第59話 神の真実は進み行くなり(5)

 向坂さきさか部長はその指揮の態度について新しい顧問の菅原すがわら先生から何か言われたようだ。

 しかし、それ以上の衝撃は、生徒会から来た。

 マーチングバンド部瑞城ずいじょうフライングバーズに対して、生徒会から一か月の予算執行停止処分が言い渡されたのだ。

 理由は、メンバーが、「たこ焼き事件」で瑞城女子高校の品位をいちじるしくおとしめる行動を取った、というものだった。

 晶菜あきながあとで二年生の生徒会役員に聞いたところでは、役員のなかには厳重注意だけですませようという声もあったらしい。しかし、校長先生が激怒して、甘い処分ですませることのないよう、生徒会に言って来たらしい。ちなみに、かつての上部かんべ先生のように、先生が直接に生徒会に来て圧力をかけるのはルール違反だが、生徒会も校長先生の指導下にはあるので、校長先生がその意志を伝えるのは違反ではない。

 処分が決まったのが七月の終わりだったので、八月、予算が執行できない。

 つまり、何の代金も支払えない。

 八月は夏休みで部活がないから痛くもかゆくもない、というわけにはいかなかった。瑞城フライングバーズは、泉ヶ原いずみがはらの花火大会でマーチングを披露ひろうしなければならない。宮戸みやと港の海産物ショッピングセンター「みやと海のマーケット」で行われる「港まつり」のオープニングでも演奏しなければならない。ほかは切り詰めるとしても、楽器運搬の代金はどうしても必要だ。

 向坂部長はそれを理由にこの二回のイベントの出場をキャンセルすると言い出し、さらに生徒会を怒らせた。支払いを猶予ゆうよしてもらってでも、または借金してでも出てくださいと言われた。

 抵抗する気力は、向坂部長には残っていなかった。

 唐崎からさき雨乞あまごいで支払ったカネを「法廷闘争」で取り戻せばいいとわめき始めた。じゃあ、と、郷司ごうじ先輩が、弁護士事務所のページをプリントして

「法廷闘争するなら、この弁護士費用払うのは誰?」

と唐崎に突きつけた。それでもしばらく悪態をつき続けていたが、けっきょく答えは見つからなかったらしく、唐崎は沈黙した。

 だいたい、あの雨乞いの祈祷料は向坂先輩が個人で負担しているので、勝訴して返って来たとしても部の財産にはならない。

 八月の活動費用は菅原先生が個人で立て替えてくれた。

 一回の楽器運搬だけで十万円はかかったはずで、部内からは「大人ってすごい」という声が上がった。

 大人がすごいことは晶菜も認めていいと思う。でも、そのすごさを感じるなら、こんなこと以外で感じたかった。

 ともかく、「いつも眠そうで、めんどうくさそうで、めったに活動を見に来ない不熱心な先生」という菅原先生の評判は、「それでも頼りになる先生」へと反転した。

 この夏のあいだに変わったことがほかにもある。

 カラーガードでは、椎名しいな先輩と大山おおやま先輩とさめ皓子てるこが部活に来なくなった。

 大山先輩は妊娠した。相手は歳上の男性らしい。結婚はしていない。その子を産むと決めた大山先輩は、大きく体を動かす部活には参加できないので、退部した。

 鮫皓子は、あの本番の日を境に、フライングバーズのメンバーからのメールにも電話にもメッセージにも反応しなくなり、部から姿を消した。学校には来ているらしいが、コースが違うので、晶菜は会う機会がない。だれかが事情を聴きに行ったようだが、部への報告はなかった。

 椎名先輩は西洋美術に目覚めたらしい。椎名先輩には晶菜が事情を聴きに行った。晶菜にフェルメールやゴッホの絵について熱心に語ってくれた。でもフライングバーズに残るか退部するかは話してくれなかった。

 晶菜はよく知らないが、ほかのパートでも活動に来なくなるメンバーがいたらしい。

 夏が終わり、あとには、いっそう疲れ果て、レベルが落ち、結束のゆるんだ瑞城フライングバーズが残された。

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