第61話 神の真実は進み行くなり(7)

 いまでも、晶菜あきなは、向坂さきさか先輩に体を預けて抱きついたあの感覚を覚えている。

 あいまいで、柔らかい感覚を。

 あのとき感じた高揚感を思い出せないこともない。

 でも、それは、二度と「いまの感覚」にはならなかった。

 「あのとき」と「いま」は違うのだ。

 雨は降り続いている。

 「この雨を降らすのは誰?」

 晶菜ではない。

 神様だ。

 古代エジプトの神様が、古代エジプトの精霊に命じて、降らせてくれているのだろう。

 いや、古代エジプトの神様でなくてもいい。

 だれかが、どこかで信じている神様だ。

 そう思って晶菜が微笑したところに、晶菜のタブレットが「ぽんぽんぽんっ」という音を立てた。またメールかメッセージが着信したのだ。

 こんどはめんどうくさがらずにそのメッセージを開こうとして、晶菜ははっとした。

 あのネフェルティティさんの「雨乞あまごい」のとき、同じメールの着信音が鳴った。

 あれは、神様からのメールだったのではなかったか。

 神様から届いたメッセージだ。

 それは、たぶん……。

 「あなたたちの願いは聞き届けました」

 「でも、あなたたちの願いは、ほんとうにこれですか?」

 「あなたたちがほんとうに神様に願っているのは、いったい何ですか?」

というものだったに違いない。

 ほんとうの願い……。

 あのときのほんとうの願いは、いったい何だったのだろう?

 神様にお願いをするのは、ほんとうに難しい。

 「神の真実は進み行くなりヒズ・トゥルース・イズ・マーチング・オン」。

 神様の真実は、絶え間なく進んでいる。

 だから、「あのとき」の願いごとは「いま」の願いごととは違う。

 願いごとは、まずその絶えず進みゆく神様に追いつかなければいけないのだ。

 その神様に聞き届けてもらえる女の子の願いとは?

 願いとは、いったい何だろう?

 メッセージを開くのも忘れて、晶菜は、雨の打ちつける窓をぼんやりと見上げ続けていた。


(終)

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