第51話 栄光を! 栄光を! 神を讃えよ!(17)

 「ま、それで」

 郷司ごうじ先輩の言いかたから気力が抜けて行く。

 「宮下みやしたは夜に呼び出されて、制服を持って行かなかった。で、朝になってそのことに気づいて、向坂さきさかは、宮下だけが私服でルール違反、って言われるのは自分は耐えられない、って言って、自分も私服を着てきた、って」

 ……何、その宮沢賢治みたいな話?

 「でも、ほんとはさ」

 郷司先輩は、もういちど、ことばを切る。

 「たぶん、宮下はわざと制服を持って行かなかった」

 はい?

 「どういうことですか?」

と、夏子なつこがきく。

 「つまり、向坂が自分の制服を貸してくれるかも知れない、って思ったわけ。というより、貸してくれるに違いない、って」

 「えーっ?」

 夏子が大げさに反応する。

 「自分が制服忘れたからって、ひとの制服借りるなんて、よくないですよ。まして人の上に立つ副部長がそんなことするなんて」

 それは、そう思うよね、と、晶菜あきなは思う。

 でも。

 宮下先輩は、向坂先輩が着た制服を着てみたかった。

 できれば、家まで着て帰りたかったのだ。

 そして、できれば、向坂先輩から自分へのプレゼントにしたかった。

 体型は、宮下先輩が全体に少し小柄だけど、制服なら同じサイズで入るだろう。

 少なくとも胸のところは少し余る。

 でも、夏子は、向坂先輩と宮下先輩の関係を知らないから、そんな理由があるとはわからない。

 向坂先輩と郷司先輩、宮下先輩と郷司先輩の関係も知らない。

 「そうだよね」

と郷司先輩はあいまいに笑って、ちらっ、と晶菜を見て笑う。

 「というわけで」

と郷司先輩は、それまでの元気のない言いかたから、ふだんの言いかたに戻った。

 「これからあんたたち二人をブリッジに誘うから、断らないように」

 「はいっ?」

 夏子が反応する前に、晶菜が代表して反応した。

 「ブリッジ……って、トランプの?」

 四人で遊ぶゲームの名まえだ。

 生徒会にいたころに、晶菜がルールを調べて、向坂先輩のグループに広めた。夏子は生徒会役員ではなかったけど、夏子もいっしょに遊んだことがある。

 だから、夏子もできるはずなのだけど。

 「いや、それはいいですけど?」

 でも、何のために?

 晶菜の「?」に郷司先輩が答える。

 「向坂と宮下を引き離しておきたい」

 「はい?」

と声に出したのは夏子だ。郷司先輩が説明する。

 「二人は、いま、離れて座ってるんだけど、たがいにずーっと気にしててさ。だからって話するわけでもないし。で、今日、マーチングがあるとしたら、向坂が気が散ってたら話にならないじゃない? だから、どっちかの気をそらしたいんだけど、まあ、向坂と宮下なら、向坂かな、って」

 それで、晶菜しか入らないとすると、四人めを誘わなければならなくなり、そうするとそこで宮下先輩をはずすと不自然だと思われてしまう。

 「ま、わかりましたけど」

と夏子が言う。

 「この状態だと、さすがにマーチングはないんじゃないですか?」

 雨の降りしきる外へとそっと目をやる。

 それは当然の言いぶんだと晶菜は思う。

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