っ、君この前のおおお!!!」

「「!?」」


走り出した慶奈は案の定周りをよく見ておらず、目の前に現れた少年に勢いよくぶつかった。

ドン、といつぞやと同じ音が響き、二人はまた尻餅をつく。

それを見ていた桃夜は慶奈が立ち上がるよりも早くぶつかった少年にすぐさま駆け寄り、大丈夫かと問いかけた。

慶奈は慌てて立ち上がり、謝ろうと口を開いたところで少年の姿を見て固まる。あ、あ、と口から声が漏れている。

ぶつかった少年は痛そうに顔を歪めながら「問題ない」と一言冷めた答えを返そうとした。しかし、顔はやはり痛そうで、大丈夫そうに見えなかった桃夜はその発言を遮って、一人で立ち上がろうとしていた少年の腕を掴み、どこが痛いのかと足と腕を指して聞く。

少年は俯きながら黙り込んで若干考えた後、桃夜の顔を見上げ、足と言おうとしたのか「あ」と口を開けた瞬間、

先ほどまで固まっていた慶奈は少年のことを指差し、いきなり大声をあげたことによりその声はかき消された。

ビクリ、と身体を飛び上がらせ、慶奈の叫び声に少年と桃夜は驚きを顔にする。


「お前、いきなりなんなんっ「ずっと会いたかったんだ!君に!」

「は?いや、そんな感動の再会みたいな事はいいから、この子怪我したっぽいしとりあえず保険しっ「君一年生だよね?新入生の!ねえ名前は?俺は慶奈!」

「おい、話しを聞っ「つか、つかさ!!二回もぶつかるなんてもうこれ運命なんじゃね!?デスティニー!!?俺たち赤い糸で結ばれてたりしてー!!」

「嬉しい気持ちはよく分かった。よーくからさ.........とりあえず、お前ちょっと黙ってろ..!!!」

「良かったら友達にむしろそれ以上の関係にならなっ、いってぇ!!!」


スパーン、と軽快な音を立てて桃夜の見事なツッコミが慶奈の頭に入る。手に握られているハリセンは一体どこから現れたのか..

ハリセンを浴びた慶奈は痛いと声を上げてしゃがみ込み、

えっと...と、ぶつかった少年は二人の掛け合いを見て痛む足のことも忘れ、どうしたらいいのか分からず困惑した声を漏らしていた。


「騒がしくしてごめんね。こいつのことは放っておいていいから、保健室行こっか。立てる?手、貸そうか?」

「え、あ......ああ、ごめ..」

「いいよ、あいつの事注意しなかった俺の責任でもあるし、悪いのは慶..あいつだから」

「そ、そう..ですか」


少年に肩を貸して、桃夜はごめんねと優しく笑いかけた。少年は桃夜に寄りかかりながら申し訳なさそうに眉を下げて、まだ困惑しているのか視線は左右を泳いでいる。

桃夜の顔を見ておどおどと落ち着かない様子でいた少年に、桃夜は大丈夫だよと落ち着かせるように掴んでいた肩を優しく撫でた。少年は桃夜の顔を下から見上げ、少し緊張を緩めたのか肩の力が抜けていく。しかし、再度騒ぎ出した慶奈の声にビクリと身体を震わすと、また少年は身体を強張らせてしまった。はあ、と桃夜は呆れた息を吐く。


「ちょ、俺も行く!置いていかないでよ!!」

「......この子は俺が連れてくから、お前は先生に保健室行ってること伝えとけ。二人も居ても邪魔になるだけだろ。俺と......君、名前なに?」

「...来栖」

「組は?」

「一の..三」

「来栖くん、ね。彼を保健室連れくから授業遅れるって。もし組まで聞かれたらそれも答えとけ、頼んだぞ」

「えっ、待っ、だったら俺が連れて..!!」

「た、の、ん、だ、ぞ..?」

「......は、はい」

「よし、じゃあ行こっか」

「え.........あ..はい」


俺も行くと言って聞かない慶奈に、桃夜は少年の肩を抱き寄せながら、笑って「いいな?」と凄んで言った。

あまりの気迫に、慶奈は「はい」と姿勢を正し、素直に返事を返す。

下から顔を見上げでいた少年...来栖はその気迫に身体を硬直させて思わず顔を引きつらせ、

行こうかと言ってきた桃夜の笑顔に、身体を震わせながら頷くのが精一杯で、

震え出した来栖に、桃夜は慶奈が騒ぎ出すからまた怯えだしちゃったよと違ったことを考えながら、抱き寄せていた肩を優しく撫でて、保健室へと向かったのであった。

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