第48話 栄光を! 栄光を! 神を讃えよ!(14)

 郷司ごうじ先輩の説明が続く。

 「マーチングが決行されるかどうかは、二時前に通知が来ます。マーチングが決行されるばあいには、ここから出て、マーチング出発点に近いリストランテ・フィリーネというところの駐車場に移動します。この移動のために、城まつり実行委員会がバスを回してくれます。そのフィリーネの駐車場に、昨日搬出した楽器も着きますから、マーチングの準備はそこで行うことになります。ただし着替えの場所はここです。……あ、はい。着替えの場所としてけっして理想的ではありませんが、移動先は駐車場なのでさらに条件が悪いです」

 散漫に笑いが起こる。

 「決行かどうかの決定の時間と出発時間が近いので、気を抜かないように」

 「はーい」という返事があちこちから起こる。

 そのすべてが、郷司先輩の注意を裏切って、極端に気が抜けている。

 この激しい雨でマーチングが決行されることはないとみんな思っているからだろう。

 郷司先輩は続けた。

 「一時前にお弁当が届きますので各自食事をしてください。お弁当のあとは」

 そこに、鉄の扉が、どんどんどん、と音を立てる。

 いちばん近いところにいたのは若林わかばやし理由りゆ先輩だ。先輩が座ったまま扉を開けようとする。でも、座ったままで後ろ向きに手を伸ばしているので力が入らない。けっきょく大林おおばやし千鶴ちづるが立ち上がって、ドアのところまで回って行って、開けた。

 大活躍だな、この子。

 「あ、瑞城フライングバーズさん、お弁当です」

というスタッフの男のひとの声にみんな笑った。

 お弁当の話をしているところにちょうどお弁当が届いたからだ。

 運んできたスタッフさんには意味不明の笑いだろうけど。

 「台車ごと置いていきますんで、お弁当で出たゴミは台車に戻して、台車ごと廊下に出しておいてください。お弁当食べきってください、って話は、主催者から聞いてますよね?」

 一人二つ食べても三つ食べてもいいから消費しきってください、ということだった。

 「じゃ、よろしくお願いしまーす」

と言って、スタッフのひとは出て行った。

 台車……。

 たしかに、大きい台車にいっぱいのお弁当が載っている。

 これだけの人数の女子が消費する食べものの分量ってすごいんだな、と思う。

 郷司先輩が、自分も笑いながら言う。

 「はい。お弁当、予定より早く来ましたね」

 女子たちの笑い声が部屋に満ちる。その笑い声が収まらないうちに、郷司先輩は

「お弁当のあとは、必ずパートごとにミーティングをおこなって、マーチングの手順の最終確認をしてください。マーチングが行えるかどうかには関係なく、ミーティングは必ず行ってください」

 「えーっ?」

 ここまで来て、唐崎からさき仁穂子にほこがやっと反応する。

 「だってこんな天気だぜ。マーチングなんかできるわけないじゃん!」

 「万に一つということがあります」

 郷司先輩は落ち着いて反応する。

 「ミーティングで手順を確認して、マーチングができなくてもミーティングの手間がかかるだけですが、ミーティングをせずにマーチングが行われたら、瑞城フライングバーズ、非常にみっともない姿をさらすことになります」

 「だって、この雨だぜ!」

 唐崎がいきり立つ。

 「ちゃんと目ぇ見開いて見ろってんだよ」

 「目を見開いて見ても、ここ、外、見えないんですけど」

 郷司先輩のナイスな答えに、みんなが笑う。

 郷司先輩がおもしろそうに続ける。

 「ああ、それと、見えるものと言えば、唐崎さん、足もと浸水してますね。気をつけたほうがいいと思います」

 「うわっ! ほんとだっ」

 足もとに水が迫っているという事実に気づいて唐崎の注意がそれたところで、郷司先輩が続ける。

 「ミーティング後は、二時まで、練習していても、リラックスしていても、遊んでいてもいいですけど、どれもやり過ぎないように。練習で疲れてしまっては本末転倒ですし、遊びで疲れてしまってはもっとよくないです。リラックスしすぎて本番まで眠気が続くようでもよくありません」

 また笑いが起こる。

 「じゃ、そうですね。まず、パートごとでミーティングで集まる時間を決めてから、各自、お弁当を食べてください。あ、さっきのは、余れば二つ三つでも食べてください、という話なので、最初から二つとか三つとか取らないように。ケンカになります」

 そこまで言って、郷司先輩は、向坂先輩を見た。

 「部長からは何かありますか?」

 「いいや」

 とても気乗りのしない返事だ。愛想もない。

 「じゃあ、今日一日、よろしくお願いします!」

 反部長派の遠山とおやま先輩、久喜くき先輩を初めとして、半数強の部員が

「よろしくお願いします!」

と声を揃えた。

 みんな女子だけに、高い音のパワーが閉鎖空間にはちょっときつい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る