第52話 栄光を! 栄光を! 神を讃えよ!(18)

 ブリッジは、四人が二人ずつ二組に分かれて行うゲームだ。

 晶菜あきな向坂さきさか先輩と組ませてもらった。郷司ごうじ先輩が夏子なつこと組む。

 晶菜から見れば、意図ははっきりしている。

 夏子は、ルールは知っていてもあまりプレイした経験はない。晶菜は、このゲームを生徒会に紹介した本人だから、経験もあるし、ある程度の勘は働く。郷司先輩は、勘はどうか知らないけど、ルールに沿って熟考することは得意だ。

 これで郷司先輩が夏子と組めば、向坂先輩を「気もちよく勝たせる」ことができる。

 つまり、不自然でないくらいに競り合い、スリルを感じさせ、ゲームに熱中させて、最終的に向坂先輩を勝たせられる。もちろん、夏子が負け続けてつまらないと思ってしまってもいけないので、郷司先輩と夏子の組もある程度は勝たせる。

 それで二時まで時間を稼ぎたい、というのが郷司先輩の考えなのだろう。

 二時になったらマーチングは中止になり、解散する。向坂先輩も宮下みやした先輩も一人になり、冷静になることができる。そこまで二人を引き離しておこう、というわけだ。

 巧く行った。

 しかも、ゲームをしていて、向坂先輩の心の動きまで伝わって来た。

 ゲームを始めた最初は、向坂先輩は無謀で強気だった。

 ブリッジは強気すぎると負ける仕組みになっている。だから、強気に出るにも限界があるのだけど、向坂先輩は是が非でも自分が主導権をとり、しかも勝つということにこだわった。しかも、夏子もそれにつきあって強気に出るので、向坂先輩の闘志はいっそうかき立てられた。

 夏子はただ無謀なだけだけど。

 それで、最初のほうは、主導権を取ろうとしたほうが必ず負けるという荒れた展開になった。

 でも、しだいに、向坂先輩も、何かのいらいらをゲームにぶつけるのではなく、ゲームに集中するようになって来た。そうすると、向坂先輩は天性の頭のよさを発揮して、無理に強気に出るよりも駆け引きに集中するようになった。血色もよくなっていく。

 宮下副部長は、少し離れたところに席を確保して、座って本を読んでいた。

 澄ましているように見えるけど、集中力が最初から切れているのは明らかだ。

 だれも宮下副部長に話しかけない。晶菜がときどき気にしているのと、向坂先輩がわざと無視している以外は、だれも宮下副部長を気にしない。郷司先輩は気にしているのかも知れないけど、宮下副部長が座っているのは郷司先輩の背中の後ろだ。

 宮下副部長はひとりぼっちだ。

 向坂部長には部長派がいるだけでなく、反部長派がいる。それが敵意であっても、反部長派は部長に考えていることをぶつけなければいけないし、部長は受け止めなければいけない。楽しい役柄ではないとしても、とりあえず、部長は相手にはされている。それに、さっき遠山先輩と久喜先輩が部長の話を聴くように呼びかけたように、反部長派であっても、向坂部長に、少なくとも表面的には協力しなければいけないこともある。

 しかし宮下副部長は部長あっての副部長で、それがすべてだ。

 宮下副部長の役割は、ミーティングで議長になって、反部長派の発言をすべて不規則発言にして部長の提案を通すことだけだ。反部長派にうるさがられたり憎まれたりするわりには、得られる見返りは部長からの感謝の気もちだけだ。部長が感謝しないという態度を取ればそれまで、何も得るものはない。反部長派も、宮下副部長に反感を持つことはあっても、わざわざその反感を副部長にぶつけたりはしない。ぶつけるなら部長にぶつける。

 しかも、味方の部長派も、つながっている相手は向坂部長であって、宮下副部長に直接につながっているメンバーはいない。小森こもり先輩も、山鹿やまが先輩も、井川いがわめぐむ江藤えとう先輩もそうだ。

 宮下副部長は部長に相手にされていなければ存在感が消えてしまう。

 そのことが、どんなときよりもいま、明らかになっている。

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