苦悩を包む声

 拓也は淡々と語る。



「鎮魂祭の時、おれは歌っていたルティを止めるために、あの洞窟へと向かいました。間一髪で止められましたけど……あの時、ルティはどこかへ連れ去られようとしていたようですよ?」



「―――っ!?」



「嘘だと思いますか? あの時、おれがどんなに呼びかけても、ルティを止めることはできなかった。焦って追い詰められたおれは、とっさに連れていくなと叫びました。そしたらようやく、ルティが歌うことをやめてくれた。そして―――おれにそう言わせたのは、そいつです。」



 実の手に握られた槍をあごで示し、拓也は再び口を開く。



「ルティには、あの時の記憶がないそうです。だからあの時は、誰かに操られていたんでしょうね。さて……どこの誰が、ルティに何をさせようとしたんでしょうか。そして、ルティをどこに連れていこうとしたんでしょうか。……ねぇ、どう思います?」



 重い口調でつむがれるあの時の出来事に、実は表情をなくす。



 そんなことがあったなんて知らなかった。

 自分はあの洞窟で歌っていただけで、歌い終わったら気を失った。

 それ以外は特に何もなかったって、そう言っていたではないか。



 動揺する実だったが、それ以上に激しく気を動転させていたのはエリオスだった。



「そんな……話が違う…っ」



 顔を真っ青にするエリオスの声は、受けた衝撃のあまりにかすれている。



「さあねぇ……状況が変わったんじゃないですか? エリオス様と交わした契約を無視せざるを得ない緊急事態が起こったのか、はたまた最初から、向こうには律儀に契約を守る気がなかったのか…。それは、事情を知らないおれにはさっぱりですよ。」



「!!」



「これを聞いても、まだしらばっくれます? あなたの行動原理は、ルティを守ることだけなのではないのですか?」



「………っ」



 容赦なく袋小路に追い詰められたエリオスは、あえぐように浅い呼吸を繰り返すばかり。



 今度ばかりは動揺を抑え込めることができなかったのか、反射的に身を引いたその体が、勢いよくソファーの背もたれにぶつかった。



「エリオス様。」



 その時、ずっと話の行く末を黙って見ていた尚希が、静かに口を開いた。



「もう、お一人で抱え込むのはやめにしませんか? おそらく事態は、エリオス様の手には負えないくらいにひっ迫しています。昔は、一人で抱えるしかなかったのかもしれません。でも今は、オレたちもいます。実を守りたいのは、オレたちも同じです。ここからは、一緒に抗わせてください。」



 拓也とは違い、尚希の表情はエリオスへのうれいで満ちている。



 その口調も彼を追い詰めるものではなく、彼の苦悩を包んで支えようとするように柔らかいものだった。



「……お優しいことで。」



「ティル、もういいだろ。ただでさえ痛い思いをしてるのに、これ以上責めるのはこくすぎる。」



 まだ言い足りないと態度で訴える拓也をたしなめ、尚希は再びエリオスに向き合う。



「エリオス様。どうか、話してくれませんか?」

「………」



 尚希に語りかけられたエリオスの瞳で懊悩が揺れるが、それでもエリオスは頑なに口を閉ざしている。



 どうして父が、ここまで話すことを躊躇ためらうのか。

 それを考えた時、ふと過去の出来事が脳裏をよぎった。



『正直ね、話したくないんだ。このことを君に話す時はきっと……全てが終わる時だから。』



 今何をしているのかと訊いた時に、エリオスはそんなことを言っていた。



 どんな契約が父を縛りつけているのかは分からないが、彼が言っていた〝終わり〟とは、決して幸福なものではないのだろう。



 契約上、その終わりの時が来ないと何も話せないということなのか。



 それとも、自分たちに何かを話してしまうことが、終わりの時を迎えるトリガーになってしまうのか。



 そこまで考えた実は、これ以上の話を聞くことに迷いを抱いてしまった。



 知ることが余計に怖くなったのもあるし、こんなに追い詰められた父を見ていられないというのもある。



 思わず、尚希と拓也を止めようとした時。



「………?」



 ふと肌で感じ取った違和感。

 それが何であるかを悟った瞬間、実は驚いてソファーから立ち上がっていた。



「次元が……歪んだ…?」

「!?」



 実の呟きを聞き、全員が目を剥く。



 次元が歪んだということは、何かが次元の狭間はざまに干渉したということだ。



 まさか、風の封印が揺らいだのか。

 そんな疑念を肯定するかのように、リビングに光を伴った風が巻き起こる。



 そこから現れたのは―――


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