制裁と償いの傷

「―――っ!? ルティ!!」



 何かに気付いたエリオスが、実の体を自分の後ろに隠す。

 次の瞬間、その場ににぶい音が響いた。



「ぐっ…」



 エリオスが苦悶の声をあげる。

 首を守るように盾にした彼の左腕には、深々と突き刺さる銀色のやいばが。



「父さん!!」



 実は悲鳴のように叫んで顔を青くする。



 瞬く間にエリオスのシャツと刃が血に染まっていく中、槍を突き刺した張本人である拓也は平静としていた。



「これはまた……突然だね…っ」

「ちょっとむかつくにおいがしてきたもんで、牽制ついでに仕返しですよ。」



 無感動に答えた拓也は、エリオスを睨む目に力を込める。



「むしろ、水を差してもらえて感謝してほしいくらいですね。エリオス様、今こいつに何を言いかけました? それを言ったら、腕一本切り落とすくらいじゃ済みませんからね。」



「………っ」



 何か心当たりがあるのだろう。

 エリオスは一度息を飲み込み、次に微笑んで肩を落とす。



「なるほど。それで牽制だと…。本当に、君って子は……その信念と覚悟には脱帽したよ。ルティを任せるのに、君以上の適任はいないだろうね。」



「そうですか。ありがとうございます。なら余計に遠慮なく、あなたに制裁を与えられるというものです。」



 口調こそ淡々としていたが、拓也の手は震えるほどに強く槍を握り締めている。



「城では、あなたの事情は察しますと言いましたね。でもそれは、あなたを責めないという意味でも、罰しないという意味でもありません。」



 底冷えするようなすごみをはらんで爛々らんらんと光る紺碧こんぺき色が、エリオスをまっすぐに見据みすえる。



「あの時も、はっきりと言いましたよね? おれは、あなたを許さない。それが答えです。」



 誰もがすくみ上がってしまいそうな魔力と威圧感が拓也にほとばしるが、それを受けるエリオスは何も言わずに拓也と対峙するだけだった。



 そんなエリオスに、拓也は憤然として鼻を鳴らす。



「ルティを傷つけた罰がそれで済むんですから、安いもんでしょう? あなたもそれを分かっていたから、あえてけなかった。ルティをかばって、利き手じゃない左腕で攻撃を受け止められるくらい余裕だったくせに。……ねぇ?」



「―――っ」



 傷口をえぐるように拓也が槍をねじると、さすがに激痛にこらえきれなかったエリオスが押し殺したうめき声を漏らし、大きく顔を歪める。



「もうやめて!!」



 ふらりとよろけたエリオスを支えて、実は拓也に向かって声を張り上げていた。



「もういいよ! お願いだから、もうやめて! ティル!!」



 訴える実は、今にも泣きそうだ。

 拓也は一度実に目をやり、次いでまたエリオスへと視線を戻す。



 少しの逡巡しゅんじゅんを経て面白くなさそうに目を閉じた拓也は、しっかりと傷口を広げる方向に力を込めながら、槍を乱暴に抜き払った。



「………っ」

「父さん!!」



 たまらず床に膝をついたエリオスに、実が気を動転させる。



「血がこんなに……早く治さないと…っ」



 拓也が槍を抜いたことで一気に血があふれてきて、床にあっという間に血だまりができる。



 おろおろとしながらもエリオスの傷口に手を当てた実だったが、実が魔法で治癒を施すよりも先に、エリオスの手が実を止めた。



「この傷は……治さなくていい。」

「え……何言って―――」

「いいんだ。」



 エリオスは微かに首を振った。



「これは、私が負うべき償いだ。この傷は、このまま残しておきたい。」



「でも…っ」



「そうだね。さすがに、止血はしないといけないかな。まったく……本当に遠慮なしに刺してくれちゃって……」



 額に汗を滲ませるエリオスは、傷口に手をかざす。



 傷を残したいと言ったのは本気なのか、治癒魔法がかけられて血が止まったエリオスの腕には、痛々しい傷が刻まれたままだった。



「実、これを。」



 詩織が救急箱を持ってきてくれる。

 実はそれを受け取ると、急いで中からガーゼや包帯を取り出す。



 消毒液を浸した脱脂綿を傷口に当てると、途端にエリオスが小さくうめいた。



「父さん…。痛いなら治そうよ……」



 指先まで冷えきって、カタカタと震える実の手。

 実の目頭に浮かぶ涙をすくったエリオスは、ただ穏やかに微笑むだけだった。



「驚かせてごめんね。これくらいの痛み、大したことないよ。」



「そういう問題じゃないよ! なんでけなかったの!? 罰とか償いとか……父さんは何も―――」



「償いだって言うってことは。」



 そこで口を挟んだのは拓也だ。



「そう言うってことは、ようやく色々と白状する気になったと思っていいんですか?」

「………」



 鋭い問いかけに、エリオスは笑顔を消して黙り込む。

 拓也は剣呑に目を細めた。



「まあ、たっぷりと時間は与えてやったんですから、そろそろ話してもらわないと困りますけどね。それと、ルティ。」



 その鋭い眼光の行く先が、実に移る。



「薄々気付いちゃいたけど……お前、エリオス様にやられたこと、何も聞かないまま全部水に流そうとしてたな?」



「………っ」



 ずばり図星を突かれ、実はびくりと肩を震わせた。

 その反応を見た拓也は、大仰に息をつく。



「やれやれ…。お前のことだから、どうせ怒らないだろうとは思ってたけど、やっぱりこうなったか。あの時、エリオス様を殴る許可をもらっといて正解だったな。」



 そう言われると、何も言い返せないではないか。



 過去に父のことに関しては好きにしていいと言った記憶がある手前、拓也に苦言の一つもかけられない実は、気まずげな表情で唇を噛むしかなかった。



 そして、この件については一切悪びれる気もない拓也は、少しばかり悔しそうな実をあえて無視する。



「とりあえず、さっさと手当てしてやれよ。この後は、話が長くなりそうだ。」



 もう逃がさない。

 暗にそれをにおわせて、拓也はその場からきびすを返した。


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