第54話 栄光を! 栄光を! 神を讃えよ!(20)
スタッフの若い男のひとが顔を出す。
「
スタッフさんはそう言うと去って行った。階段を上がる足音が残る。たぶん、この上の階を集合場所に使っている団体に同じことを伝えに行くのだろう。
何もかもが凍りついた。
何もかもの動きが止まる。
時間が止まった感じ、というのがこれだろう。
その凍りついた感じを破ったのが
「決行するって! やったっ!」
という大声だ。
その嬉しそうな声を立てたのは、よりによって、
唐崎の肩を両手でぽんと叩いている。
大山先輩、やっぱりマーチングしたかったんだ……。
唐崎は、その「ぽん」の衝撃に耐えられないというように、椅子にしゃがみ込んでしまった。
そうだ。
アメン神かだれかは知らないけど、これが神様の意志なのだ。
どんなに仕上がってなくても、瑞城フライングバーズはマーチングをしなさい、というのが神様の意志なのだ!
アイドル研に預けられてみっちり特訓をした一年生もいるのだから。
その神様の意志が小さな光のかけらになって、ここにいるそれぞれのメンバーの心に宿る。
それに動かされるように、みんなが顔を上げる。
顔を上げた視線の先は
「みなさん」
白い顔に、薄ピンクの唇……。
「マーチングの決行が決定しました」
その顔は神様の栄光を受けて輝いているように見える。
換気窓から入った夏の明かりが、床から反射して、下から部長の顔を照らしているのだ。
白い部長の顔を。
でも、近くで見ていると、出にくい声を無理やり押し出している、という様子が手に取るようにわかる。
「瑞城フライングバーズのマーチングを楽しみにしてくださっているひともたくさんいます」
ことばを切って、息をつき、息を整える。
一度息をついただけでは整わなかったらしく、二度、三度と息を吸い直して、整える。
言う。
「その名に恥じない、立派なマーチングができるよう、準備に取りかかりましょう!」
その部長にこたえるように最初に拍手をしたのがだれか、
そこから拍手が広がっていく。
「よかったね!」
「やれるんだ」
「一年に一回だもんね!」
「やれることになってよかったよー」
「朝早く起きた
いろんな声も広がっていく。
それを見ている、向坂先輩の、白い顔と、薄いピンクの唇……。
晶菜にはわかる。
それは、向坂先輩の本来の色ではない。向坂先輩の本来の色は、こんなにまわりを拒絶するような色ではない。
血の気が引いている。
よく見れば手もぶるぶると震えていた。この状態では、テーブルに置いたカードを持つことなんてとてもできないだろう。
このブリッジの勝負はお預けだ。
たぶん、永遠に。
郷司先輩が心配そうにその部長を見上げる。
こういうときこそ、ここに来て、部長を、いや、向坂先輩を支えなきゃ!
向坂先輩の震えている手を握って、だいじょうぶだよ、って伝えなきゃ!
だって、楽観的なことばを向坂先輩に使えるのが、宮下先輩の役割じゃない?
でも、宮下副部長は、座っていた椅子から立ち上がって、ただ、ぼーっとなって部屋のなかを見回しているだけだった。
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