代償を負った理由

 分からないと告げたように、拓也は全く納得がいかない様子で眉を寄せていた。

 その違和感の出所は、すぐに彼の口から語られる。



「エリオス様もあのくそ野郎も、やってることが理解できねぇ。自分でルティを危険にさらしているくせに、最後には絶対にルティが助かるように手を回してある。助けるつもりなら、危険にさらす必要がないだろ。」



「そうもいかないんだよ。……憎たらしいことにね。」



 刺々とげとげしい言葉。



 その瞳に苛烈な感情が燃え盛ったかのように見えたが、エリオスは呼吸一つでそれを収めて、拳から力を抜いた。



「これは、私に課せられた代償なんだ。ルティがあの世界に戻ってしまった以上、この代償を果たさないわけにはいかなかった。アクラルトが全力で私を守ってくれていたとはいえ、この契約の不履行は見過ごされないだろうからね。」



「代償……」



 実は、エリオスの言葉にあったその単語をなぞる。



 今まで父が浮かべていた表情や、その態度を見ていれば分かる。

 父がこれまでにしてきたことは、決して彼が望んでやったことではなかったのだと。



「なんで……そんな代償を、父さんが負う必要があったの…?」



 おそるおそる訊ねると、エリオスが言いよどむ気配を見せた。

 それでも根気強く待っていると、やがてその唇が薄く開く。



「君と……少しでも長く、共に過ごしていたいと願ったから……かな。その時間を確保するためには、結局のところ代償を果たすしかなかった。試行錯誤はしたけれど、神の監視からはなかなかのがれられなくてね……」



 やはり、そういうことだったのか。



 実は泣きそうな顔で眉を下げる。

 心がすっと冷えていく気分だった。



 矛盾しているかもしれないが、父は自分を守るために、自分を傷つけるしかなかったのだ。



 桜理に同じことができるかと問われれば、自分は即で首を横に振る。



 それをかんがみれば、父がどれだけの辛酸をなめてきたかは、痛いほどに察せられる気がした。



「神の監視ってのは、あのくそ野郎のことか?」



 次なる拓也の質問に、エリオスは首を横へ。



「いや、あの方じゃない。というのも、あの方は神の世界でもはぐれ者のようでね。他の思惑とは一線を画したところにいるようなんだ。……だから、一度はまんまと口車に乗せられてしまったのだけどね。」



 エリオスの口調に滲むのは悔しさ。



 あんな奴、信じるべきじゃなかったと。

 そんな心の声が聞こえてくるようだった。



 そこで再燃するのは、自分たちがずっと胸にくすぶらせていた疑問。



「ねぇ……あいつは、何が目的で俺に絡んでくるの?」



 実はその疑問をぶつける。



「あいつ、俺という存在を待っていたとか、俺があいつの願いを叶えてくれるとか、よく分からないことを言ってくるんだ。それに……あいつが、俺を運命から解放する唯一の希望ってどういう―――」



「違う。」



 鼓膜を叩いたのは、ぞっとするような殺意を含んだ冷徹な声。



「希望なんかじゃない。それだけは、絶対に違う…っ」



 エリオスの表情がまた、穏やかさを失う。

 噛み締められた奥歯から、ぎりっとにぶい音が聞こえてきた。



「……あの方の目的までは、さすがに私も分からない。ただ、君をここに繋ぎ止めたいという一点においては、私と利害が一致していた。認めるのはしゃくだけど……あの方の協力があったからこそ、君を本来の運命から遠ざけられたのは事実だ。」



 一気に興奮状態に陥ってしまったのか、その言葉を押し出したエリオスは深く呼吸をして、どうにか気持ちを落ち着かせようと努力しているようだった。



 エリオスが何かを話す度、こちらには新たな疑問がどんどん湧いて出てくる。



「俺の……本来の運命って…?」

「そんなこと、君は知らなくていい。」



 実の問いに、エリオスは拒絶とも言える早さでそう切り返してきた。



「おい!」

「拓也、待って。」



 食ってかかろうとした拓也を制し、実は沈黙する。



 どくどくと、心臓が早鐘を打っている。



 こんなに優しい父がこう言うのだ。

 きっと自分が辿るはずだった本当の運命は、慈悲の一片もなかったのだろう。



 自分だって、知らなくていいなら知りたくない。

 でも、現実は残酷だ。



 だって自分はすでに―――母の記憶から、そのヒントを得てしまっているのだから。





「俺はいつか……誰かに連れていかれるの?」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る