第56話 神の真実は進み行くなり(2)

 少女たちは、一部を除いて、マーチングができるとわかって喜びに湧いた。

 しかし、喜びのパワーだけでマーチングを成功させられるわけはなかった。

 とはいっても、大部分のパートは、巧くやったと思う。

 問題はカラーガードだった。

 晶菜あきなの前に三年生と二年生の半分以上がいたのだけど、そのなかで決められたとおりに演技したのは二年生の富貴恵ふきえさんだけだ。後ろは見ていないけど、村岡むらおか総子ふさこ富倉とみくらひとみや、滑川なめかわという一年生、あとアイドル研で特訓した三人娘はまともに演技したようだった。甘えっ子のような声を出す、幼い印象がある唐山とうざんという子も、演技はまともにやったのではないかと思う。

 つまり、下級生のほうが出来がよかった。

 マーチングの前のほうが崩壊度が高くて、後ろがまともだった、ということでもある。

 さめ皓子てるこはついに来なかった。

 郡頭こうずまちはリストランテ・フィリーネの駐車場に移動してから現れた。

 パートのメンバーは一色だった。「何しに来たんだろ?」、「いまごろになって」という声があちこちから漏れた。

 唐崎からさきは、一挙に十歳以上若返って幼児返りしたらしく

「いやだいやだいやだ、こんなの出ない出ない出ない出ない、嘘だ嘘だ嘘だ」

とだだをこねていた。ほんとうに涙を流していたらしい。「嘘」というのは、晴れて日が照っているのが嘘だ、ということらしいけど、みんなにとってはそっちが現実なので、完全に無視されていた。郷司ごうじ先輩が

「だったらさっさと帰れ!」

とどなりつけた以外は。

 それでも、郷司先輩に対する意地からか、唐崎は本番に出た。

 まったく演技ができなかったのは当然だ。雨が降ると決めつけてまったく練習していないのだから。

 それで何度もわざと落後して逃げようとした。でも、後ろで演技する二年生の富貴恵さんが、唐崎が自分より後ろに行くのを許さなかった。唐崎は一度は怒ってポンポンを道路に叩きつけたけど、富貴恵さんは何ごともなかったかのようにそのポンポンを拾って唐崎に押しつけ返した。

 しかも、郡頭まち子までがすぐに脱落した。もともとこの演技をみんなに解説したのはまち子だったのに。

 最初のほうだけ切れのいい演技をしていたのに、途中でまちがってから演技を思い出せなくなったらしい。一曲めの「故郷の人びと」の途中まではなんとか演技に戻ろうとがんばったけど続かず、やがて富貴恵さんのすぐ後ろをとぼとぼと歩くだけになってしまった。

 富貴恵さんの前には唐崎がとぼとぼと歩き、後ろにはまち子がとぼとぼと続く。やりにくかっただろうと思う。

 郷司先輩や晶菜や夏子なつこも、どこを演技しているかがわからなくなり、何度もつっかえたけど、ともかくも最後まで演技しきった。

 カラーガードのリーダーの小森こもり先輩は最初からあきらめたらしく、ポンポンを胸の前に持ったまま、ただ小さく振っているだけだった。これだと演技にはならないけど、失敗もしない。

 そういう壊滅状態からの挽回をリードしたのが、大山おおやま蒼子そうこ先輩だった。

 郡頭まち子が演技をあきらめたあたりで走って前に飛び出し、派手な演技を始めたのだ。

 右手を頭の上に上げて右足の片足立ちで一回転し、手と足を入れ替えて左手と左足で同じように一回転する。大きく跳び上がって脚を両側に開き、ポンポンをまんなかで打ち合わせる。右へ「六方跳ろっぽうとび」したかと思うと左へ同じ動きをして戻って来る。ポンポンを持ったままバック転までした。

 問題はそれが曲にぜんぜん合っていなかったことだ。

 ところが、椎名いしなひとみ先輩がその大山先輩の横に並んで、同じように派手な演技をし始めた。二人とも自信たっぷりのスマイルを振りまいて、飛んで、跳ねて、回っての演技を次から次へと繰り出す。

 椎名先輩は演技しながら、大山先輩とアイコンタクトをとって動きを揃えていった。椎名先輩は曲をちゃんと理解しているので、大山先輩の動きもやがて曲調に合う。

 そして、三曲め「リパブリック讃歌」の曲が止まったところで、一年生三人娘の歌が始まる。

 その声は練習のときにもましてきれいだった。晶菜の火照ほてって疲れた体に歌がしみこんで来るようだった。マーチングなんかここでやめて、この歌をもっと聴いていたいと思った。

 郷司先輩と大林おおばやし千鶴ちづるの策は大当たりだ。

 でも、千鶴の懸念も現実になった。

 それも、たぶん千鶴が予想した以上に。

 マーチングのペースは絶望的に遅かったらしい。

 曲の演奏が終わったのは、ゴールのペデストリアンデッキとは交差点を隔てたはるか手前の坂の途中だった。

 どこかの街のお神楽かぐらの団体が、最後尾のグロッケンシュピールのパートのすぐ後ろに迫っていた。じゅうぶんにあいだを空けて出発したはずなのに、フライングバーズのペースが遅すぎて追いついてしまったのだ。

 グロッケンシュピールパートを率いる反部長最強硬派のほり先輩が

「はい早くゴールまで行って! はい、走れ!」

と後ろから声を立てた。それに促されるように、大きい楽器を持ったメンバーたちまで小走りに走る。大潰走かいそうだ。

 しかも、醜態しゅうたいはそれでは終わらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る